【1-6c】鉄幹とクラウ
「あら? その人……」
帰ってきた少年たちを迎えたイリーナが訝しげな顔をしている。
迅と鉄幹、その間に目がザクロ色一色の女が髪を指に巻きつけたりして弄っている。少年二人は言葉に詰まり、「えーっと……」やら「なんて言うか……」と言葉を濁す。
女はため息をついて、イリーナに
「ウチは『クラウ』。なんか成り行きで連れてこられたの。別にいいって言ってんのに」
クラウと名乗る女が言うには、あの寂れた部屋は娼婦として勤める女たちへ手配される下宿だったのだが、昨日付でクビになったクラウは出ていかなければならず、宿に困っていたところを鉄幹たちの勧めで半ば強引に連れてこられたらしい。
「まぁ、しばらくはお客さんってことで、上がってください」
イリーナに歓迎されたクラウは、何も言うことなく集落の敷地に入っていった。そして、イリーナの左腕にある青い剣印を見つめていた。
「……」
クラウは集落に歓迎され、医療班としてここに留まることになった。クラウのどの世界のトリックスターとも分からない様相に集落の人間からは奇異の目で見られていたが、本人はものともしなかった。
クラウが来て2日後。ハウスの外で壁にもたれかかり、ボーッと景色を見ていたクラウの元にカゴを持った鉄幹が駆け寄ってきた。
「よっ」
「……」
右手を上げて挨拶する鉄幹を一瞥すると、また景色に視線を戻した。やれやれと鉄幹は頭をかき、カゴの中を探って水筒を差し出した。
「差し入れだ。なんとかベリーっつー木の実のジュースらしいぜ」
クラウは何も言わず、水筒を受け取って一飲みすると、
「……。セレストベリー?」
「あー、そうそう。そんな感じのやつ。お前よく知ってんな」
鉄幹もクラウの横で壁にもたれかかる。しかし、それから沈黙が少し流れ、クラウが口を開く。
「アンタ、ウチが気になるの?」
「あ?」
「異種姦は嫌って言っておきながら、実は興味があるんじゃないの?」
こうして性的な話題をふると、決まって鉄幹たちはうろたえる。鉄幹は恥ずかしそうに指の爪で顔をポリポリとかく。
「いやぁ……、そういうのは確かに興味はあるがな、単純にほっとけねぇだけだ」
「はいはい。理解者ぶってあわよくばって魂胆ごちそうさま。……。ねぇ……」
クラウは鉄幹の腕に密着するくらい近づき、耳元で囁く。
「シたいんでしょ……? もう正直になっちゃいなよ……」
ふーっと耳に息を吹きかけると、鉄幹の体がビクッと跳ねる。
「いぃ!?」
「ほら、耳は喜んでるよ……? かわいいね……」
しなやかな指で頬をなぞっていく。
「や、めろ……」
「……。人のいないとこ、行こっか……?」
「やめろって……!」
鉄幹はクラウの腕を掴み、引き剥がす。クラウの目は見れず、無言で俯いていた。やがてそのまま口を開く。
「……。オレ、この世界に来る前、高校退学になったんだ」
「……?」
クラウは顔にはてなを浮かべる。
「妹がピアノやっててさ、コンクールで優勝するようなやつだ。けど、教師が妹の才能を妬んで指を潰しやがったんだ……! でも、やった証拠がないとかほざきやがった。大人たちにはクリーンなイメージで通ってたから、誰に話しても取り合わねぇ。それで……妹が……! 秋子が……!」
鉄幹の声が震えてきた。鼻水をすする音も聞こえる。そのまま続けた。
「自殺未遂だ……。首吊ろうとしたけど、ギリギリで止めて……。でも……、分かんねえけど目を覚まさなくて……。だから……。……!!」
クラウが鉄幹の身を寄せて抱きしめた。
「それで……?」
クラウは優しく、話の続きを聞く。
「ソイツを……、殴ったから……。学校を……」
声を絞り出したが、喉に何かが支えてここまでだった。
「そっかそっか。言ってること半分は分かんなかったけど。じゃあ、ウチら似たもの同士だ。嫌んなるよねぇ、世の中って。からかったりしてごめんね」
鉄幹は泣き声を上げまいと口を大きくパクパクさせる。そんな鉄幹をやさしく抱きしめるクラウだったが、
「あの〜……、お邪魔ですか?」
「な!? お前ら!!」
右腕を押さえたイリーナと寄り添うクロエ、迅がこちらを見ていた。クラウは鉄幹を突き飛ばして、イリーナに駆け寄った。
「どうかした?」
「枝で腕切っちゃって……。というか、あの……」
「ん? 気にしないで。ハナタレボウヤをちょっと慰めてただけだから」
突き飛ばした鉄幹に迅が駆け寄った。
「鉄幹、大丈夫? ていうか、泣いてない?」
「うっせー……。こりゃ汗だ……」
鉄幹は袖で頬に伝った涙を拭い、ハウスで治療を受けるイリーナたちに伴って中に入った。
ハウスに上がり、クラウが手慣れた手付きでイリーナの腕の傷を消毒して、包帯で巻いて止血する。
「これでいい?」
「はい、ありがとうございます」
