202 名産品
あれからセオドアとアルが戻ってきてくれて。
お兄さまの従者達に見送られながら、私達は無事に出発することが出来ていた。
いつものメンバーの中に、いつもは見慣れないお兄さまがいるというだけで何だか凄く新鮮な感じがしてくる。
「あぁ、そういえば。
殆どの食材に関しては僕が対処したが、こればかりは外せないのでな。
折角ローラが用意してくれていたものだし、串付き肉だけは手に持ってきたぞっ!」
そうして馬車の中で弾んだようにアルが声をかけてくれて。
私も一つ、手渡されて棒付きのお肉を貰うことにした。
「一体何なんだそれは……?」
「何だ、ウィリアム、知らないのか? 城下で売っている串付きの肉だっ!
濃厚な味わいの甘辛いタレがかかっていてもの凄く美味いんだぞっ! ……旅のお供と言えばこれだろうっ!」
「馬車の中で食べるのか……? それは何て言うか行儀が悪いだろう……?」
「……だそうだ。アルフレッド、第一皇子様に串付き肉は必要ないらしいぞ」
「待て。……別に要らないとは言っていないだろう? アリスが食べるのなら俺も食べる」
「あの、お兄さまっ、わざわざ私達に合わせて無理をしてくれなくても……」
「別に無理をしているつもりはない」
セオドアの一言で、むすっと怒ったような表情へと変化したお兄さまに。
セオドアが呆れたような顔をしながら『……素直じゃねぇ奴』と声を出すのが聞こえて来た。
その言葉を聞いてお兄さまが眉を寄せ、顔を顰めたあとで。
「お前はいい加減、その減らず口を何とかしろ」
と、声を出してくる。
それに対してセオドアがおざなりに『へぇへぇ、分かった、分かった』と、空返事をしていて。
二人の遣り取りを見れば見る程に私は首を傾げてしまう。
ある意味で息がぴったり合っているような気もするし、でも、お互いに軽い口喧嘩をし合っているようにも見えるし……。
不思議なのはこの場の空気がそれで完全に険悪なものになってしまって、冷え切ったりはしていないことだろうか。
私がジッと二人に視線を向けていたからか。
二人とも私の方を見て『どうした?』と優しく声をかけてくれる。
そのタイミングがぴったり同じだったことに……。
もしかしたら、二人とも性格なども含めて水と油で全く違うように思えて、実はお互いに似ているような所があるのかもしれない、と思ってしまう。
「ううん、何でもないよ」
こうして二人ともに優しいところとか、何となくセオドアとウィリアムお兄さまの共通点を見つけたのを、言葉にすればきっと二人とも顔を見合わせて、似ていないって言って否定するだけだろうから。
私はふわっと笑って、自分の今の考えが二人に伝わらないようにそっと誤魔化した。
それからアルに貰った串付きのお肉を口に頬張ってもぐもぐと平らげたあとで、馬車の中から窓に視線を向ければ、既に王都からは遠ざかり。
私の知らない道を走っていて、古の森に行くときとは違う見慣れない外の風景に凄く新鮮な気持ちになってくる。
「今日は、ホテルに泊まるんですよね? 初めてのことなのでドキドキします」
巻き戻し前の軸にローラが買ってきてくれた市井で流行っていた小説の中で読んだものには、宿の描写しかなかったから……。
ホテルという物が未だにどんなものなのかよく分かっていないまま、私はお兄さまに問いかける。
私が小説で見た宿の描写はログハウスのような建物で、簡素なベッドが置いてあって。
酒樽とかもあるような場所だったけれど、ホテルは多分もっと高級な感じなんだよね?
イメージしか出来ないけど、皇宮にある私の自室に近いような感じなんだろうか。
「あぁ。……そうだな、俺たちは行ったことがあるけどお前にとっては全てが初めてのことなんだよな」
お兄さまからそう言われて、私はこくりと頷いたあと。
さっきお兄さま達の従者に必要以上に気を遣って貰ったことを思い出して。
なるべくこの場の雰囲気が重くなりすぎないように、明るくほわっとお兄さまに向かって笑いかけた。
「そう言えば前にギゼルお兄さまから古の森の砦へ旅行に行ったことを聞きました。
もしかしてお兄さまはその時、ホテルに泊まった経験が……?」
「いや。古の森に行った時はホテルには泊まっていない。
それに小さい頃の話ならまだしも、大人になると家族で行くというより個別で訪れることの方が今は増えているしな……。
特に俺は父上の仕事の関係で、国がいくつか所有して運営しているようなホテルもあるから付き添いで行くこともある。
父上抜きで言うなら、幼い頃は毎年夏になると母上に実家に帰るという名目で連れて行かれたりもしたな」
私がお兄さまに問いかけると、お兄さまはなるべく私にも分かりやすいように色々とホテルに行ったときの状況を説明してくれた。
【そっか、バカンスみたいな感じで家族旅行とかに行くだけじゃなくて、お父様の仕事の関係で行く場合もあるよね】
そういったことに関しては思いつきもしなかったけど。
確かにお兄さまはずっとお父様の仕事を手伝っているようなイメージがあるし。
そっちの方面でホテルに行くようなことが増えていると言われても何ら不思議ではなかった。
それ以外だと、テレーゼ様と一緒に行ったりするようなこともあると……。
こっちはどう考えても家族旅行、だよね?
