224 合流
なるべく息が持つようにと、大きく息を吸い込んだあとで、息を止めた私は。
セオドアに抱えられて、さっきの分かれ道がある丸い円状になっているフロアまで戻ってきていた。
このフロアに、何発、玉を投げ入れられたのかは分からないけれど。
粉塵はまだ上空を舞っているような状態で、真白い閃光は既に消えているのが目で見て確認出来た。
そのままセオドアが、アル達が逃げ込んでくれた真ん中の分かれ道に入ってくれてから。
暫く進んだあと、『姫さん、もう大丈夫だ』と声をかけてくれて、私はようやく新鮮な空気を吸い込んで、吐き出した。
此処に来るまでも、どうしてセオドアは、何もしなくても粉塵が舞っていないような状態が分かるのだろうと不思議だったのだけど。
私には見えない細かな粒状の粉を“その目”で見てから判別してくれた部分が大きいのと……。
さっきまで私達がいた場所の距離から考えて。
大体この道のどの辺りまで進めば、粉が舞っていないのか、息をしても大丈夫なのかと目算で測ってくれたみたいだった。
「ありがとう、セオドア」
私がお礼を伝えれば、セオドアが私のことをそっと乾いた土の上、洞窟内の地面に降ろしてくれる。
「あぁ。姫さん、痺れ玉の粉とかは、吸い込んで無さそうか?」
「うん、セオドアのお蔭で大丈夫だったよ」
そうして、確認するように私の表情を見てくれるセオドアに、私はにこっと微笑んで、自分が大丈夫であることを告げた。
――時間にして、おおよそ1分くらいだっただろうか。
最短距離で進んでくれたセオドアのお蔭で、私は痺れ玉の粉塵を吸い込むこともなく、息を止めることが出来た。
自分が上手く出来たことにホッと安堵しながら、私はセオドアに手を引いて貰って、暗い洞窟の中を奥に進んでいく。
セオドアみたいに夜目が利かない私からすると、本来は手探りな感じで進むしかないんだけど……。
セオドアが私の手を引いて歩いてくれていると、それだけのことで、安心感が段違いだった。
それから、少し経ってから。
私達の歩く音に気付いたのか……。
前方に、パッと、明るく私達の方を照らしてくる灯りが見えてきた。
「……誰だッッ!?」
耳を通り抜ける、ここ数日ですっかり聞き慣れてしまった、ヒューゴの声に、安堵しながら。
「お兄さま、アル、ヒューゴ! ……私と、セオドアですっ!」
と、声をかければ。
ピカッと誰なのかを確認するように向けられていた懐中電灯の灯りが……。
私達をしっかりと確認した後で、地面に向くよう下げられて。
「皇女様、護衛の兄さん……っ……」
「アリス、セオドアっ!
セオドアもいるから大丈夫だと思ってはいたが、お前達、無事で何よりだっ!」
ヒューゴが何かを言いかけるよりも先に、アルが私達に向かってバッと駆け寄ってきた。
そうしてそのままの勢いで、飛びつくように私にぎゅうっと抱きついてきて。
「あぁっ、アリスっ!
まだ、そんなにも時間が経っていないというのに、かなり長時間、離れていたような気がするぞっ!
聞いてくれっ、お前達っ、ウィリアムもヒューゴも僕に“無体”なことを強いてくるのだっ!」
と、あまり意味が通じないような……。
それだけでは、よく分からない台詞を吐いて……。
一生懸命に私達に助けを求めてくるアルに。
きょとんとしながらも、私はセオドアと『一体どうしたのか』と戸惑いながら顔を見合わせた。
「おおぅっ……!
俺の感動の再会の台詞が、普通にアルフレッド様に盗られちまった! ……この、台詞泥棒めっ!
っていうか、アルフレッド様、その言い方はあんまりじゃぁ、ねぇですかっ!
勘違いされるようなことを言わないで下さいよ!
俺たちは別に貴方に無体なことを強いたつもりはっ……!」
そうして、ヒューゴが後ろから、ジョークのような軽口を返してきたそのあとで。
慌てて、アルの“無体なことを強いられた”という台詞を訂正するように声を出すのが聞こえてきた。
けれど、ヒューゴのその言葉は、何の補足にもなっておらず、肝心の話の内容に関しては全く見えてこない。
困って、私が“どういうことなのか”と。
お兄さまの方を見れば、眉を寄せ、難しい表情をしているお兄さまから。
「アルフレッドに閃光玉が効かない理由を問いただしていたんだが……」
という言葉が返ってきた。
その言葉に、思わず『嗚呼……』と、私は内心で納得してしまった。
「それで、アルフレッド様ったら!
