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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

田中 /愛の抗欝剤(未完)

作者: 森田ヒトミ

田中は、いつも愛の抗鬱剤である。

会社の上司。部長がすごい剣幕でまくし立てるのを、私は意識を火星に飛ばしつつ、はいはい。と頷きながら、さも反省しているかのように頭に手をあて、へコヘコ、まさにへコヘコという擬音がぴったりな感じで、頭を何度も下げていた。

「君は何考えてるのか分からない人間なんだよねぇ。そう必死に反省してるように見えてるのも、心中じゃ

私の悪態でいっぱいなんじゃないかね?」

「いえ……。そんな……おもったことは、あの」

私が言葉に詰まると、さらにイライラが増長したようで、声の高さがさらに上がっていた。

「君はね。自己主張が足りないというか。もうはっきりいうけど、会社の中でも君のこと何を考えてるのか分からないし、すごく気を使うって、あまり評判はよくないみたいなんだがね。自分でもなじめていないのは自覚しているだろう?」

「ええ。あ…、親切にはさせてもらっていますが。ん、……あの。口下手なんですよね。すごく。だから

みんなの話の邪魔にはなりたくないし。あの、でも……・。」

「あーもういい!せめてもっと早く的確にしゃべれんかね?小学生と会話してるみたいだな。はっ!

君のその性格を否定するつもりはないけど、もっと回りになじめるように努力をしたらどうなんだ。仕事だけできればいんじゃないんだよ?君は確かに仕事はできるけど、周りに対する配慮や気配りがまったくできとらん。あと進んでもっと輪の中に入っていけるようにな?職場は明るいほうがいいだろう?」

そこまで聞き終わった頃には私のテンションは地下をどんどん下降していきマントルにあったので、声を発するのがやっとであったので。一言「わかりました」とだけ答えて、逃げるように会議室を出て行った。

息苦しい。過呼吸かもしれない。


最初は単純な企画書のミスについての指摘だったのだが、最終的には私の普段の振る舞いにまで

話が広がり、たいした受け答えができなかったこともあり、私の気分はとにかくどん底にあった。


デスクに戻るともう昼休みが始まっていた。

一斉に視線がこちらに向けられるのを感じたが、うつむいて気がつかないフリをした。

席に着くと、となりの北野先輩が好奇心でギラギラさせながら、さも楽しそうに聞いてきた

「ねぇ。田中さん。大変だったでしょ部長のヒステリー。ふふふ。」

「あーはい。でも僕のミスですから」と愛想笑いで返すと、北野先輩のおしゃべりは止まることなく延々とまた

話し出した。テレビリポーターさながである。

「あの部長は、職場の女の子に手を出して、今離婚裁判で泥沼なのよ。サイテーよね。相手の女の子知ってるけど別にふつーのまじめなコなの!びっくりしちゃった。でね。なんとその女の子が妊娠してるんじゃないかて由美が言ってんの!近所の産婦人科でみたんだって!んでね」