【でも、幼い頃に“毎年実家に帰るという名目”で連れて行かれたというのは一体どういう意味なんだろう?】
内心でそう思いながら
「そうなんですね。……テレーゼ様のご実家というと、フロレンス伯爵領のことでしょうか?」
と問いかければ、お兄さまが私の言葉を肯定するようにこくりと頷いてくれるのが見えた。
私にはお母様の方でまだお祖父さまが存命しているけど、お兄さまの祖父にあたるフロレンス伯爵はもう何年も前に亡くなられてしまっているんだよね。
今は確かテレーゼ様の弟に当たる方が領地を継いでいたはずだ。
お兄さまの祖母となる方もテレーゼ様がお父様の第二妃になられる前から早くに亡くなってしまわれたみたいだし……。
お父様の方は既に前皇帝陛下も、皇太后様も亡くなっていることを考えれば。
お兄さまには祖父となる人も祖母となるような人も既に存在していないことになる。
「あぁ、実家と言ってもフロレンスとは完全に縁が切れているような状態だけどな。
だが、母上はバカンスの時期になると必ず俺たちを帰りもしない実家に帰るという名目で連れ出して、フロレンス領のみならず、色々な街のホテルに長期的に滞在していた」
少しだけ思い出すように、此方に向かってそう声に出してくるお兄さまの言葉を聞いて。
テレーゼ様のご実家に関しては巻き戻し前の軸でもあまり誰の会話にもでてこないことだったので、はっきりとした口調で“縁が切れている”という言い方をするお兄さまに驚いてしまった。
「……フロレンス伯爵様と、テレーゼ様はあまり関係が良好ではないのでしょうか?」
【幾らお兄さまとはいえ、私には直接関係のない家の事情について、深い所まで聞いてしまって良いんだろうか……】
とは思いつつも、何となくその言い方が気になってお兄さまに問いかければ。
「叔父と母上というよりは、祖父と母上がだがな。
色々と金に執着していた上に意地汚く野心家で。……良い噂などは全く聞かない方だった」
と、言葉が返ってきて私は更に驚きに目を瞬かせた。
「そうだったんですね。……あのっ、ごめんなさい、私、知らなくて」
そうして、慌てて……。
込み入った事情を聞いてしまったことを謝罪すれば、お兄さまが私の方を見つつ
「いや、俺自体は直接祖父に何かされた訳でもないし、もう既に亡くなっているから何とも思っていない」
と言葉をかけてくれる。
その瞳には嘘など欠片も見当たらず、ウィリアムお兄さまは本当にそう思っているみたいだった。
【もしかして、テレーゼ様も色々な苦労をしてきているのかな……?】
その辺りのことは全然知らないことだったから、フロレンス家の事情を思いがけないタイミングで知ることになって驚くばかりだけど……。
皇帝陛下であるお父様の第二妃になる時に、その家柄などはしっかりと精査されてしまうはずだし。
お兄さまの口から今、間接的な話だけしか聞いていないから、お兄さまの祖父に当たる前フロレンス伯爵がどのような人物だったのか、一方的な決めつけだけで見る訳にはいかないけれど。
お兄さまの口から語られる話が事実なら、テレーゼ様はお父様の第二妃になる時にとてつもない苦労をしたんじゃないだろうか……。
【お母様とお父様は、お母様が生まれる前から決められていた政略結婚だったけど……。
テレーゼ様の場合はどうしてお父様の第二妃になることが決まったんだろう……?】
頭の中で色々と思いを巡らせてみたものの、当然、その当時のことを知る由もない私には答えなんていうものが浮かんでくるはずもなく。
これ以上はあまり深入りして話を聞かない方がいいのかなと思った私は、そっと話題を変える事にした。
「でも毎年夏になるとテレーゼ様に連れられて色々なホテルに泊まったりしていて、お兄さまの話を聞いているだけで凄く楽しそうです」
そうして、お兄さまに向かって声を出せば
「子供の頃はな。……今は別にそこまで楽しい物だとも思えないが。
母上は自分の父親とあまり良い関係じゃなかったから、子供である俺と、……ギゼルにも楽しい思い出を作ってやりたかったんだろう。
まぁ、自分が買いたい物とかもあって、半分は自分の為の気晴らしだったのかもしれないが」
と、少しだけ困ったような口調でそう返ってきて。
お兄さまが口に出した、ウィリアムお兄さまとギゼルお兄さまの間に一瞬だけ躊躇ったような空白の時間があったことを不思議に思いながらも……。
「そうなんですね? 買い物とかだと比較的王都から近い所ですか……?」
色々な街に行ったことのあるお兄さまの話に興味が湧いて……。
ついつい、旅行の話を掘り下げて、前のめりになって聞いてしまった。
「いや、観光地とかで栄えているような場所もあるし、名産で何に使うのかよく分からない謎のお土産を売っているような所も結構ある」
【人の旅行の話は聞いているだけで面白い】
私自身外には中々出られないから余計そう思うのかも知れないけど……。
私がお兄さまが話してくれた、謎のお土産に興味を持っていたら……。
「姫さん、ソイツは多分そんなにも純粋に目をキラキラさせて聞くほどの良い物じゃないぞ?