“ううむ? な、何でだろうなぁっ? 僕にはさっぱり分からぬぞっ!”っていう言葉で押し通せると本気で思っているのか、それの一点張りでっ!
更に、目を逸らして明後日の方向を見るもんだから、俺たちも気になっちまってっ!」
「お蔭で助かったのは事実だが……。
その後、何度か爆発音がした時も、閃光玉じゃなく“痺れ玉”が使われたのだと自信満々に言ってくるし。
どうしてそんなことが分かるのかと、アルフレッドに聞いてみても、こうやってはぐらかすばかりで、まともな返事が戻ってこなくてな」
そうして続けざまに降ってきた、ヒューゴとお兄さまの言葉に。
アルが今、私に抱きついてきて、こんなことになっている理由に関しては正確に察することが出来た。
嘘がつけないアルにとって、例え数分のことであろうと。
二人から事情を聞かれて、どう言っていいのか悩んだ挙げ句、困り果ててしまったのだろう。
それで、こうして私達と合流することを心の底から望んでいたのかもしれない。
「オイ、アルフレッド、別にお前が悩む必要なんかねぇだろう?
お前の情報に関しては、なるべく外部に漏れないように、全て皇帝が“秘匿”しているものだからな。
これから先、誰かにお前のことについて、何か聞かれちまった時は……。
全部“事情があって、自分の口からは言うことが出来ない”って言えばそれでいい」
そうして、私の隣でセオドアが真顔で
『……どう考えても、それだけで、問題解決だろ?』
と言わんばかりにアルに向かって声を出してくれると。
「……そ、そうだったのかっ!」
と、その考えには思い至らなかったのか、目を見開いて驚いたあとで……。
「た、確かにっ、それで良かったのだなっ……!
うむっ、ウィリアム、ヒューゴっ、僕のことは“訳あって教えることが出来ない”のだっ! 諦めてくれっ!」
と、まるで天啓を得たかのように。
さっきまで私に抱きついていたアルが、私の身体から手を離し。
暗い表情から一転、水を得た魚のように生き生きとした表情でお兄さまとヒューゴに伝えてくれていた。
「……いやいや、そういうのって、隠されれば隠される程に余計知りたくなるのが人間の性って物ですぜ?」
「秘匿された情報、か……。
それを言われると確かにこれ以上、アルフレッドについて詮索するようなことは出来ないな」
それに対し、ヒューゴは純粋な好奇心で此方に向かってそう言ってきているのにも関わらず。
お兄さまの瞳はどこか探るような、そんな視線で思わずドキっとしてしまう。
【お兄さまは、セオドアと一緒で色々なことに勘が鋭いタイプの人だから……】
流石に、アルが“精霊”だなんていう、あまりにも突拍子のない真実には行き着いていないだろうけど。
こうしてお兄さまが、深く考えるような素振りを見せてくる、その度に……。
やっぱり、今までしてきた数々の言い訳が、どう考えても無理があるものには間違いなくて。
“アル”が『普通の人間』であるということについては、どうしても違和感をもたれてしまっているだろう。
お父様がアルの情報を“秘匿”しているという事実があるからこそ、そこまで踏み入ったことを積極的には聞かれないだけで……。
アルの情報が出てくる、その度に
――アルが一体何者なのか
と、お兄さまが頭の中で、色々と情報を纏めながら……。
推察しているんだろうなっていうことが、私にも理解出来て冷や冷やしてしまう。
「それより、お前達。……まだ、痺れ玉の粉塵が色濃く舞っているであろう、あのフロアを通ってここまでやって来たのか?」
そうして、その視線がアルから外れ。
私とセオドアの方へと向いたお兄さまの表情が、『大丈夫だったのか』と心配するようなものであることに気付いて。
一先ず、アルから話が逸れたことにホッとしつつ、私はその問いかけにこくりと頷いた。
「はい。……追っ手が来ないうちに、どうしてもみんなと合流しておきたくて。
セオドアが最短の距離を走ってくれたので、一分程度しか息を止めなくて済みましたし。
ヒューゴのリュックの中に、コウモリの対策用に持ってきたマスクがあるでしょう?
セオドアとも相談して、私達を狙っている人が来る前に。
“黄金の薔薇探し”のためにアルがオススメをしてくれた左の分かれ道の奥に進んで、出来るだけ距離は稼いでいた方がいいと思って」
それから、にこっと表情を綻ばせながら、お兄さまにそう伝えると。
今度は、ヒューゴが、どこか驚いたような表情を浮かべたのが目に入ってくる。
「……ヒューゴ?」
その表情にどうしたのかと不思議に思いながら、その名前を呼んで問いかければ。
「……いやっ、そのっ。
こんな状態になってまで、皇女様はまだ“黄金の薔薇探し”をしてくれるつもりでいるんですかい?
