7話 ベヒーモスの攻略法
ベヒーモスが暴れているのは、湿地帯の点在する密林だった。
徒歩で行けば三日以上かかる距離だが、ドラゴンの姿に戻ったミデルに乗ればひとっ飛びだ。
依頼人は密林に住むエルフの氏族で、木々をなぎ倒して縄張りを広げるベヒーモスに迷惑しているとの話だったが……。
『ア、アレーン! 虫っ! 虫さんがいっぱいですー!?』
「湿地帯近くの密林なんだから当たり前だろ」
人間化した途端にトンボやバッタを見て騒ぐミデルの様子に、早くも不安になってきた。
『う、うにゃー!? アレン取って! 取ってくださいぃ!? 体が小さな人間の姿だと、虫がおっきくて怖いですぅ!?』
「背中にバッタがくっ付いただけだろう」
『いいからっ、早く取ってくださーいっ!』
涙目で寄ってきたミデルの背中からバッタを取って、その辺に放り投げた。
ハチみたいな毒を持つ虫はともかく、人畜無害なバッタだけでもこんな状態とは。
しかしミデルの言う通り、体が人間化して小さくなると虫も相対的に大きく見えるのは間違いないが。
「ミデル、あまり騒ぐとベヒーモスに見つかるんじゃないか。少しは静かにした方が……」
『いえ、ベヒーモスはこんな木々の生い茂った場所には来ませんよ。森の中に現れても、もう少しひらけた場所じゃないかなって思います』
「ん、そうなのか?」
『はい。何度か見たことがありますが、ベヒーモスは体が大きいですから。木々が邪魔して身動きが取れなくなっちゃいます。だから依頼書にあった通り、ベヒーモスは縄張りを広げるために木々をなぎ倒しているんじゃないでしょうか』
ミデルの話は、何度もベヒーモスを見ている経験則からくるものらしい。
それからベヒーモスの生態を細かに教えてくれていたミデルは、ふと立ち止まった。
『この大樹に何度も体を擦りつけた跡があります。きっとベヒーモスがよく通る道なのでしょう、ここで待ち構えればいずれ現れるかと』
深く擦れた跡が残る木を指して、ミデルはそう言った。
「ミデルは物知りだな。依頼を受ける時に自信満々だった理由はベヒーモスについてよく知っていたからか?」
『はいっ! ミデルも故郷を追い出されて色んな土地を巡った身ですから。モンスターの生態ならそれなりに詳しいのです。……褒めてくれてもいいんですよ?』
そう言いつつあからさまに寄ってきたミデルの頭を「うーんと、こうか?」と撫でてみる。
するとミデルは『合っています』と言わんばかりに頬を弛緩させた。
『ふふっ、ミデルは褒められて伸びるタイプなのです。アレンもこの先、ミデルのことをもっともっと褒めてくださいね? 特にミデルは誰かと触れ合った経験が少ないので、なでなでは高得点です』
女の子にベタベタ触るのもどうかと思っていたが、ミデルはどっちかと言えば甘えん坊らしいので、これくらいのスキンシップが心地いいと見える。
しばらくミデルを撫で回してから、俺は周囲を見回した。
『アレン、どうかしたのですか?』
「少し罠を張ろうかと思ってな」
そう言いつつ俺が背から下ろしたのは、中程度の大きさのバッグだった。
中には冒険者ギルドで武器と一緒に購入してきた、俗に言う初心者セットと小物がいくらか入っている。
「ベヒーモスがここを通るのが分かっているなら、罠を張って待ち構えた方がいい。ここを即席のトラップポイントに仕上げてベヒーモスがかかったら……」
『ミデルのブレスでぼこぼこのぼこ! ですねっ!』
ミデルの言葉に、俺は頷いた。
ぼこぼこのぼこはさておき、ミデルが放てるブレスを決定打にするつもりなのは俺も同じだった。
それから俺は買い込んだロープなどを使い、ベヒーモスが現れるまでの間に罠の設置を急いだ。