マジで、ただ部屋に飾るためだけの用途で、本当に何の役にも立たない奴とかあるからな……」
と、セオドアに言われて……。
部屋に飾るとなると、縫いぐるみとか、そういう可愛い系なんだろうかと問いかければ。
「いや、何かの部族の儀式に使われそうな物とか、一目見たら子供が逃げ出してしまうような物も多い気がするな」
というお兄さまから謎の言葉が返ってきて、ますます気になってしまった。
「その土地の名産とかが、木とかそういうのだったりするし。
そういうのを使って皿とかそっち系で名産になればいいんだけど、置物系はどうしても……。
ただ、よくよく調べれば昔からの魔除けに使われていたとか、ちゃんとした意味もあることは多いんだけどな」
そうして補足するようにセオドアから説明されて、魔除けという言葉に何となく想像がついた私は、成る程、と頭の中で納得する。
ただ二人の話からどんな物があるのか、逆に興味が湧いてきてしまったのは私だけではなかったらしく、二人の説明にアルが身を乗り出したあとで。
「何だそれはっ! ウィリアム、今回僕達が行く所にはそういったお土産は置いてあるのかっ!? 出来れば全種類揃えたいんだがっ!」
と、ウキウキしながら声を出してきて……。
「いや、色々な地方に広がっている土産を全て揃えるのはそもそも至難の業だぞ?
大体、お前、それを買ってどうするつもりなんだ? 部屋にでも飾るのか?」
と、お兄さまを困惑させていた。
「むぅっ! 部族が使っていたのなら仮面のようなものとかもあるだろう? 仮面なら身につけるし、穴があくような置物だったら紐をつけて首からぶら下げてもいいなっ!
そうだっ! 腰に巻くとかそういうのはどうだろう!?」
「やめろ、アルフレッド……。シンプルにお前と一緒に歩きたくない」
そうして、妙案を閃いたとでも言うように張り切って声を出すアルに。
セオドアが嫌そうな表情を浮かべて拒否反応を示すと、アルがむぅっと唇を尖らすのが見えた。
「何だ、セオドア。……お前、ノリが悪いぞっ!」
「ノリが悪いとかそういう問題じゃねぇよ」
「こればかりは、俺もお前に同意する。
何なら同行者がそんなことをしているだけで、此方が恥ずかしい思いをしなければいけない羽目になるということを、アルフレッド、お前は今一度考えるべきだ」
「……むぅ、お前たち。こういう時だけ二人で結託してっ! ……そうだっ! アリス……!」
「う、うんっ。……ごめんね、アル。
私もアルが楽しんでいる分には良いことだと思うんだけど。
自分で身につけるのは、ちょっと恥ずかしいかなっ……。
お兄さまとセオドアが言っていたお土産もどんな物か予想がつかないし」
アルには申し訳ないけど、そっと丁寧にお断りすれば。
ぷくっとほっぺたを膨らませたあとで、アルが
「薄情だぞ、お前たち」
と言ってから、しょぼんと、残念そうな表情を浮かべるのが見えた。
「あ、そうだ、アル、お兄さまが山の幸の美味しいレストランを予約してくれているんだって。
お土産の代わりに、いっぱい美味しいもの食べようね」
その表情を何とか元気づけれないかと、さっきお兄さまの従者から聞いた話を持ち出せば。
目に見えて落ち込んでいた様子だった、アルが。
「山の幸か、それはいいな。……僕はきのこも含めて山の幸は好きだが、山菜とかが出てくるのか?」
と、直ぐに回復したようにお兄さまに問いかけるのが見えてホッとする。
お兄さまの話では山菜などをふんだんに使ったコース料理のお店として美味しいと評判のレストランらしい。
少し一般的な都市からは外れたような所にあるらしいんだけど、わざわざそのためだけに足を運ぶような貴族もいるくらい有名なお店なんだとか……。
「凄く楽しみです」
元々、囚人の毒殺事件について調査しに行く予定のものではあるから。
遊びに行く訳ではないんだけど、レストランには行ったことがないから今からドキドキしているし、美味しいご飯が食べられるのは凄く嬉しい。
何より、他に周囲でご飯を食べられるような所がないそうで。
使用人達も私達のコースとは少し違う物を、同じお店で食べることが出来るようにお兄さまが手配してくれているということを聞いて……。
【それなら、エリスやロイも一緒に来てくれてたら、美味しい料理を一緒に共有出来たのにな……】
と、なんとなく、二人には申し訳ないような気持ちになってしまったけれど。
アルのみならず……。
日頃、私に仕えてくれているローラやセオドアにも美味しいものを食べて貰えるということが何より私には一番嬉しいことだった。