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ソード・アンチノミー  作者: Penドラゴン
【3章】剣狩り
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【1-3a】勇者にして聖女

「失礼します」


 亜麻色の髪の男子生徒が扉を押し開けた。


 壁一面の窓ガラスから暖かい日差しが差し込み、床一面の白い大理石を照らす。


 両脇の壁側には植物がビオトープに生けており、小魚やトンボなども飼われているようだ。


 この部屋の中央に置かれたデスクに『彼女』が待っていた。


 黒いウェーブがかかった長髪は床につきそうなほど長い。鼻梁まで垂れ下がった前髪の隙間からサファイアのように透き通った瞳が覗いている、妙齢の女性。


「Sクラスよりパーシヴァル、ただいま参りました。学院長」


「ようこそいらっしゃいました。楽にして結構です」


 男子生徒パーシヴァルを迎えるその声は、子を見守る母親のように優しく柔らかで、パーシヴァルの耳に馴染む。


「お父様……、国王陛下は壮健で?」


「はい。父上からはよろしく伝えるようにと。」


 パーシヴァルは、Sクラス所属の生徒にして、このダート王国の第一王子である。


 彼の亡き祖父は先代魔王を討伐した勇者の一人であり、トリックスターたちによる独立国家ダート王国の建国者としてこの世界に名を馳せている。

 

 パーシヴァルは現国王である彼の父に次いで、トリックスターの血を引く勇者の三代目としてこの世界で生を受けた。


 その勇者の孫が、今祖父の友と相見えている。


 魔王討伐より100年。妙齢の当時より変わっていないという端正な顔がニッコリとほほえむ。


「大変けっこうです。あなたやアーサーたちが集い、この平和と秩序が確固たるものになろうとしています。より一層励んでくださいね」


 はい、とパーシヴァルが返事をすると、少し考え込み、


「学院長。あの剣は一体何なのでしょうか? 霊晶剣を吸収するという……」


 今から3日前、グラウンドで行われた試合。いや、もはやあれは蹂躙だった。


 観客席の最後列でその様子をSクラスの仲間と観戦していたパーシヴァルが見たもの。


 黒い剣を握る少年。黒い焔に包まれ、狂ったような笑い声を上げ、Aクラスのローピナスを以ってしても歯が立たない。


 まるで魔族……、いや、悪魔の様相だった。


「あぁ、件の男の子の……。パーシヴァル、『勇士戦役』については歴史の授業で習いましたね?」


 学院長の問いかけに、はいと相槌をうつ。


 勇士戦役。先代魔王が率いる魔族軍とトリックスターたちによる戦争。


 トリックスターたちは軍を率いて魔族軍と戦い、最終的に筆頭の勇者たちが先代魔王を討伐することによって幕を降ろした。


「その魔王討伐の証として勇者たちが持ち帰った剣がその剣。名前はストームブリンガー」


「ですが、あの剣は王国が管理する剣の中にはなかったはず……。学院に入ることもなかった者がなぜ持っているのですか? あなたは知っているはずです。あなたは、勇者の一人なのだから。シャウトゥ様」


「……」


 学院長は静かに目を閉じて沈黙する。


 パーシヴァルは、いや、この王国で暮らす人々は知っている。目の前のこの女性こそ、勇士戦役より先代魔王を討ち取った筆頭の勇者の一人にして、この学園の創立者『聖女シャウトゥ』その人だと。