私は、途中で相槌するのもやめてしまった。まったく興味のない話題だったからだ。しかし彼女は

お構いなく、ぺちゃくちゃと話を止めない。一応私の方を見てはいるが私には話していないのだ。

周りを見渡してみたら、何人かの女子社員が笑いながら、彼女の話を伺いつつ、うんうんと相槌を打っている。


私は所在なさそうにデスクを後にすると食堂に向かった。最近は食欲がなくて。

というか学生時分からなのだが、少しいやなことがあると途端に何も口にできなくなる。

もともとの小食さも相まって、体がかなり華奢になってしまった。

女子社員には私より細いじゃない!とわけの分からない理由で怒られる。

私がこの社にやってきてもう3年になる。だがいまだに打ち解けられない。

これは今に始まった話ではない。高校のときも、中学、小学校にまで

さかのぼってみても私はそうだったのだ。

いつも本当にここに居ていいのだろうか、というような居心地の悪さ。

不釣合いな集団の中にいて浮いてしまっているのではないか。みたいな

強迫観念に苦しめられてきた。

だが一応友人はいる。と思う。思うというのは。

友人の定義がいまいちよく分からないからだ。たまに一緒に飲みにもいくし、

そこでは仕事の愚痴、女の話、当たり障りのないような会話に花咲かせて楽しむことが

できる。たまにお金に困っていたら、お互いに援助し合えるほど信頼し合っているし。

でも、決定的になにかが欠けているような気がするのだ。それが何なのか分からない。

だからいつも疑問系になってしまう。でも世間一般ではそれを友人というだろうし、彼も

そう思っているらしいので友人なのだろう。


その友人である宮田君が食堂の窓の近くの席に座って、手を上げているのがみえた。

私はサラダとざるそばの乗ったお盆を持って彼の隣の席に腰掛けた。

宮田君は残りわずかになったラーメンの汁を飲み干している所だった。私は

いまいち食欲を掻き立てないざるそばの麺を、もくもくと口に運ぶ。

「社長の奥さん、退院したらしいよ」

宮田君はタバコを吸いながら目も合わさずに言った。

「そうか。あ、何の病気だったけ。社長の奥さん……」

「病気じゃなくて、ぎっくり腰」

宮田君はつまらなさそうに返事をすると、ぼーっと前を向いてたばこを吸っている。

白くてやせてほほがこけている。彼は食べても太らない体質なんだそうだ。

歯が少し出ていて、見るも無残なというほどではないが、モテル風貌ではなかった。

よく見るとめがねの奥の瞳がキョロキョロ動き、周りの様子を観察していた。

視線はやがて新入女子社員のグループに止められた。宮田レーダーにヒットする女でもいたのだろうか。

若い女子社員がきゃっきゃとまだ学生のような感じで、ご飯を食べながらおしゃべりしている。


宮田君は私と同期だが、まじめで影の薄いはにかみやの気質が、なんとなく気が合うような気がして。

気がついたらお昼を一緒に食べるようになっていた。月に二、三回早く帰れた時は一緒に飲みに行ったりもする。

私は人と打ち解けるのが苦手で、自分から誘うことが非常に苦手なのだが。彼も同じらしく、本当は仲良くしたい人は別に居るのだろうが、声をかけるのが怖くて、気負いせず一緒にいられる私を飲みに誘うことが多いみたいだった。

ぼーっと前を向いてた顔を少し近づけて宮田君が言った。

「あの、佐々井てさ。結構嫌なやつじゃない?親が金持ってるのか知らんけど、よく分からない

外車の自慢話されてさ。夏樹支部長の送迎会あっただろ?あの時。後半ずっと女子社員のグループの席にいるし」

実際佐々井君は宮田君に話したわけじゃなくて、佐々井君中心に話をしてたグループの中にたまたま宮田君が居ただけなのだ。自慢話だとそう捕らえたのはお前だけだと思うけど。というか、要領を得ない話だな。

とにかく宮田君は佐々井君が嫌いなのだろう。

私は心の中でそんなことをぼんやり思っていたが、まったく顔にはださず、うんうんと曖昧に頷いた。

驚いたことにそれを同意ととったらしく、嬉々とした表情でさらにまくし立て始めた。

「だろ?結構裏で嫌いっていってるやつ多いよ」

この男は普段は無口で、仕事のプレゼンテーションもまともに出来ないくらいの口下手のくせに、

人の悪口、噂話になると、途端に饒舌になる。

「自信があるんだろうけど。なんていうか。見下す?みたいな目で俺らのこと見てるときあるだろ。年下のくせによ。仕事ができるんじゃないんだよ。あいつは。付け入るのがうまいの」

