【1-6b】色町の堕天使
ひかるの捜索は難航した。
道行く学院の生徒を探すにも、ただでさえ王都は人が多く、人の顔を舐めるように見ていたのが挙動不審に映ったのか、巡回の騎士に捕まって注意を受け、学院を訪ねようにも、警備の騎士から関係以外は立入禁止と門前払いを食らった。
そうこうしている内に日は傾いて、現在午後5時となる。
イリーナには読心のブローチのテレパシーで「鉄幹の友達と会ったので泊りがけで遊びに行く」と事情を話した。了承はもらったが、「ふーん……、どうぞごゆっくり」となぜか訝しげな声だった。
酒屋ディートリッヒに行く路地の前。カラフルな照明が建物に反射する路地を前にした迅は手を見ると、手が小刻みに震えていた。
「てっ、てて鉄幹……」
「おぉお、おいぃ。なぁに、びびびビビってんだよ、迅……」
鉄幹も、指を交互に組んだり、手をパキパキと鳴らしたり忙しない様子だった。顔に汗も滲んでいる。
「でもでもでも……、鉄幹……」
すると鉄幹は強く、怖じ気ついた迅の両肩を両手で掴んだ。
「落ち着けぇ! いいか店には入らねぇ! だからオレたちの体が汚れることはねぇ! そもそも金がねぇんだ! この道をさぞ帰り道みたいに通り過ぎるだけだ! だから……、落ち着けぇぇええ!!」
肩に爪がめり込むくらい強く掴まれ、血眼で力説する。そんな鉄幹に迅は何度も何度も頭を縦に振った。
深呼吸をし、平静に戻った二人は狭い路地へ足を踏み入れる。
色町。そこには大人たちが行き交っていた。
桃色や紫色のキャンドルで店看板や恐らく店の女性の似顔絵が描かれた板を照らし、その店の前には男の客を呼び込み、または帰りを見送る艶姿の女性たちが立っている。
そんな町の姿を迅と鉄幹は真っ直ぐ前を向いて歩きながらも横目で右往左往を物色する。平静を装っているつもりだが、表情は固く、歩き方もおぼつかない。
「迅、どーだ……? これが色町……。異世界の大人のテーマパーク……!」
横に並んで歩く鉄幹が緊張で震えた声で尋ねる。
「どーって……」
迅は俯きながらも横目で店や女性をチラホラと見やる。
乳房が隠れるくらいのギリギリを攻めた露出度の高いワンピースや下着に近い格好で表に出ている女性たち。その種族も千差万別で、オルフェのようなエルフ耳をしていたり、翼が腕に代わって生えていたり、頭から角が生えている者もいた。
「なんか……、なんか……、すごい、刺激が強い動物園かな……?」
「どーぶつえん……。そうか! 動物園って思えやいーんだ……!」
「でも鉄幹……、やっぱり地球人いる……」
「あれは飼育員だ……! 動物と仲良くするために同じカッコしてるだけだ……!」
「あの……、やっぱり無理しない方が……」
「アラァ〜? たくましいサクランボたちはっけ〜ん!」
二人の背後から野太い男声が聞こえた。とっさに振り返ってしまうと、犬のような体毛に覆われたたくましい獣人と筋肉質の地球人が体をクネクネさせていた。
「ふがっ!!??」
「ぴえっ!!!!」
肌にさぶいぼが立ち、生まれたての子鹿のように震える迅と鉄幹。
「ヤダァ〜、初々しくてカワイイ〜!」
「ねぇねぇ! ウチの店でぇ〜、ハゲシイことしない……?」
筋肉質な男たちに迫られ、二人はたじろぐ。
「な、なに……? なにハゲシイことって!?」
「聞くな迅!! てか逃げろ!! 命が欲しかったら逃げろぉぉおお!!!!」
脱兎の如く、鉄幹は全力で、それは全力で逃げ出した。
「ま、まって!! 見捨てないでぇぇええ!!!!」
迅は一度転びそうになりながら、鉄幹を後を追っていく。
「待ちなさーい! 今日は寝かさないんだからぁぁぁああ!!」
筋肉質の二人はドシドシと鈍い音を立てながら少年たちを追跡した。
「ぜぇ……、ぜぇ……、ぜぇ……。撒いた、か……?」
「あ、あれが……噂に聞く性別その他の……」
石造りの家屋と家屋の間の暗い路地裏で二人は息をつく。壁に背を預けて体を休ませた。
「……。鉄幹……、もう帰らない……? その……、そういう目の保養はさ……、そういう本買うとか……」
