【1-2d】霊晶剣たちの騒乱
「ふーっ、終わった終わったー」
「うぅ……、空気がおいしい……」
アパートのようなBクラスの寮を出て、迅と鉄幹は引っ越しと掃除、特に掃除の達成感に浸っていた。
鉄幹の部屋に入るや否や、脱ぎっぱなしの衣類、ゴミ回収のタイミングを逃して置きっぱなしのゴミ袋、床に積み重ねた教科書の山とご対面することとなった。あとカビ臭かった。
この惨状にルームメイトは逃げ出して別の部屋で寝泊まりしているらしく、手伝うはずだったオルフェも迅たちが知らぬ間に姿を消していた。
寮の管理人にお願いして、無理にゴミを回収させたり、臭いに耐えて最低限の服だけ木箱に詰め込んだり、馬車を呼んで搬送をお願いしたりと忙しない2時間を過ごした。
「それでも2時間って早くね? いやぁ、助かったわ! 持つべきもんは相棒だな、迅!」
「もう相棒認定されてる……」
迅に一方的に肩を組み、朗らかに笑う鉄幹。その笑顔がひかるが自分に笑いかけたあの顔と重なる。楽しかったあの日々は取り戻せるのかと。
「そういえば鉄幹……。あの……」
聞きかけたときだった。
「やぁ、まだ残っていたのか」
鉄幹は肩組みを解く。二人の目の前に現れたのは、栗色の髪をマッシュルームカットに切りそろえたAクラスの男子生徒。
「あ、確か鉄幹と戦ってた……」
「ローピナス……」
「やれやれ……。お前たちにはお似合いの臭いだが、振りまくのは止めてくれないか」
ローピナスと呼ばれた男子生徒は、二人を蔑むように見やる。
「うっせーな! 引っ越したら洗濯するから、そこどけ!」
「汚物が喋るな……! ダーインスレイヴ!」
ローピナスは左腕のオレンジ色の光から剣を生み出した。サーベル型の剣で峰が痛々しく尖っている。
その剣先を鉄幹に向けると、鉄幹の足元からオレンジ色の光の紋章が展開される。その中から鎖が出現し、鉄幹の左足、右脚に巻き付いて拘束する。最後に両腕ごと腹部に巻きつけた。
「鉄幹!!」
「ぐおぉぉっ!! テメェ!! オレは何もしてねえだろうが!!」
「君はオマケなんだ。今用があるのは……」
拘束されながらもローピナスに噛み付くように怒りを向ける鉄幹を他所に、ローピナスは迅に指をつきつける。
「お前だよ。バケモノ!」
「……!!」
「はぁ!? 迅が!? どう見ても人間だろ!!」
「テッカン。彼は抜剣の儀に失敗したんだよ。魔族であるが故にな……!! 更に、先代魔王の剣に適合してるとも言うじゃないか? 君でも、疑わない方がおかしいと思うだろ?」
飄々と鉄幹に語りかけるローピナス。鉄幹は傍で俯く迅を見やる。
「おい、しっかりしろ……! 根拠のない出まかせに飲まれんなよ……!」
「……」
「否定しない、か…。決まりだね。お前は魔族。人類の敵だ……! とはいえ、ここで争うのは忍びない。グラウンドまで同行願おうか……?」
剣を横に払うと、鉄幹を縛る鎖の紋章が鉄幹とともに滑るようにローピナスの傍に移動する。迅はローピナスに向かって足を進めるが、鉄幹が首を捻って、
「来るな! お前は何も……ぐあぁぁぁああ!!」
「鉄幹!!」
鉄幹に巻き付く鎖が体を締め付ける。ローピナスが口の端を歪めて鉄幹を心配する迅に視線を送る。迅は握り拳を作り、意を決してローピナスの後をついて行った。
グラウンドの中央にローピナスと拘束された鉄幹。そして、それに相対する迅。
その様子をおそらく興味本位で来た生徒たちが観客席の前列に詰め込むように並んで見ている。ケープを見る限り、BからAクラスとばらつきがある。
「ねぇねぇ、これ何?」「実践だってさ」「あれってBクラスの?」「あの男の子が魔族?」「黒い剣印とかマジ?」
生徒たち一人ひとりの言葉のユニゾンが騒々しい歓声になる。
「バカヤロー……。来んなつったろーが……」
鉄幹が吐き捨てるように言うが迅にはまるで届いていないようだった。
ローピナスがダーインスレイヴを振りかざす。