俺らとは私も含まれてしまったのだろうか。私は正直どうでもいい。飯も早めに食い終わったし、気になっていた

書類の仕上げを早くしたいと思っていた。だが宮田は空気を読むのがへただった。

おとなしい奴特有の顔色伺いみたいなのがない代わりに、自分と同等、もしくは下の人間の前では

自信過剰でやたら傲慢だった。だが、周りの評価はおとなしくて地味。存在感がない。と評価が分かれる。

内弁慶の典型だ。ただ上司の顔色を伺うのはうまかったのだが。


その日は宮田君に飲みに誘われたが、母親が来ているとうそをついて断った。

誘いを断ると目に見えて不機嫌そうにされた。だがあまりきにならない。

プロジェクトが一段落ついたということで今日は残業もなく、早く帰らせてもらえた。

何人かのグループで飲みにいくと盛り上がっていたが、宮田君はその中に含まれていなかった。

自分から入っていけばいいのに。別にどうってことない普通のことが彼には出来ないのだ。

彼に言わせると、つるむのが嫌い大勢になると疲れる。らしいが。

逆にたまに向こうから誘われると断ったことがない。

翌日は、うれしそうに私に延々その飲み会がいかに盛り上がったかという話しをする。


そんな宮田君が影で女子社員にきもねずみと呼ばれているのを聞いたことがある。


私はちょっとショックだった。ここの女子社員はわりと誰にでも態度が親切でやさしかったからだ。

話の輪に入れない私たちにも気を使って、色々話しを振ってくれたり……・。


しかし私はなんと呼ばれているのだろう?ちょっと笑みが漏れた。


自嘲の笑みだ。


職場を後にすると、どこへも寄り道せず一直線にマンションへと向かった。


ワンルームのフローリングの部屋は、几帳面を絵に描いたように整然と

何もかもがきれいに整列していた。けして広くない部屋なのだが。

やたら書籍やレコードがぎっしりと棚にならび、部屋の隅にはコンピュータと

オーディオ機器が陣取り、たくさんの配線も、きちんと束ねられていて、綺麗に収納されていた。

ものはけして少なくはなかったが、きれいにすきまなく収納されているので、部屋がとても

すっきりした印象になっていた。

私はすばやく着替えを済ませ風呂の支度を始める。そして、大量買いしてある健康食品のビスケット

を食べながら、昨日の残りのスープを温めた。

PCをつけサイトの更新や、新しいメールのチェックを片手間で行っていると、風呂が

いい具合に準備できる。スープをなべからそのままスプーンでかきこんで飲んだ。

急いでいるのではけしてないのだが、食事という生きていくに欠かせない行為

は私にとって一番無駄な時間だった。食べ物の味もたいして感じない。ただ口におしこんで飲むだけ。

私はTシャツとタオルをもって、風呂場へと向かった。

時計を見るとまだ7時10分。


すべてが終わると、すっきりとした気分になった。これからは俺の時間だ。

湯冷ましに冷蔵庫からペプシNEXTのペットをだし、そのままラッパ飲みした。


私はTシャツだけ着て下はトランクス一枚だった。

露出した足にはいくつもの蚯蚓腫れと青あざが刺青のように走っている。

私は高校時分から、自傷行為がやめられないでいた。医師の話によると

男では珍しいそうだ。攻撃性を外へ発散させることに対して無意識に抑圧をしていて、

それが精神の不調や強迫性不安障害につながって、自傷に現れている・・・・。

だからその抑圧を解き放つことが大事なんだそうだ。


そのあとも延々何かを言っていたが、父親に関係してるとか何とか。

だがなぜかよく覚えていない。


するなと言われているが、したからと言って罪人になるわけではない。

ただ入院はさせられるかもしれないが。それは仕事がやめられるので、少し楽しみですらあった。


今日はする日なのだ。誰がなんと言おうと。


私はよく切れることで有名な女性用剃刀を薬箱から五箱取り出した。

あとティッシュ。大き目の絆創膏。包帯。消毒液。あと新聞紙も必要だ。


腕は切らない。夏になるといやでも肌を出さなければいけないし。

第一、そのような分かりやすい所に傷を付けるメリットがない。

所詮自己顕示欲の強いアホな女がかすり傷程度に切って、みせびらかして

わめきたいがためにそのような場所に付けるのだろう。


私は血を見たかった。


ゴミ箱を用意する。その上にすねを乗せて、剃刀を当てた。

血が飛び散るので、周りには新聞紙が引いてある。

まずは力を入れずなぞる程度に剃刀をひく。だがそうしても新しい剃刀なので、ジワジワと

血がにじんで流れた。気分が一瞬にしてすーと開放されるのを感じた。


だがそれは一瞬。


ほんの一瞬。


血はポタポタと落ちるほどではない。

すぐに止まった。

血を刃に絡めつけて、もう一度。今度は強めに剃刀を引いた。

あっという間になぞった所から、血があふれて来る。

皮膚が薄くさけて、血が滲み出しポタポタとゴミ箱の中に落ちた。

そこで急に父親の顔が目に浮かんだ。たまらず、次々と

剃刀を切りつけるようにスナップして、切り刻んだ。

