24 【セオドアside2】
……頭の中が、混乱していた。
(俺達が、神聖な力を持つ者?)
――そんな訳がない!
元来、精霊と共にあったという姫さんみたいに特殊な力を持つ者や、俺等ノクスみたいに、身体に赤を持つやつが、神聖な力を持っていたのなら、どうして、今の世では、虐げられ、迫害されているのか。
「お前が、どういう意図で俺等が神聖な者って、言ってんのかは、分からねぇが。
それは、あり得ねぇよ。だって、昔から、俺達は迫害されてきたんだぞっ⁉︎」
俺の言葉にアルフレッドは、ほんの少し驚いたような表情を見せたあと、けれどどこか、納得したように「うむ」と小さく声を溢した。
「なるほど……。
アリスが、僕達に使わなくてもよい敬語を用いて、どこか自分自身のことを卑下しているように感じたのは、それが原因だったのだな」
「……っ、あぁ……! 姫さんも、例外なくずっと傷ついて……」
そうして、俺の口から出た言葉に、アルフレッドは分かりやすく眉間に眉を寄せて。
「お前の言う昔が、一体どれくらい前のことを指しているのかは分からぬが。
僕達が生まれた頃、本来それは、今とは真逆の意味合いを持っていた。
……お前達は、特殊な力を持つ神の子として、崇められていたのだ」
と、声を出す。
(かみの、こ……、?)
――俺達、が?
「……っ⁉︎」
アルフレッドから教えて貰った事実をすぐには、頭の中で呑み込めず、驚愕する。
そんな、俺を見ながらアルフレッドは「だが……」と声をあげ。
「時代の移り変わりと共に変わっていったのだろう。
特別な力を持つ者は、時として邪魔になる。
……何の力も持たぬ者にとっては、それだけで脅威だからな。
人間は、お前達と手を取り合い、社会を発展させるよりも、追い出し、殺し、自分達とは違う者として、徹底的に潰したのだろう。
力で敵わぬなら、圧倒的に差のある、数の暴力を行使して。
……そして、そうであるならば、ある時から、お前達が急に数を減らしたのも理解出来る」
と、強い憎しみが含まれた口調で声を溢した。
「……お前は、その状況を知らなかったのか?」
「ああ……。
僕は特別だが、契約者である者が死ねば、基本的にペアになってる精霊もまた命を落とす宿命だ。
僕は新しく生まれた子供達の面倒を見なければいけなかったから、古の森からは基本出ないようにしていてな。
……ある日、突然、力のある者の傍にいたはずの精霊達と連絡が途絶えるようになって、可笑しいと思ってはいたが、お前達が数を減らしたので、戦争でも起こって人間の数自体が減ったのだと思っていたのだ……」
そうして、アルフレッドは、悲痛な表情を浮かべながら……。
「だが、実際は迫害によって、お前達だけが殺されていたのだな」
と、声を上げた。
「愚かな真似をするものだ」と言いながら、不快感を隠そうともしないアルフレッドからは、本当に怒っているのだろうという事が強く感じられた。
「……それが、今に繋がっている、と?」
「推測だがな。
あながち間違いって訳でもないだろう。
もともと、僕達精霊が生涯の契約主と出会えることが出来るのは、ほんの一握りだけだ。
精霊は長生き出来る種族だが、生涯の契約主と出会えたなら、別だ。
生きられる寿命は、契約主によって左右されるが、それでも、その一生を、自分だけの唯一と一緒に幸せに過ごすことが出来るから、精霊はこぞって、お前達と契約することを選ぶのだ」
「……っ」
「アリスは本来、そこにいるだけで、僕達にとって幸せを運ぶ尊い存在だ。
あんなにも、傷ついて……、能力を必死にコントロールして酷使する必要がどこにあるのかと、思っていたが。……許せぬな。人間というものは、本当に愚かで醜い生き物だ」
言って、ぎり、っと小さく唇を噛むアルフレッドに、俺も同じ気持ちだった。
「姫さんには、あまり能力を使ってほしくない」
