10話 珍しい同居者
ドルゥさんに頼んで各所にある借家を見せてもらうこと少し。
俺たちは最後に街の外れに来ていた。
「アレン、あの物件なんかはどうかね? 造りは古いが骨組みは頑丈だし、中は広い。街からも離れて静かだ。ついでに土地だけは余ってるから庭のおまけ付きだがね」
『広いお庭……! アレン、ミデルもここがいいですっ!』
ミデルの言ったように、家の前にある庭は大分広かった。
それに雑木林も近く、食べられるキノコや木の実なんかも採りやすい環境だ。
「ちなみに家賃は?」
「ひと月あたりはこんなもんだが、ギルドを介した契約だからもっと安くなる。ついでにさっきのサイン代として、ワシがもうちょい安くなるように交渉してやろう」
得意げなドルゥさんが出してきた家賃の書類を見て、俺は即座に頷いた。
「この広さでこの値段なら、すぐにでも契約したいくらいですが……ん?」
いつの間にかミデルがいなくなっていると思いきや、ミデルはもう窓から家の中を窺っていた。
その様子を見て、ドルゥさんはくくっと笑った。
「あの嬢ちゃん、鍵が掛かってて中に入れなかったんだな。ほら、鍵はこれだ。嬢ちゃんと一緒に見てくるといい」
「あ、すみません。ちょっと行ってきますね」
それから家の中を覗き込むミデルに近寄ると、ミデルは神妙な面持ちで言った。
『アレン、この家少し変な感じです』
「違和感があるのか、具体的にはどの辺なんだ?」
『みゅーん……中にもう誰かいるような気がします』
いや、鍵が掛かっているのにそれはないだろう。
そう思ったがミデルは珍しく真面目な表情をしているし、気のせいで言っている様子でもなかった。
「なら中に入って確かめよう、それではっきりする」
『はいっ、不法侵入者はぼこぼこのぼこですっ!』
「こら、ぼこぼこにしちゃまずいだろ」
ミデルの半ば本気っぽい言葉を聞きつつ、玄関の鍵を開けて中に入る。
日当たりも良く、間取りも悪くない。
それに意外と埃っぽくなく、掃除も簡単に済みそうだと感じた。
しかしミデルは一層警戒を強めたようで『うるるるるるるっ』と唸っていた。
……可愛いので威嚇になっているかは微妙だが。
『アレン、やっぱり視線を感じます。何かいますこの家っ!』
「何かって、あっ」
視線を巡らせると、物陰で何か動いた気がした。
しかしそう思った時にはもう、ミデルが飛びかかっていた。
『アレンに危害を加える前に、ミデルが成敗してしまいますっ!』
ぴょーんとミデルが飛びかかったその先、聞こえてきたのは『うきゅー!?』と言う歓声だった。
「ミデル、何がいたんだ?」
『か、か、か……』
背中を見せるミデルは震えているので何かと思ったが、次の瞬間にミデルは勢いよくこちらに振り向いた。
『可愛いですーっ! 見てくださいアレン!!』
笑顔いっぱいのミデルが抱えていたのは、小さな白猫だった。
けれどその猫、普通の猫とは明らかに違う点があった。
『た、食べないでにゃーっ! 出て行く、今すぐ出て行くにゃん! だからお願いにゃ、ドラゴンの餌になるのは勘弁にゃああああああああ!!!』
白猫はがっつり話していた。
「ミデル、この猫喋ってるけどモンスターの一種か?」
『いえ、この感じは精霊ですね。猫の妖精、俗に言うケットシーって種族じゃないかと。それにしても可愛いですーっ! 後、あなたのことは食べません。食べない代わりにずーっと頬ずりしちゃいますっ!』
『えっ、頬ずり? ……あなた、人間に変身しているし変わったドラゴンだにゃー』
首をかしげる猫に、俺は【鑑定】スキルを使用してみる。
すると視界の端に、説明文が現れた。
『ケットシー:猫型精霊
猫の霊魂が昇華して精霊体となったもの。
膨大な魔力を持ち、猫と同様に家に居着く』
「へえ、これが精霊ってやつなのか……」
精霊は滅多に人前に出ないと言う噂なので、見るのはこれが初めてだった。
それから俺たちはケットシーに自己紹介をして、逆にケットシーからも話を聞いた。
『なるほど。つまりお二人はニャーの、このフィベルーの住む家にお引越しする予定にゃん?』
『そうですにゃん!』
「ミデル、口調が移ってるぞ」
俺のツッコミも意に介さず、ミデルは延々とケットシーことフィベルーを撫で回していた。
フィベルーはミデルに撫でられるまま、申し訳なさげに言った。
『それでニャーはこの家から出て行った方がいいにゃ? ここには静かだからって理由で暮らしていたけど、ニャーは居候なのでお二人が出て行けと言えば出ていくにゃー』
『いいえ、ぜひ一緒に暮らしましょう! ミデルはフィベルーと言う癒しを得るためにこの家に住む運命だったのだと、たった今確信しましたっ!』
『ど、どーんな運命にゃー』
妙な勢いのあるミデルに、フィベルーは微妙そうな表情だった。
『旦那、あなたもニャーと一緒に住んでもいいにゃ?』
「ミデルも嬉しそうだし構わない。それに精霊と同居するって冒険者っぽくてワクワクするしな」
ついでにドラゴンのミデルと一緒にいる身だから、今更精霊と同居することになっても驚かない。
するとフィベルーは『にゃはは〜』と面白げに笑った。
『ミデルもミデルだけど、旦那も変わり者だにゃー。でもニャーはそう言う頭の柔らかい人間は嫌いじゃないにゃん。実際ニャーも追い出されたら困っていたし、これからよろしくにゃー!』
「ああ、よろしく」
俺はフィベルーが差し出してきた前足を持って、ぎゅっと握手をした。




