14話 リナの今後
ヒュドラ討伐後、俺たちは結界のあった地域付近のリナの家に招待されていた。
リナの家は木の上にあって、俗に言うツリーハウスと呼ばれるものだった。
リナは茶を出してから、机を挟んで俺たちの前に座った。
「アレン、ミデル。今回の件、改めてお礼を言うわ。ヒュドラを倒してくれたこと、本当に感謝しています。お陰でもう、ヒュドラに怖がる生活とはサヨナラよ」
『そう言ってもらえると、ミデルも頑張った甲斐がありましたっ!』
そこそこ大きな胸を『えっへん!』と張るミデル。
途中危ないところもあったけど、今回も無事に終わって何よりだった。
「それでリナはこれからどうするんだ? 結界の監視役って話だったけど、結界がなくなった以上は自由にできるんだよな?」
「ええ、それはもちろん。目の敵にしていたヒュドラが倒された以上、一族だってこれ以上は干渉してこないでしょうから」
『だったらリナは、この森から出ていくニャー?』
リナにもらったミルクを飲んでから、フィベルーはのんびりと首を傾げていた。
その呑気な姿に、リナはくすりと笑った。
「そうね、それも悪くないと思っているわ。ずーっと森の中にいて、伝説や伝承がまとまった書物ばかりを読む日々だったから」
俺はリナの話から、そう言えばと気になったことを口にした。
「リナ、ヒュドラと戦ってた時に伝説のドラゴンライダーって言っていたけど。あの伝説って何だったんだ?」
「あら、知らないのね。アレン本人が知らなくても、てっきり相棒のミデルから聞いているかと思ったのだけれど……」
リナが視線を向けると、ミデルは茶を飲んでから首を横に振った。
『実はミデルもよく知らないのです。昔にも人間を乗せていたドラゴンがいたらしいとは聞いていましたが……』
ミデルの返事に、リナは意外そうな表情を浮かべていた。
「そう。だったらせっかくだし、この機会にお話しちゃおうかしら。いい、ドラゴンライダーって言うのはね……」
この世界には昔、竜に跨り空を駆ける秘伝術を持つ竜騎士の一族がいた。
その一族はことあるごとに強大なモンスターを退け、多くの種族を救ってきた。
しかし百年ほど前に魔王を名乗る邪竜が現れ、竜騎士一族は邪竜へ戦いを挑んだ。
死闘の末、一族と邪竜は相打ちとなった。
それ以降は竜を操る秘伝術は失われ、竜騎士ことドラゴンライダーは過去における伝説の存在となってしまった。
……リナの話を簡潔にまとめると、こんな感じだった。
「竜を操る術、か……」
そんなものがあるなら、その竜騎士一族は向かうところ敵なしだっただろう。
しかしその竜騎士一族と乗っていた竜複数体を相打ちに持ち込んだ邪竜と言うのも、中々恐ろしいものだった。
『じ、邪竜ですか……』
横を見れば、ミデルは少し顔色が悪かった。
話にあった「邪竜」という言葉に反応したのか。
そう思い、俺はミデルを優しく撫でた。
「大丈夫だ、ミデルは邪竜なんかじゃない。今のは百年も昔の話なんだから、ミデルには何の関係もない」
『アレン……はい。ミデルはアレンが導いてくれれば、きっと邪竜になりません。だからこの先も、ミデルを離さないでくださいね?』
ミデルは不安げに上目遣いで見上げてきて、俺は「ああ」と力強く答えた。
「当たり前だ。今じゃミデルは相棒なんだから、俺もそばにいてもらわなきゃ困る」
『アレン……』
ミデルは安心した様子で、俺にしなだれかかってきた。
……と、こんな感じにミデルを落ち着かせはしたものの。
人間の姿のミデルは本当に可愛いし、あんなことを言われて実は俺も少し照れていた。
そして側から見ていてそれが分かったのか、リナはふふっと微笑んでいた。
「笑わないでくれよ、俺もあまり慣れてないんだ」
「いいえ、素敵だと思うわよ? あたしのことも助けてくれたし、そんなアレンだからミデルも付いて行っているのだと思うし。……まあ、ともかくあたしの話はこれでおしまい。長く引き止めてしまって、悪かったわね」
そう言うリナは重責から解放されていたものの、少し困っている気配がした。
やっぱりこの先どうすればいいのか困っているのか……もしそうならば。
「なあリナ、もしよければ俺たちと一緒に冒険者にならないか?」
「アレン……?」
リナは目を瞬かせた。
「もしこの森から出るなら、仕事とかも必要だろ? それに俺もリナと同じで故郷を追い出された身だから、放っておけないし力にもなりたい」
『実はミデルも、アレンと同じ思いです。リナ、もしこの先に困っているならミデルたちと一緒に来ませんか? このままさよならするのも、少し寂しいですし』
俺とミデルの言葉にリナはしばし呆気に取られた様子だったが、しばらくしてまた微笑んでくれた。
「二人とも、本当にお人好しね。あたしを助けてくれただけじゃなく、そんな素敵な提案まで……これも何かの縁かしら。あたしも伝説の竜騎士と一緒に冒険できるなら、こんなに嬉しいことはない。あたしの方からも、ぜひお願いしたいくらいよ」
「だったらリナ、これからよろしくな」
俺が手を差し伸べると、リナもぎゅっと握り返してくれた。
……しかしその後、リナはいたずらっぽくこう言った。
「ちなみに、あたしもミデルのようにアレンのことをご主人さまと呼んだ方がいいかしら?」
「い、いやいや……」
流石にそれはと思った矢先、ミデルが『むーっ!』と猛烈に反応していた。
『お、同じパーティーは構いませんが、アレンをご主人さまと呼ぶのはミデルだけですっ! アレンは誰にもあげませんっ!』
ひしっと俺に抱きついてきたミデルの様子に、その場にいた全員が笑いをこぼした。




