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ソード・アンチノミー  作者: Penドラゴン
【8章】終わりの始まりへ
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【1-8b】倒すべき本当の敵

 そこは奥行き50メートルにも渡る大広間だった。


 壁に取り付けられたキャンドルのかすかな光でこの部屋の様子を覗えた。


 カーペットは剥がれ、虫食いのようにボロボロで、シャンデリアは床に落ち、蜘蛛の巣が張っており、カビのニオイがいちいち鼻にまとわりつく。


 その大広間の奥に彼はいた。


 赤髪、紺色のローブ、銀製で鋭い意匠のガントレットやブーツ。背中から露出した鱗や膜に覆われた翼。左目を塞ぐ傷。


 見違うはずもない。ケテルの闘技大会に突如として現れた『魔王』を名乗る者が、背もたれもない椅子に脚を組みながら座っていた。


 そして、その隣の壁には頭の上の両手を枷で拘束されている少女が一人、気を失ったように項垂れている。


「先輩……!」


 迅は一人彼女に向かって駆け寄ろうとしたが、


「ジンくん、危険だ!」


 オルフェが呼びかけると、迅の前にドスンと、体長2メートルほどの甲冑が降ってきた。いや、着地している。それは迅の前に立ちふさがり、日本刀のような剣を携えている。


 それに続き、その隣にも直剣を持った甲冑が着地する。


 2体の甲冑が迅の前に立ち塞がり、剣先を突きつける。


「我らは魔王様を守護する二強の剣なり」


「対面したければ、我らが剣受け止めてみよ」


「迅! 大丈夫か!?」


 鉄管を始め、仲間たちが迅を守るように前に駆けつけ、各々霊晶剣を抜いた。


「ジン、倒すまで下がってて」


 イリーナが言うも、迅は落ち着かない様子で、


「でも、先輩が……!」


「魔王がいるのよ? アナタになにするか分からない」


 迅は甲冑たちを隔てて向こう側のひかるを見据えながら口籠るが、拳を握って頷く。


「みんな、行くわよ!」


 仲間たちが2体の甲冑に向かっていく。甲冑たちは重い斬撃を振るうが、前衛に出たイリーナや鉄幹が歯を食いしばって防ぐ。その間に後衛にいるクロエやオルフェが魔法を展開した。


 迅はただ、その戦いを見ていることしかできなかった。


 甲冑たちはその頑丈な体で鉄幹たちの斬撃を受け止め、剣を掲げると一体は電気の球体を呼び出し、一体は鎧の傷を修復していく。


「あれは、霊晶剣!? バカな、魔族は霊晶剣を握れないはず……!」


 オルフェは驚愕した。勇士戦役で魔族が霊晶剣を拾い上げると、強風のような拒絶反応が起きたことは、学院の理事から聞いていたが、今の状況とは矛盾している。


 しかし、今は交戦中。余計なことは今考えず、


「いや、とにかく片方は回復魔法を使う! 回復する方から各個撃破を狙おう!」


 オルフェが作戦を提案すると、皆は頷き、鉄幹が回復魔法を使う甲冑へ向かって行く。もう一つの甲冑が鉄幹を阻止しようとするが、イリーナの攻撃に妨害される。


 それを傍観する魔王が迅に向かって、


「仲間に戦わせ、自分は何もできない。哀れだな、火種のトリックスター」


「……。なんだよ、火種って……」


「葉を焚べれば業火にもなる。だが今にも消えかねない。更には己でさえ力が制御ができない。どうだ? 今お前だけ無力だというのは?」


 迅は俯き、手のひらを見つめる。いつかオルフェが言っていた。「特別はまた孤独」のような言葉をこの時に、ひかるに手が届きそうな時に実感して、手に力が入らない。


「……。俺だけが……」


「迅! 飲まれんなバカヤロー!!」


 今も甲冑に向かっている鉄幹が呼びかける。その叫びに乗せて刀身に高熱を帯びた斬撃が、鉄の甲冑に溶解した傷跡をつけ、回復させる間も作らないように容赦なく斬りつける。


「戦えねぇことが、オレたちの普通なんだよ!!」


 納刀し、引き金を引いて抜刀ざまに灼熱を伴った一閃を見舞う。甲冑の剣を握っていた腕が裂かれて、床に落ちる。中が空洞の甲冑の一つはは膝をついて動かなくなった。


 刀を持ったもう一体の甲冑の上から振りかぶった斬撃をイリーナはアスカロンの横薙で弾き返し、相手は仰け反った。その隙を狙ってオルフェが魔法で竜巻を当てて浮かせ、落下してきたところをクロエが魔法で生み出した鉄の棘で腹部を串刺しにした。