「いや……、この世界にエロ本ねぇんだわ。カメラも印刷も出回ってねぇ……。チキショー……、オレは何を支えに生きていけば……」
鉄幹は力なく壁からズリ落ち、石畳に尻をついた。その時だった。
「テメェ、何度言えや気が済むんだ!? アア!?」
路地裏の奥の曲がり角から男の罵声が聞こえてきた。
鉄幹は訝しげな顔で重い腰を上げ、角からこっそり覗き見る。迅も恐る恐る、鉄幹に続いた。
黒いスーツを着た細身で目つきが悪い狼の顔をした男が、石畳に横座りで投げ出された女に向けて罵詈雑言を浴びせている。狼の男は長い髪を掴み、横髪で隠れてこちらから見えない顔を鼻と口が突き出た狼顔に近づけた。
「ぐっ……!」
「あの客、丁度いいカモだったのによぉ!! テメェが酒ぶっかけたせいで信用がパーだろうが!!」
髪を引っ張られ、女は床に投げ出されて伏した。その女に狼顔は痰を吐き捨てる。その光景に鉄幹も迅も動けずに見ているしかできなかった。
「クビだクビ。どこから来たか知らねーが、そのツラ前から気味悪かったんだよ。クビで済むだけありがたく思えよ」
と吐き捨てると、狼顔は近くの扉に消えていった。
鉄幹は周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、石畳に伏した女に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ」
鉄幹が呼びかけると、女は体を起こして前髪を隠した長髪を横に流した。
「なっ!? お前、その顔……」
迅も駆けつけて、その風貌に目を奪われる。
肌はピンク色で双眸は眼球全体がガーネットのようなザクロ色だった。迅は既視感を覚えて、
「ソードハンターと同じ……」
女は迅と鉄幹の顔を見ると、
「……。なに……?」
不機嫌そうな口調だった。ドレスワンピースから露出した腕をパンパンと払い、立ち上がるが右足のバランスを崩して床に崩れ落ちそうなところを鉄幹がとっさに支えた。
「なに無理してんだよ!? 肩貸してやる。家どこだ?」
「は……? ガキンチョがなにカッコつけてんの? 余計なお世話……」
「オレのことはいいだろ。アンタの家に送るだけだ」
鉄幹が女の腕を首に回して担ぐ。女は道具屋の隣とだけ言って、鉄幹に支えられて行く。迅は周りを見渡して鉄幹の後に続いた。
メインストリートから外れた道具屋の隣の賃貸住居。その2階が女の部屋だった。蜘蛛の巣が所々張られて埃っぽく、証明はキャンドル一つだけ。
部屋にたどり着くなり、女は鉄幹から離れて、おぼつかない足取りでベッドに倒れ込んだ。
「はい、ありがと。もう帰れば?」
感謝のカケラも伝わらないふうに言うと、
「ケガ、そのまんまか?」
鉄幹が聞くが、女は横たわったまま返事をしない。部屋を見渡してみるが、医療用の道具が見当たらなかったので迅に、
「迅。道具屋から薬とか買って来てくれ」
「わかった」
迅は即了承して、部屋を駆け足で出ていった。
「……。ウチに恩でも売るつもり? カラダ目当て?」
女が倒れたまま聞く。
「ちげーよ。まぁ、一日寝床貸してくれたらありがてぇんだけど……」
「そう言って恩を売ったら、抱いてくれるとか思ってんの? 童貞の常套手段よね」
「どっ……! ちげーし……!」
女の言葉に動揺する鉄幹。女は上半身だけ起こして、
「ま、別にいいけどね……。どうする? ウチが上になる?」
「はぁ!?」
悪戯っぽい笑みでそう言うと、鉄幹はたじろぎ、女はクスクスと笑う。ハーッと息を吐くと再びベッドに倒れ込み、
「うそうそ。今日疲れたから、また今度ね。治療したいなら好きにすれば?」
「お、オレはイシュカンの趣味はねぇ!」
しばらくして迅が戻ってきたが、なぜか顔を引きつらせている鉄幹に戸惑ったらしい。薬をドレスワンピースから出た手足にだけ塗る。
「カラダもやってくれるの?」
そう言ってからかう女の言葉に、二人の少年は狼狽する。