緊急事態ですし、さっき皇太子様には、直ぐに洞窟を出た方が良いんじゃないかって打診されてた所でして。……そのぉっ……」
と、ヒューゴから、言いにくそうにそう言われて。
私はお兄さまの方に、その言葉が本当なのか確かめるように視線を向けた。
私とセオドアがいない間に、ヒューゴとアルとお兄さまの三人でこれからのことを話し合ったのだろうか。
みんなで話し合って決めたことなら、私が余計な口を挟むことは出来ないけれど。
ヒューゴの今言っている言葉は本当のことなのか、確認するようお兄さまへと私が問いかける前に……。
「当然、一番優先すべきものは、人命だからな。
何が狙いなのかは未だに読めないが、人に向けてはいけないような“代物”を平然と此方に向かって投げてくるような存在だ。
これから先も何をしてくるか分からないことを思えば、残念だが当然の判断だと言えるだろう」
と、お兄さまからは至極真っ当な一言が返ってきてしまった。
確かに、お兄さまの言うことには納得出来る所が沢山ある。
――だけど
【それで、お兄さまやセオドアの力を借りたいと望んでまで。
あんなにも“黄金の薔薇探し”に躍起になっていた筈のヒューゴは納得出来ているんだろうか?】
内心でそう思いながら……。
ヒューゴに視線を向けて
「……あ、あのっ。
でも、それだったら、ヒューゴは黄金の薔薇、を諦めなきゃいけなくなりますよね?」
と、私が問いかければ。
「うっ……。そっ、そりゃぁ、まぁっ!
俺だって、出来るならこのまま続行して、決して諦めたくはないですがっ……。
皇太子様の言う通り、何をしてくるのかも分からない奴らが俺等を狙っていて、危険なことを思えば、それも仕方がねぇのかなって思ってたり……」
困った様に、ポリ、ッと人差し指でその頬を掻きながら。
そう言ってくるヒューゴの瞳は、言葉では『諦めた方がいいんじゃないか』と口にしていながらも。
『黄金の薔薇の採取を、決して諦めたくはない』という、言葉とは裏腹の……。
相反するような、強い意志が宿っていた。
その姿に、出来るなら私も協力してあげたい、という気持ちが湧いてきたのだけど……。
お兄さまの言っていることも、頷ける部分が大きいだけに。
色々と頭の中で“どうしたら一番良いことなのか”も含めて考えを巡らせる。
私がヒューゴの意見を尊重したい気持ちを持ちながら、色々と頭の中で考えている間に
「諦めて脱出するってのは、確かに悪い選択肢ではないが……。
全員で動くとなると、洞窟を出るってことは、ここまで来た道を“戻る”ってことだ。
当然、そうなると俺等を狙ってきた連中と鉢合わせになる、ってことは覚悟しておかなきゃならない」
と、セオドアが声を出してくれた。
――確かに、その通りで。
セオドアの言うことには一理ある。
六つ目の洞窟小屋まで“戻る”ということは。
私達を狙ってきた犯人グループとも、何処かでは絶対に鉢合わせしなければいけなくなってくるだろう。
「あぁ、そうだな。
だが、鉢合わせしたところで、戦わずに逃げるだけなら何もしなくてもいいだけ、俺たちに分がある話だ。
6つ目の洞窟小屋まで戻ればギルドの職員や冒険者達もいる。
この先に進むよりは、その力を借りられる人間がいるということは何よりのアドバンテージになる」
そして、続けざまに降ってきたお兄様の言葉にも、かなり説得力があるものだった。
『6つ目の洞窟小屋に戻る』
という選択肢は、冒険者やギルド職員に助けを求めるという意味でも。
確かにみんなの身の安全を考えれば、それに越したことはないのかもしれない。
そこまで、考えたあとで……。
けれど“最悪の想像”が頭の中を過ってしまった私は……。
その場にいるみんなに向かって、自分が今、思いついた考えを、そっと声に出した。
「あのっ、お兄さま……。
“もしも”の話なんですけど、万が一、私達が“6つ目の洞窟小屋”に戻ることになったのなら。
私達を襲ってきた人達とは、さっきセオドアが言ってくれたように、6つ目の洞窟小屋に戻る前のフロアか、洞窟の細長い道で遭遇してしまうことになりますよね……?」
そうして、私が声を出すと。
みんなの視線が一斉に私の方を向いて、私の話を聞く体勢を整えてくれた。
――ここまでは。
今、交わした会話の遣り取りで、みんなの共通認識になっている内容だったから、相違はないはずだ。
私の言葉を聞いて、お兄さまが『ああ、そうだな』と同意するように声を出してくれるのを聞きながら。
「それでっ、私達が犯人と戦わず、6つ目の洞窟小屋まで“戻って逃げる”とすると……。
恐らく彼らも、私達のことを、追いかけてきますよね?