「みんな……!」


 二体の甲冑を下した仲間たちに迅は駆け寄り、鉄幹が肩で息をしながら、笑顔を作ってサムズアップを見せつける。


 障害が下された魔王は立ち上がり、迅たちに向かって一歩ニ歩と近づいてくる。息を切らしながらも鉄幹たちは剣を向けるが、


「お前たちの力の程は分かった。それでいい」


 魔王は剣を抜くこともしなかった。代わりに口にした言葉に迅たちは訝しげに顔を歪めた。


「単刀直入に言おう。俺達と手を組め」


「魔族とかよ……」


 鉄幹が言うが、魔王はそのまま肯定せず嘲笑する。


「異形の者たちが受け入れられないのか?」


 鉄幹は霊晶剣を腕にしまい、魔王に駆け寄って胸ぐらをつかんだ。


「お前らが、クラウを……!」


 魔王は怒りで鋭くした鉄幹の双眸を静かに見つめ、片手で胸ぐらをつかむ手を解いた。


「ネイティブは保護するはずだった。だが、俺達が迎えの者を選び間違った。無礼を詫びよう」


 しかし、鉄幹は物凄い剣幕で再び魔王に掴みかかる。


「命だぞ!!? お前らが奪ったのは!! ごめんなさいで済ませる気かよ!!」


 怒り、そして恨みで顔を歪ませる鉄幹を魔王も再びただ静かに見る。


「俺は俺の責務を最後までやり通す。そのために、お前たちが必要だ」


「責務とは?」


 鉄幹の後ろのオルフェが問う。


「セフィロトを解放し、トリックスターを元の世界へ還す」


「は!?」


 魔王の言葉に鉄幹は胸ぐらをつかむ力を緩めた。魔王は肩を押して鉄幹を引き剥がす。そんな魔王にオルフェが続けて質問する。


「帰還は私の願いでもあるけど、その方法に心当たりはあるのかい?」


 すると、魔王はひかるに近づいて霊晶剣を取り出す。ひかるに刃を向ける。迅はそんな魔王に手を伸ばして駆け出す。


「やめろ!!」


 剣が突き刺したのは、ひかるを拘束していた枷だった。迅は一瞬足を止めるが、再び足を動かして、床に横たわったひかるに駆け寄り、その身を起こした。


「うっ……! うぅ……」


 ひかるが呻きながら、目を開ける。


「先輩……?」


「んぁ……、照木くん……? おはよぉ……」


 まるで寝ぼけているような、しかし、慣れ親しんだ姿に迅の目が潤う。


「よかった……。俺のこと分かるんですね……!?」


「は……? なに言ってんの……? う〜ん……、でも、なんか頭いたぁ〜……」


 異世界に迷い込んで、しかし行方知らずで半年もかけて探し続けた人が目の前にいる。それを知っている鉄幹やイリーナも、微笑んでその様子を見守った。


 その再会にも関わらず、魔王はひかるを見やって言う。


「この女をが持つ霊晶剣、布都御魂。これは精神に干渉する力を持つ。これで、セフィロトを操作する」


「そんなことができるの?」


 驚きながら尋ねるイリーナに見向きこそしないが、魔王は続けた。


「だからこそ、『さる者』はこの女の精神を操作し、自分の支配下に置いた。トリックスターの帰還を妨げるためにな。そしてセフィロトも『さる者』の管理から解放しなければ、布都御魂があっても帰還ができない」


「先輩を支配下に……? それに『さる者』って……」


 迅はひかるの身を起こしながら魔王に尋ねた。


「言葉どおりだ。奴はその女を操っていた。奴の得意な技だ。そして『さる者』こそ、俺たちトリックスターの討つべき敵」


「だれなの……?」


 クロエが聞く。真に倒すべき敵の名前を。魔王がその名を口にしようとする。


 そのときだった。




『呼んだかしら?』




 柔らかいような、しかし耳にまとわりつくのうな女声が響いてきた。大広間の扉が壊しかねない勢いで開けられると、


「ソードハンター!!」


 満身創痍のソードハンターが部屋に転がってきた。


 それに続いて入ってきたのは、床につくほどの黒髪、前に流した髪の間から見える宝石のような青い瞳の女性。


「この人って……、学院の……」


「学院長……?」


 ひかるは勿論、驚くイリーナはその姿を見たことがあった。闘技大会の開会式で挨拶をしていた。


「ごきげんよう、皆さん。仲睦まじくしているところ、失礼しますね」


 シャウトゥは丁寧にお辞儀をするが、ここにいる誰もが歓迎する様子はない。それどころか、魔王は霊晶剣を引き抜いていた。


「お前から来るとはな、シャウトゥ。よほど焦っているのだろうな」


「焦る……? よく分かりませんね。ところでそちら、顔色が優れない方がいるようですが……?」


「はぁ……! はぁ……!」


 シャウトゥが見つめるのはひかるの横の迅。その顔は血が引いたように真っ青で、胸を押えて、息を荒くしている。ひかるや鉄幹が心配そうに歩み寄る。


「照木くん? どうしたの? 大丈夫!?」


「迅……? お前また……!?」


「はぁ……、はっ……、おっ、お前はっ……!」


 迅は上目でシャウトゥを睨む。こみ上げそうな吐き気に耐えながら。


 忘れようとしてきたヴィジョンが蘇る。


 棒のようなものを自分目がけて振り下ろす。


 黒く塗りつぶされたその姿が、鮮明になっていく。


 シャウトゥはため息をついて、




「『お前』ですか……。あれだけ散々、礼儀を教えてあげたのに。そうやってまだ、生みの親を蔑ろにするのね。迅」




「……。は……?」


 ひかるが素っ頓狂な声を上げる。聖女シャウトゥが、勇士戦役の英雄が迅を指して「生みの親」そう言ったのだ。


 シャウトゥはクスクスと笑う。


「皆さん、改めまして。私は聖女シャウトゥ。日本にいたときは確か……、『照木麗奈』。そう名乗っていたかしら? 息子がお世話になっています」

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