そうして、今思っていることを率直にアルフレッドに伝えれば……。
「うむ、それは僕も同感だ」
と、返ってくる。
「もし、姫さんが能力を使ったとして、その身体はあとどれくらい持つものなんだ?」
そうして、そう問いかける俺に、アルフレッドは一度悩む素振りを見せてから……。
「……僕はアリスの身体の状態は分かるが、いつまで持つか、などは詳しく分からない。アリスが、今後、無茶な使い方をしないとも限らないしな。僕が契約したことで、アリスの身体の歪みを少しずつ体内から癒やしてはいるが。……なにせ、使った力が大きすぎたのだろうな」
――どんなに頑張っても、完全に修復するのは無理だろう。
……そう言って、アルフレッドは、悔しさが滲むような表情を見せる。
助けたいという気持ちは強いが、それ以上、どうしていいのか分からないのだろう。
それでも、アルフレッドは、俺とは違って、姫さんのことを癒やせるだけの力がある。
誰よりも、その近くで……、姫さんのために。
(分かってる。こんなのは、ただ妬んでいるだけだ)
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
自分の中に浮かんできた黒いもやを取り払い、俺は、アルフレッドの言葉に浮かんできた疑問を問いかけるように声を出した。
「……姫さんの身体ってのは、一度の使用でそんなに歪むものなのか?」
(姫さんから聞いた話だと、能力の発現があったのはごく最近のことで、一回だったはずだ)
一度の使用で、アルフレッドも治せないほどに、身体に歪みが出るのなら、ますます姫さんが能力を使うことを、なんとしてでも止めないといけないだろう。
(それで、姫さんに嫌われることになろうとも)
不安の色を隠せない俺に、アルフレッドは、はた、と何かを思いだしたのか、一瞬だけ、その口を閉じたあと。
「……ああっ、いや。……そうではない。
アリスの場合、時間になるが、少しの使用ならばそこまで大きく身体に歪みが出ることは無い。
……だが、ほらっ、アリスは自分の能力をコントロール出来ない状態で発動したのだろう?
故に、一回の使用での放出量が大きかったのだ」
と、どこか慌てた様に、奥歯に物が挟まったような言い方をするアルフレッドに、何か隠してることでもあるのか? と、疑惑の目を向けたが……。
「力の放出量が大きいというのは嘘では無いぞ。……現に、アリスは、今日も力を使ったあと倒れたであろう?」
「……っ」
「あれは、数分巻き戻すだけでいい力の放出量をコントロール出来ず、無駄に多く使っているが故に、身体が負荷に耐えきれなかった何よりの証拠だ。
まぁ、アリスの場合。時間を戻すという能力自体が世の中の法則を無視してるデタラメなものなのでな、本人は理解していないが、かなり強い力をもっているのだ。
故に、それだけで能力を使用したときに、起こる反動も強くなる」
――ある程度、アリスが力を自分でコントロール出来る状態になれば、今日のように直ぐ倒れることは、減っていくだろうがな
と、俺のそんな疑念を躱すように、そう言われて頷いた。
嘘は言ってなさそうだし、何よりアルフレッドの言うことは、一理あった。
なにか、まだ……、姫さんのことで、俺に言わずに隠しているような気もしなくはないが。
でも、アルフレッドの言うように、一度に使う能力の放出量を姫さんが意図して抑えられるなら、それに越したことはないだろう。
突然、コントロール出来ないまま、能力が発動してしまい、姫さんの身体が軋んで、歪んでしまうのが大きくなるよりは断然いい。
それに、俺にも姫さんが能力を使った瞬間が、共鳴して、分かるというのなら……。
(姫さんが、時間を巻き戻したなら、その時は、俺が一番に駆けつけてその身体を支えてやれればいい)
それが、分かっただけでも、アルフレッドとの会話は俺にとって有意義なものだった。