彼らとは、絶対にどこかですれ違うことになるから、一度は見つかる筈ですし」
と、私は続けて声を出す。
「えぇ、皇女様。
だから今、皇太子様が6つ目の洞窟小屋に行った方が良いんじゃないかって……」
「はい、今のみんなの話を聞いていると。
それが良いんじゃないかって言うのは、私にも分かります。
でも、もしも万が一、彼らが6つ目の洞窟小屋に向かった私達に、なりふり構わずに痺れ玉や閃光玉なんかを投げてきたら……?」
……どうしても、まどろっこしい言い方になってしまったけれど。
自分の今、思いついたことをなるべくみんなにも伝わりやすいように説明すれば。
私の言葉を聞いて、目の前でヒューゴが、動揺したように息を呑んだのが分かった。
「ちょ、ちょっと待って下さい、皇女様っ!
ソイツは、どう考えても、無差別にも程があるっ!
そんなことがまかり通ればっ、この洞窟内でかなり甚大な被害を及ぼしてしまいますぜっ!」
そうして、ギョッとしたような目つきで、私の方へ視線を向けてくれると。
「……いや、確かにそれはあり得ない話ではない」
と、お兄さまが厳しいような表情を浮かべながら、声を出してくれた。
万が一の可能性を考えて、少し突拍子もないことを言ってしまったかな、と思ったけれど。
私の言葉を聞いて、この場で、慌てているのはヒューゴだけで。
お兄さまだけではなく、アルもセオドアも、どこまでも冷静だった。
「……あぁ、確かに連中はなりふり構わずに、既に俺等を攻撃してきているからな。
その場合、俺たちが奴らを引き連れて、冒険者やギルド職員がいる場所まで戻ったことで、他者まで巻き添えにしちまう可能性があるって訳だ」
「ふむ、そうなってくると厄介だな。
それならば、黄金の薔薇探しのために奥に進み、入り組んだ洞窟内の“どこかで撒けるような場所”を探してその者を撒いたあとで。
6つ目の洞窟小屋に戻った方が、よほど建設的に思えるが……」
そうして……。
私の言葉に対しても否定することなく、みんな真剣にその問題についてどうするかを考えてくれていた。
「あー、ま、まぁ、確かに。
そう考えると、あり得ない話じゃぁ、ないですね。
っていうか俺は、ピュアピュアな感じで……っ! 世の中の汚いこととか何も知らなさそうな皇女様の口からその言葉が出たことに滅茶苦茶びっくりしてるんですけど……」
そうして、ヒューゴから表情を窺うようにそう言われて。
「あ、えっと。……その、もしかしたら、そういう可能性もあるんじゃないかと思って。
本当に、たまたま思いついただけなんです……」
と、言葉を濁しながら、私は苦笑する。
流石に、16年生きてきた中で、色々とそれなりに『人生経験が豊富です』とは、とてもじゃないけど、口に出せないことだけど。
私は根本的に“人の悪意”には際限がないと思っている。
利己的な人はどこまでいっても利己的だし、自分の目的のためなら手段を選ばないような人なんかも……。
経験上、世の中には多く存在するということを私自身が一番理解している。
それに“人間”は、“一人”よりも“集団”で動いている時の方が……。
周りにいる人間も、そうしているからといって。
同調して、そういった犯罪なんかにも手を染めやすいから……。
私がヒューゴに向かって、馬鹿正直に本当の事を言う訳にもいかず。
どう言っていいか分からなくて、困った様な笑みを向けていると。
「だが、確かにこういった洞窟内にいる冒険者は男である可能性が高いが。
“女”の冒険者がいない訳ではないだろう?
