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12話 結界の監視者

「いいかミデル、薬草と雑草の見分け方は……っておいおい」


『ぷく〜〜〜っ』


 依頼先の森でミデルに薬草採取の方法を教えようとしたが、ミデルは頬を膨らませていた。


 ううむ、そんなにモンスターの討伐依頼がよかったのか。


『にゃはは。旦那、ミデルをご機嫌斜めにしちゃったにゃー』


「よし、だったらこうしてみるか」


『うにゃっ!?』


 俺は足元のフィベルーを抱えてミデルに渡す。


 するとミデルはフィベルーをもふもふと撫で、頬を弛緩させて息を吐いた。


『ふあぁ〜、フィベルーはもふもふしててあったかいですね〜』


『にゃ、にゃはは。ミデルの機嫌が戻ったにゃ、旦那の目論見通りにゃね〜』


 そうして薬草を採りながら移動していると、ミデルに抱きしめられるフィベルーが『んにゃっ?』と耳を動かした。


「フィベルー、どうかしたのか?」


『にゃあ、この辺りに結界があるにゃ。多分ドワーフってよりは、エルフ辺りが張ったものにゃよ。精霊のニャーにははっきりわかるにゃー』


 フィベルーはミデルの腕からすり抜け、気になる方にトテテと歩き出した。


 その後をミデルと共に追いかけると、いつの間にか霧の濃い場所に出た。


「さっきまで晴れてて、霧なんてなかったのにな」


『これも結界の一部だにゃー。正しい手順で進まないと、霧の中をぐるぐる回って森の外へぽいって類のものだにゃー』


『ほへぇ、フィベルーは物知りですねえ』


『よすにゃ照れるにゃ』


 にゃははと笑うフィベルーが向かった先には、一本の立派な大樹がそびえていた。


『この先が結界にゃ、でもこーんなのどかな森の中に誰が結界を……』


「それはあたしの一族よ。下がりなさいな、人間さんとケットシーさん」


 足を止めると、大樹の上からするりと誰かが降りてきた。


 淡い青髪に空色の瞳、そして人間より長くエルフより若干短い耳の整った顔立ちをした少女だった。


『ニャーの思った通り、やっぱりエルフ系の結界だったにゃー』


『その耳、ハーフエルフですか。ミデルも出くわすのは久しぶりですっ!』


 ミデルは仲良くしようとしたのかハーフエルフの少女に近づこうとしたが、少女は険しい表情で弓を構えてきた。


「言ったでしょう、下がりなさいなと。その認識票、あなたたちは冒険者みたいだけど。この先にいるモンスターは一介の冒険者ごときに捌ける相手ではないわ。すぐに引き返してちょうだい」


「おいおい、いきなり弓を構えることはないだろ」


 突然攻撃されそうになり、ミデルは『ひえっ!?』と俺の背に隠れてしまった。


「俺はアレン、君の名前は? どうしてここを守っているんだ?」


 問いかけると、少しの間の後に「……リナ」と返事が聞こえた。


「あなたたち、知らずに来たの? この結界の先には、古くから封じている毒竜ヒュドラがいるわ。だからこの先へは絶対に立ち入らせない」


「ヒュドラが……?」


 毒竜ヒュドラとは、等級で言えばAに相当する危険なモンスターだ。


 吐き出す毒のブレスは街一つを腐らせ滅ぼすとさえ言われており、古くから人々に恐れられてきたモンスターだ。


「でも、どうしてそんな危険なモンスターを封じる結界をリナ一人が守っているんだ? 普通、もっと人手がいるもんじゃないのか?」


 純粋に疑問に思い聞くと、リナは自嘲気味に頬を歪めた。


「ええ、ごもっともね。でもここにいるのはあたし一人。理由は……」


『なるほど、ハーフだからにゃ』


 フィベルーの言葉に、リナは俯くように頷いた。


「フィベルー、どう言うことだ?」


『簡単な話にゃ。エルフは純血の者のみで身内を固める傾向が他種族より強いのにゃよ。逆にハーフエルフのような混ざり物は追い出されるとよく聞くにゃー』


『そんな、酷い……』


 ミデルも似たような境遇だからか、震えた声で呟いていた。


 リナは俯いたまま、弱々しく言った。


「その通りよ。あたしの一族は特にその傾向が強い。だから金髪ではなく青髪のあたしを里から追放して、ここの監視人にしたの。……もう十年かしら、この先も多分そう」


「おいおい。ハーフエルフの寿命がどれくらいか分からないけど、そんな無茶苦茶な……」


「でも、あたしがここを離れてヒュドラが解放されたら大勢の人が困ってしまうわ。そりゃ辛いけど、関係ない人が困るのはもっと嫌よ。だからあたしは、死ぬまでここを守り続けるの」


 そう言うリナの顔は、誰よりも困りきっている表情だった。


「……って、こんな愚痴をこぼしてもいけないわね。ともかくここは危険なの。だから早く立ち去って、ね?」


 取り繕ったように笑うリナに、俺は「いいや」と反射的に詰め寄っていた。


「そんな辛そうに『死ぬまで』とか言うなら、やらなくたっていいんだ」


「アレン……?」


 リナは不思議そうに首を傾げていたが、あんな話を聞かされた俺はもう我慢の限界だった。


 こんな健気な子を里から追放して、十年もここでひとりぼっちとは。


 リナを追い出したエルフの一族には怒りしか湧かなかったし、リナがあまりに可哀想だった。


「君を追放した奴らのために、そんな辛い思いを続ける必要はない。もし続けるなら、俺がヒュドラを倒す。そうすれば結界を維持する必要もなくなって、自由にできる筈だ」


 俺も故郷を追放された身だ、似た境遇のリナのことを放ってはおけなかった。


 そしてそれは、ミデルも同じだったようで。


『当然、ミデルも協力しますっ!』


 しかしリナは俺たち二人を「ダメよ、絶対にダメ」と必死な表情で制した。


「さっきも言ったけど一介の冒険者がどうこうできる奴じゃないし、あいつはエルフ総出の殲滅魔法でさえ倒しきれずに結界で封じるしかなかった手合いなの。その上、あいつは長く封印されている間に成長を続けて、今じゃ本物の化け物よ。それこそドラゴンを連れてこないと勝てないくらいね」


 リナは絶望的だと言わんばかりに首を横に振っていたが、俺とミデルは顔を見合わせてから言った。


「問題ない。俺たちなら倒せる、信じてくれ」


『はいっ! ミデルがヒュドラをぼこぼこのぼこにしちゃいますっ!』


 俺とミデルでそう言い切ると、リナはじっと目を合わせてから「……分かったわ」とあっさり答えた。


「ん、いいのか? もっと反対されるものだと思っていたけど……」


「こうして出会ったのも何かの縁かもしれないし、あなたたちの瞳には嘘がないもの。策もある気配だし、二人を信じてもいい。……でも、行くならあたしも連れて行って。出会ったばかりの二人だけを危険な目には遭わせられないから」


 生真面目さを感じさせるリナの言葉に、俺は頷きを返した。


『だったら、結界の維持は引き続きニャーが引き受けるにゃー。こう見えても精霊の端くれ、力を見せるにゃっ!』


「分かった。それならミデル、リナ。行こう!」


 俺の言葉に、ミデルとリナは力強く頷いた。


 こうして俺は、リナを救うべく毒竜ヒュドラ討伐へと向かった。


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