「さて、これは曲がりなりにも実践訓練の体をとっている。君も剣を抜かなければ話にならない。さっさと抜きたまえ……!」
迅は俯くが、ローピナスがやってみせたように開いた左手に右手を添える。しかし、腕が光りもしない。袖をまくって剣印を見ても何の変化もない。
「なんだ? できないのか? だが、バケモノに遠慮するほど僕は甘くない!」
ローピナスが何もできずに立ち尽くしている迅に歩き寄り、剣を振りかぶる。
「魔族は……、消えろ!!」
「やめろ!!」
鉄幹の悲痛な叫びは届かず、ローピナスは剣を振り下ろす。
迅の眼鏡のレンズ、そして瞳に自分に振り下ろされる刃が映る。
その瞬間はまるでスローモーションのようだった。動きの一瞬一瞬が映し出されるように。止まって、動く。止まって、動く。
その光景は、まるで、昔見た……。
棒を振り下ろす黒い人影と重なる…。
「うああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああ!!」
「くぉっ……!!」
迅の叫びとともに一瞬の突風がローピナス、鉄幹、観戦してた生徒たちを通り過ぎて、ケープが揺れる。
「何?今の?」「なんか寒い風が……」「うわっ、吐くなよお前!」「どうしたの? 大丈夫?」「え? え? 震え止まんない……!」
観客が騒然とする。
ローピナスは一歩、ニ歩と後に下がる。顔を青くしながら。
迅は力が抜けたように、両膝から崩れ落ちて座り込む。糸が切れた人形のようにうなだれる。
そして、迅の左腕から、そして全身へ、黒い炎に包まれる。
炎の中、体の色が反転し、右手に漆黒の剣が現れた。
「……。……。……ヒッ……!!」
剣を杖にして立ち上がり、ぐりんと首を捻って空を仰ぎ見る。口が弧に歪み、
「ヒッヒッ……!! ヒハハハハハハハッ!! フッ……!! ヒハハハハハハハ!!」
狂ったように笑い叫ぶ。口から涎を流して、天高く、笑っている。
反転した双眸がローピナスに向けられた。
「はっ……、あ……あぁ……!」
青ざめた顔は迅の姿を捉え、さらに後ろへ後ろへ足を引きずる。
黒く燃える迅はユラユラと、不安定な足取りでローピナスへと向かっていく。
「う……、わっ……! 来るな……。バケモノぉぉぉおお!!」
ローピナスは剣を前にかざして、迅の足元に鉄幹のものと同じ紋章を出現させ、そこから出た鎖が両足に巻き付く。そして空中にも紋章を作って、剣を握った手首に巻き付く。
これには迅も動きを止めるしかなかった。
ただし、それは数秒だけ。
黒い炎が手首両足の鎖に侵食し、鎖はみるみる小さくなり、やがて霧散した。
「あ……。あぁあ……!」
ローピナスの手が震え、ダーインスレイヴを地面に落とした。さらに後退するとつまづき、尻もちをつく。
すると、鉄幹を縛っていた鎖が解け、鉄幹は縛られた痛みで地面にうずくまる。
一方、迅は歩みを止めず、ついにローピナスの間合いへ入った。口を開くと、粘った唾液が糸を引いている。
「ハハァ……!! ウゥ?」
迅が剣を振りかぶった。
「やめろ……!!」
足を動かせない鉄幹の叫びが届かず、迅はそのまま剣を、
「フラガラッハ!」
白い光線が迅の背中に向かって飛んでいく。迅は振り向きざまに剣を薙ぎ、光線を右へ弾き返す。弾かれた光線は塀に小さな焼き跡を残した。
迅の後ろにいたのは、
「Sクラスのアナスタシア!!」
レイピア型の剣フラガラッハを構えるアナスタシアだった。
「正体を表したようですね。やはり、魔族ですか……。では、遠慮はいりませんね?」
すると、迅はローピナスに、いや、落ちているダーインスレイヴに向いて、その刃に平らな剣先を突き立てた。
「? 一体なにを……?」
アナスタシアが怪訝な表情で様子を伺う。
黒い刃に突き立てられたダーインスレイヴはオレンジ色の光となって、ストームブリンガーに吸い込まれていった。
「な……!?」