それに“彼ら”かどうかもまだ分からない話だ。……もしくは、単独犯の可能性だってある」
と、お兄さまがそっと話題を変えてくれた。
「あぁ、そういやぁ、言ってなかったな。
姫さんの言うとおり、人数は少なくとも3人以上の複数犯によるもので、恐らく全員、男だ。
俺が“耳”で聞いたからその情報に関しては間違いねぇよ。
で、どっちにせよ動くんなら早い方がいいと思うぜ? もうここに来てからも少なくとも数分は経ってるからな。
奥に進むんなら、ここで議論している時間さえ勿体ないし、出来るならアイツ等よりもちょっとでも距離を稼いでおきたい」
そうして、お兄さまの根本的な部分での問いかけに……。
確かに、セオドアほど広範囲に色々と聞けるような耳を持っていないお兄さまも含めて。
ここにいる私とセオドア以外のメンバーは『犯人が複数いる』ということも、その人達がみんな『恐らく男の人』だということも。
――私達が持っていた情報に関しては知り得ないので。
セオドアが簡潔にお兄さまに向かって喋ることで、その情報をみんなにも共有してくれた。
「ふむ、アリスの意見に関しては、僕は決して絵空事ではないと思っている。
犯人グループが何をしでかすか分からないという点では、さっきの状況を鑑みるに“一番最悪”のケースは考えて動いておいた方がいいだろう」
そうして、アルがそう言ってくれたことで。
お兄さまもアルもセオドアも、それからヒューゴも……。
緊張感を漂わせながら、その場で無言で頷いてくれる。
全員の意見が、当初私とセオドアが考えていた通り。
アルが最初にオススメしてくれた“黄金の薔薇”が見つかる可能性の高い、左の分かれ道に進んでいくという案に……。
多数決を取るまでもなく、一致してからは、早かった。
ヒューゴがその場で、ドスっと背負っていたリュックサックを地面に置いてくれたあとで。
横についていたポケットのジッパーを引き下ろし、そこから人数分のマスクを取り出して渡してくれる。
布は全て別々の絵柄になっているので、一度、コウモリの縄張りで自分が装着した物に関しては全員問題なく、覚えていた。
「一応、マスクがあるって言っても、完璧じゃねぇからな。
ちょっとでも粉が入ってくる可能性は否定出来ない。
……俺が合図したら、全員なるべく息を止めることは推奨しておく」
そうして、セオドアがそう言ってくれたあとで。
私達は、真ん中の道から、左の分かれ道へと、また走ってフロアを移動することになった。
未だ、痺れ玉の粉塵が舞っていると思えば……。
犯人グループも迂闊にはあのフロアに近づけないだろう。
――この隙を狙って、なるべく奥へと向かう。
セオドアを先頭に、お兄さま、ヒューゴの順番で。
懐中電灯をアルと、ヒューゴが持ってくれて。
私とアルは子供で足がどうしても遅いということから、私がセオドアに。
アルがお兄さまに抱えられるという状況で行くことになった。
「うむ、分かった……。そうだな、そうしよう」
多分、自力で走っても問題は無いと思うし。
何なら、私の主観もあるけれど、元々アルの足はかなり速そうで……。
例え早くなかったとしても、魔法でどうにでもなると思うんだけど。
その辺り、お兄さまやヒューゴもいる手前“人間の基準”に合わせて動いてくれているアルは……。
どこまでお兄さま達にバレないように自分の精霊としての能力を使っていいものなのかと、測りかねて凄くやりにくそうだった。
だけど、私がセオドアに、アルがお兄さまに抱きかかえられるその前に。
こっそりと……。
【アリス、こうなった以上は僕も“人命”が第一だと思ってる。
もしも本当に危険が差し迫った場合には、惜しみなく魔法を使うつもりだ】
と、声をかけてくれて……。
私もその言葉に『ありがとう』と、お礼を伝えたあとで、頷いて了承した。
勿論、お兄さま以上に、一般人であるヒューゴにアルの存在がバレてしまうのは危険かもしれないけれど。
ヒューゴが人として、何かそういった秘密などを誰かにバラすようなタイプとはあまり思えないし。
お兄さまにバレてしまうのは、後々色々と問い詰められてしまうだろうけど。
実際は、そこまで問題がある訳じゃない。
本当のことを知ったら、お兄さまはお父様と同じでアルの秘密については絶対に守り通してくれるだろう。
これから、洞窟内で何か危険なことが起きてしまうことを想定して……。
最悪のケースに対しての立ち回りについては、早い、遅いなど関係なく。
今の内に色々と、考えておくに越したことはない。
さっき、二人の時にセオドアとも話したけど。
【もしもの時も含めて、私も自分の能力を使用することについては頭の中で考えていない訳じゃない】
ヒューゴの黄金の薔薇探しが上手くいかなかったら、という事は考えていたけれど。
それ以外のことで、能力を使う可能性の方が高くなってしまったような気がする。
……そうして、真ん中の分かれ道から痺れ玉が使われていた円状のフロアへと出た私達は。
特に何か問題が起きるようなことはなく、さっき私とセオドアが一緒に入っていた、左の分かれ道の奥へと全員で進むことが出来た。