 やがてシャウトゥは口を開く。


「邪悪な魔族の魔王の剣。その力には容易く触れるべきではありません。そこで、私の管理が及ぶ洞窟に封印したのです。誰の目にも触れさせないために」


 パーシヴァルはどこか納得がいかない風で「ありがとうございます」と言う。その続けざまにシャウトゥは新しく語り種をまく。


「ところで、パーシヴァル。お父様から『剣狩り』のお話を聞いていませんか?」


「剣狩り? 霊晶剣を奪う盗賊ですよね? いえ、捕まったという話もまだ……」


「そうですか。……。ありがとう、もう下がってもらって結構ですよ」


「は、はい。失礼します」


 パーシヴァルはぎこちなく頭を下げて、部屋を後にする。


 学院長室のドアを閉めると、ため息を一つ。それは安堵か困惑か、パーシヴァル自身も分からなかった。


「お疲れ、パーシヴァル」


 突然声をかけられ、慌てて右を向くと、のパーシヴァルには短い銀髪の女子生徒が壁にもたれかかっていた。


「ギネヴィアか。なんでここに?」


「ギネヴィアか、ってヒドくない? なんでもない。様子を見に来ただけ」


「はは、どうせまた『事件のニオイ』とか言うんでしょ? 君もトラブル好きだもんね。誰に影響されたのさ?」


「べっつにー? ヒマだっただけ。それよりさ……」


 ギネヴィアは悪戯っぽい笑みを浮かべてパーシヴァルに迫るように顔を近づける。


「剣狩りってやつ? それこそほっとけないよね?」













「その筆頭勇者の一人、聖女シャウトゥが次なる勇者育成のために設立されたのがダート勇士学院というわけさ」


 これで今日の学院の設立に至る歴史の解説は閉められた。


 集落の会議に使うハウスで、この世界に来たばかりの子供たちに向けてオルフェが定期的に開く授業。迅とイリーナ、そして居眠りする鉄幹に向けて行われていた。


 解説が終わったところで迅がオルフェさん、と手を上げて発言する。


「勇士戦役って今から100年くらい前ですよね? その時の勇者がまだ生きてるってことは、その聖女は100歳以上ってことに……」


「ん? そうなるけど……。ああ、地球のトリックスターは70辺りが寿命だったね。別に不思議ではないさ。私の種族も200年くらいは生きているからね」


 それを聞いていた隣のイリーナも驚く。


「200年って……、フィクションだけの話じゃなかったんだ……。じゃあ、聖女も先生みたいなエルフってやつ?」


「いや、耳は尖ってないから違うだろう。学院長……、聖女が何者なのか本人の口からも語られたことはない。謎故に聖女と呼ばれるのかもしれないけどね」


 疑問に答えながら、机に突っ伏している鉄幹を指で突く。口の端からヨダレを垂らした鉄幹が半眼でのそのそと起き上がった。その顔を見たイリーナが笑い堪えている。


「謎と言えば、鉄幹くんが座学に限って必ず居眠りするのもなかなか不思議だよね」


「は……? なんの話……、ふあ~あ……」


 あくびする鉄幹にオルフェはやれやれと首を横にふる。


「今日はここまでにしよう。後は採取班の日程に沿って動くように。次の授業は明々後日の同じ時間にね。お疲れ様」


 迅とイリーナはありがとうございました、とお辞儀する傍ら、鉄幹は手をフラフラと振ってまた机に突っ伏してしまう。イリーナがそんな鉄幹の額にデコピンを食らわせると、さすがの鉄幹も意識をハッキリさせて起き上がる。


「痛ぇなっ!!」


「ったくもう……。サムライの子孫が情けないんだから。ブシドー精神を学び直してきなさいよ。えーっと……、テッカマキ?」


「鉄幹だ! いい加減覚えやがれ!」


 イリーナと鉄幹が騒ぎ立てる様子を迅は微笑ましく見守っていた。


 学院のグラウンドでの私闘から3日。


 迅が意識を取り戻したのは昨日だった。迅が眠っていた間、学院と集落の間で迅を巡っていざこざが引き起こされていた。


 学院は迅を収監、監視するべきと主張したが、王国が間に入り、最終的には迅の意思を尊重し、結果集落に身を置くことになった。


 戦いから離れた日常。それがこのようなイリーナと鉄幹の些細な喧嘩だったとしても、迅にとってはなんてことのない平和が心地よかった。


 しかし、




『照木くん』




 その声がない日常に虚しさも感じていた。













 昼食を済ませ、保存食用に果物の天日干しが終わって、採取班はフリーとなった。


 しかし鉄幹は病欠が出て人手が足りなくなった農耕班の穴埋めに引きずられて行った。


 迅は集落の出入り口へ向かい、柵越しに外界を眺める。


 王都の街こそ見えないが、雲さえ突き抜ける大樹はここからでも拝むことができる。


 迅はあの大樹の麓に召還された。


 では、あの人は……。


「ジン」


 いきなり呼びかけられて振り返るとイリーナが立っていた。


「気になってるの? 前言ってたヒカルって人のこと」


「……。まぁね……」


 するとイリーナは少し考えて、


「じゃあ、王都行ってみる?」


「え? 行けるんだったら行きたいけど……?」


「その代わり、ちょっとジンも手伝ってほしいことがあるんだけど……」

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