「ぼ、僕の……、母上の形見が……!」
アナスタシアとローピナスが驚愕する。ローピナスは涙を流している。
迅はアナスタシアに向き直って無邪気な笑顔を向けた。アナスタシアは怯まず、キッと睨みつける。
「Sクラス、そしてフラガラッハの誇りにかけて、あなたを倒します!」
アナスタシアが迅に向かって駆けていく。
すると、迅はストームブリンガーを左手に戻した。そして、左手はオレンジ色に輝き、
「我ニ従エ……! ダーインスレイヴ!!」
「な!?」
迅が左手から引き抜いたのは、先程吸収したはずのローピナスの霊晶剣ダーインスレイヴそのものだった。
アナスタシアが驚きで失速した一瞬を迅は逃さず、剣を地面に突き立てた。
「はっ……! イヤァァァァアア!!」
アナスタシアの足元から無数の鎖が伸びて体中に巻き付いた。動きを止めたアナスタシアは抗うが鎖は軋むだけ。
「そんな……! 剣を吸収して……、自分のものに……!」
迅が無抵抗のアナスタシアに向かっていく。アナスタシアはなすすべもなく、目をギュッと閉じる。
その瞬間。
アナスタシアと迅の間に雷が鋭い音を立てて地面に突き刺さった。それに迅は足を止めざるを得なかった。
「なんだ……?」
鉄幹がグラウンドの端から端を見渡す。アナスタシアのさらに後ろに人影があった。
黒い髪。白いケープ。そして、右手に握るは豪奢な両刃の長剣。
「アーサー!!」
アナスタシアがそう言うと、客席の生徒たちから、おお! という期待の声が上がる。
アーサーが高く跳躍すると、アナスタシアを守るように迅の前に立ち塞がった。
「ウゥアァァ……!」
迅は鋭い睨みで悠然と立つアーサーの姿を捉え、ダーインスレイヴを構えてアーサーに立ち向かう。
頭を狙って斬り払った一閃は横にしたアーサーの剣が受け止め、剣を押し込めると迅は後に後退し、そのスキを狙って間合いを詰め、柄の頭で迅の腹部に一突き。
「ゲボァア……!!」
迅の口から唾液や嘔吐物が吹き出し、アーサーの制服にかかるが、それを払おうともせず、剣を掲げる。
「天の意の下に裁きよ、邪を穿て……。コールブランド!!」
「ギャアアァァァアアア!!」
空から一筋の雷が迅に落ち、断末魔が上がる。反転した白目をむいた迅から炎が消えて、迅の色がもとに戻る。そして、地面に伏した。
「迅っ!!」
立ち上がることができた鉄幹が迅に駆け寄り、その身を抱える。
「おい! 迅! 嘘だろ……! 死んでんじゃねー!! バカヤロー!!」
鉄幹の叫びにも応えない。まるで眠ったように。しかし、
「手加減はした。霊晶剣の加護は所有者が受ける魔法の威力を軽減する。あとは、そいつ次第だろう」
そう冷静に語るアーサーに鉄幹は睨みつける。
ダーインスレイヴの拘束から開放されたアナスタシアは迅と鉄幹に向かって歩を進め、剣先を突きつけた。
「彼を放しなさい。驚異になりえる者は秩序の下に……」
「こいつは怪物じゃねぇ!」
鉄幹がアナスタシアのセリフを遮る。
「いや、怪物だとしてもだ……! 丸腰の人間相手に剣向けるヤツよりはずっとマシだ!」
「……」
アナスタシアは無言で、しかし、迅に向けた刃は収めない。
「アナ。もういい」
「アーサー?」
アーサーの声にアナスタシアは振り向く。
「先生が来たら面倒だ。ローピナスが勝手に早とちりしたってことで、今回は手打ちにしよう」
アナスタシアは唖然としたローピナスに目を向け、フラガラッハを左手に仕舞うと、グラウンドを去るアーサーについて行った。
やがて騒ぎに気づいた教員たちによって、グラウンドに集まっていた生徒たちは学院へ戻って行った。
グラウンドの中央。色黒のエルフの教官が駆け寄り、元Bクラスの金髪の少年が倒れた少年をおぶってグラウンドを後にする。
その様子を一番上の観客席から見ていた者が一人。
白いケープとボブカットに切りそろえた髪が風に揺れた。
「……。照木くん……」
To be continued