血がぼたぼたとゴミ箱にたまりだす。

すねの下辺りには凝固しだした血液がどろどろと固まっていた。

私はそれを剃刀でそぎとるとティッシュでふいてゴミ箱にいれた。

また新しい剃刀を取り出して、皮膚にあてて引いた。力を入れてないつもりだったが

角度が悪かったのか、思いのほか傷が開いて、ピンク色のてかてかと光ったものがみえた。

血は最初は出なかったが、しばらくするとじわじわあふれ出し、ポタポタといつまでも

止まることなく流れた。私は深く切れたのがうれしくて、ちょっとご機嫌になった。

だが、それも一瞬できえた。またムラムラと嫌なものがわきあがってくるのを感じて、

剃刀を当てて引く当てて引くを繰り返した。昼間の上司の顔も浮かんだが、なぜか

一番浮かんだのは、遠まわしに見ていた同僚の顔だった。


気がついたら10時だった。ゴミ箱には想像以上にドロドロしたものが溜まっていた。

一箇所深く切りすぎたようで、そこからの出血がまだ止まらずにいた。


私は足を適当に拭き、血が止まらない所には絆創膏を貼ったあと。包帯でぐるぐるまきにした。

そしてつかれきったみたいに、床に寝そべって。近くにあったタバコに火を付けた。

携帯がピロピロとなった。彼女からのメールだった。おやすみだのいうどうでもいいくだらないことで

メールする。こちらは彼女にした覚えはないのだが、周りのあと押しもあって、気がついたら

付き合っているということになってしまった。嫌ではなかったから。

面倒くさいことは多いが便利ではあったのだ。顔はまずまず体は上等。


もちろんそうは書かない。可愛い絵文字を添えて返信をした。


携帯をとったついでに私はあるところに電話をかけた。

「えと、どうも。今から一人用意できます?田中です。あーはい。

そうそう、出来ればこの前の娘がいいかな?うん。……。はい。

そうですね。もう準備できてるんでいつでもいいですよ。」


私は寝そべりながら、性器を右手でなでまわした。自傷をしたあとは無性に

性行為を欲する。一人ではだめだった。誰かに痛めつけられたいのだ。

それを想像するだけで、私の男性器は硬くなった。

我慢が出来ない。俺は俺を殺したかった。俺を殺すのは俺だ。誰が何を言おうと。

私はいきなりぴょーんと立ち上がると、片膝ついた姿勢をとった。

そしておもむろに剃刀を取り出し、力いっぱい腹に刃を当て思いっきり引く。

「えーーーい、切腹!!!!」

傷口がぱっくりと開き、激痛が走ったが、その割りには出血は少ないようだった。

腹を切ったのは初めてだ。意外と刃が深く入ったので恐ろしかった。

脂肪のない私の腹では、皮膚も薄いだろうから、そのまま内臓が出てきたらどうしよう。などと、

自分でしたことながら、滑稽にもあたふたと動揺してしまった。しぬのはこわいですぅ~おかあさーんってか!

だが、刃の短い剃刀ではそうそう深くは切れない。血は時間がたつとだらだらと流れ出したがやがて止まった。

大き目の絆創膏を貼り、腹を包帯でぐるぐる巻きにした。右足もグルグル巻き。

おなかもグルグル巻きで、重篤な患者みたいだ。頭もすればミイラ男の完成だ。

嬢がこれをみたらどう思うだろうか?だがありとあらゆる客を見てきているはずだから

大抵のことでは驚くまい。前聞いた話だが、脳性まひの40代の男性の客の相手をしたことがあるらしい。

これには嬢も戸惑ったみたいだったが、少々手助けしてやれば普通の男性と同じように出来たそうだ。


チャイムがなる。

私はドアを少しあけ、嬢を確認する。


「こんばんわ~、この前はどうも!」

顔を合わせるや否や甘ったるい声で挨拶をしてきた。

私は嬢を部屋の中に入れた。

「うん。指名したんだ。気に入ったから、君の事」

「あ~めちゃくちゃうれしいかも~。他にもかわいいこいるじゃん。ユカたくさんサービスしちゃうからね!」

彼女は見たところ25前後で、茶髪で顔グロ濃いアイメークのどこにでもいそうな、いわゆるギャル風の女だった。

正直、これだけ化粧をされてはかわいいのかかわいくないかの判断を付けがたい。

だが体がきゃしゃでほそくて胸もなく、私好みだった。あと身長。168はあると思う。それがタイプだった。


私はこういう気の強そうな今風のギャルに、ひどい言葉をかけられると

たまらなく興奮する。というたちの変態だった。


「えと。じゃータイマー押しますね。前もって聞いてあると思うけど、今日は延長は無理だから。

ごめんね。よろしくぅ」


私のこのおかしな風体はまったく眼中にないようだ。眉ひとつあげなかった。

まぁ色んなコスプレをするやつだっているしな。


それから私たちは40分間の遊戯にふけた。



私はどんよりと窓の外を眺めていた。0時過ぎた辺りから星は一段と光を瞬き始める。

だがこの都会では、見えるか見えないかくらいの光の星、2つくらい

確認するのがやっとだ。


ためいきをつくと私は眠りについた。

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