20話 空の旅路
受付嬢から依頼を受けた翌日の朝方。
依頼先のリアレル村への出発準備を整え、フィベルーに見送られた俺たちは家の前に出ていた。
地図上ではリアレル村はそれなりに遠く道も平坦ではないので、歩けば何日もかかる距離にある。
しかしミデルに乗って飛んでいけば、道中で休憩したり街の上などを大きく避けても二日あれば到着すると思われた。
なので今回は野営も考え、少し大荷物になっていたが……。
『何だかピクニックに行くみたいですね。ミデルも少しわくわくします!』
「わくわくって、そんなにか?」
『当然ですっ! ドラゴンのミデルにピクニックやキャンプの経験は皆無ですから』
ふんふんと鼻歌を歌うミデルは、言葉通りにわくわくとした雰囲気がこちらにまで伝わってくるようだった。
ミデルはドラゴン姿の時にはできなかったことを、人間の姿であれこれやってみたいと前に言っていた。
だからこういった野営も楽しみのひとつなのだろう。
「あたしも今まで友達とかいなかったから、誰かと野営するのは初めてかも。それにこう言うのも冒険者らしくていいと思うわ」
リナも上機嫌で荷造りをしていたが、ミデルと似たような事情らしかった。
「ミデルもリナも楽しそうで何よりだ。でも依頼先でモンスターが出たら、二人とも気を引き締めて頼むぞ?」
『ご主人さまの安全は守れるドラゴンでいたいので、そこはご安心ください』
「ふふっ、我らがドラゴンは頼りになりそうね」
俺が釘を刺して言った後でびしっ! と敬礼……のようなポーズを取ったミデルに、リナから笑いがこぼれた。
それから俺たちは近くの山奥へ移動し、俺たち以外誰もいないと確認できたところでミデルがドラゴンの姿に戻った。
それから、ミデルの体に持ってきていた荷物をうまく括り付けた後で。
『さあアレンにリナ、乗ってください! 目立たないよう人里は避けて行きますので少し大回りになりますが、乗り心地は保証しますっ!』
「ああ、よろしく頼むぞ……よっと」
ミデルの背に乗り、手を伸ばしてリナも引っ張り上げる。
「あら、あらあら……! ミデルに乗るのは初めてだけどこんな感じなのね。木に乗って視点が高くなるのとは、まるで別物……!」
感激するリナをよそに、ミデルが翼を広げた。
『それでは二人とも、空の旅路をしばしお楽しみくださいね』
一瞬体が沈むような感覚の直後、ミデルの体が空へ向かっていく。
ミデルは翼を広げ、風を受けるようにして飛行していった。
……のだが。
「やっぱり空は風があって少し肌寒いのね。アレン、ちょっとくっ付くわよ?」
「うおぉっ……!?」
後ろからリナに抱きつかれ、何だか変な声が出た。
……スタイルのいいリナに密着されてしまったからだ、俺も若い男なので少しドキリとしてしまったが……。
「……? アレン、心が少し乱れているわよ。何か心配事? 話しておきたいことがあるなら、時間もあるしこの機会にお姉さんに打ち明けてみたら?」
「あ、いや! 心配事じゃない、全然そうじゃないけど……」
リナは【読心術】スキルを使っているらしく、肩越しに首を傾げているのが分かった。
けれどリナに張り付かれたのが原因とは言えなかったし、寒がるリナを引き剥がそうとも思えない。
……しばらく俺は生殺し状態だろうけど、これはこれで仕方がない。
そう、これはあくまでリナの体温を保つためなので仕方がないのだ。
男の冒険者が聞いたら喜びそうで困りそうなシチュエーションの中、俺は空を見上げて必死に平静を保っていた。