「イリーナ、ほんとにだいじょぶ?」
「大丈夫よ、クロエ」
心配そうにするクロエの髪をイリーナは撫でてあげた。クラウは立ち上がって外へ出ようとする。
「じゃあ、お大事に……」
「あの、ちょっと待って」
迅が呼び止める。
「なに?」
迅は少し躊躇したが、横からイリーナが入ってきて、
「ソードハンターって聞いたことあります?」
「……。ああ、アイツね……。知ってるんだ」
迅とイリーナは頷く。クラウは中に戻り、玄関と居間の間の段差に腰をかけた。
「ウチらがなんなのか気になってるって感じ? ウチらは『ネイティブ』。この世界の原住民だよ」
「な……、アンタらが……?」
驚愕する鉄幹に向いて、
「もう、知らないのも無理ないよね。ウチらの数も随分と減っちゃったからね」
「減っちゃったって、なにかあったんですか?」
イリーナが聞くが、クラウは俯いて押し黙る。鉄幹がイリーナの肩を掴み、首を横に振る。
「クロエがいんだぞ。クラウも無理に話すことじゃ……」
「ううん、わたしはだいじょぶ。イリーナにも必要な話なら、ガマンする」
クロエは自分のドレスの裾を握り、皆に頷く。
「ウチも別に。もう昔の話だからね。……。大量虐殺。ウチの種族は『侵略者』に殺された、らしいよ」
「っ!!」
「……。でも、らしいとは……?」
クロエは目を強く瞑り、迅は嫌な話に顔を歪ませながらクラウに聞く。
「昔はウチもか弱いちびっ子だったからさ。家族に匿われてたから、ホントのことは分からないよ」
ハウスの空気が止まったかのように沈黙した。ここにいる誰一人、それ以上先を追及できるほど無神経ではなかった。やがて、クラウが口を開く。
「ウチも聞いていい? 腕の印、霊晶剣持ってんの?」
クラウに聞かれ、イリーナは怪我をしていない左腕の剣印を見て、はいと肯定した。
「アンタら、それがなんなのか知ってる? どんな材料でできてるとかさ」
イリーナたちは顔を見合わせるが、誰も知らないらしく、首を横に振る。クラウはため息をついて、
「別になんでもいいけどさ、ウチはあんまり好かないね。物騒なもんはさ……。そんだけ」
そう言うとクラウは外へ出ていったが、鉄幹はクラウの横顔が儚げだったのを一人見てしまった。
2日後。昼過ぎに迅、イリーナ、鉄幹、クロエ、それからクラウも伴って王都に降り立った。
「なんでウチまで……」
とクラウがぼやく。クラウ含む5人の手に数十枚の紙の束が握られていた。
「そう言うなって。相棒の恋人、一刻も早く探してやんねーと」
と鉄幹。
「だから、まだ恋人じゃないって……」
「まだ……?」
「クロエ……!」
クロエに言葉尻をとらえられ、迅は照れ隠しに注意するが、ニヤニヤしながらイリーナの影に隠れる。
イリーナが紙に描いてある似顔絵を見て、
「これ、ジンが描いたの? けっこう上手いわよね」
似顔絵は漫画のようなデザインだが、ボブカットや目の形などひかるの特徴に似せてあり、これはひかるだと言われると誰も納得してしまうような出来だった。もちろん、印刷はできないので、ほとんど迅の手描きだが、
「見て見て、イリーナ! これ……!」
クロエが差し出した似顔絵は自分が持っているものとは似ても似つかない。目は左右位置がバラバラで団子鼻、唇は鱈子のように太い。イリーナは思わず吹き出して、
「ナニコレ……! ピカソに描いてもらったの……!? にしても手抜きなんですけど……! あはは……!」
「オメェ、ピカソ引き合いに出すんじゃねー! 失礼だろうが!」
「ああ、コレやっぱりテッカマキの?」
「鉄幹だ! やっぱりって舐めてんのか!」
そんな茶番に迅とクラウは頭を抱え、
「はいはい。とっとと済ませましょ。こんな恥ずかしいビラ、一秒でも早く手放したいから」
クラウはそう言い捨てて、メインストリートの先へ歩いて行った。
この人だかりでも、ビラを受け取る者は少なかった。2時間でやっと数枚受けっとてくれるくらいだった。
クラウも最初こそ礼儀正しそうに配っていたが、流石にだれてきたらしい。公共のゴミ箱に放り投げて、洋服屋のひさしの下で休憩していた。すると、茶色い薄汚れたフード付きのローブを着た者がクラウに近づいて来た。フードの中は暗く、伺い知れない。
「……。なに?」
「よぉ、お迎えだ。さっさと来ねぇと、分かるよな……?」
「……」
フードの中から鋭い眼光がこちらを覗き、ローブの裾から鋭い爪をチラつかせた。クラウは無言でキッと睨みつけ、そのままローブの何者かについて行った。
それを知らない鉄幹は、ビラ配りの進捗を尋ねにクラウの姿を探すが、
「アイツ、どこに……?」
すると、洋服屋のひさしの下に筒が落ちていた。数日前に差し入れた水筒と同じものだった。
「これ、オレがあげたやつ……。クラウ……? クラウ!」




