【1-4c】ママとしてあなたを
吹き飛ばされ、銅剣とともに地面に叩きつけられたママにクロエは駆け寄った。
服の腹部から血がにじみ、口からも血を吐き出している。
クロエは涙と鼻水を垂らして、満身創痍のママに呼びかける。
「ママっ!! ママ!! ママ!! ママァァ!!」
泣き叫ぶクロエにママは傷だらけの手を震わせながら、頬にその手を添える。
「……。ママ……、しっかくだね……。ごめんね……、きりお……。クロエ……」
そう言うと、頬に触れた手は力が抜けたように地に落ちて、ママは動かなくなった。
クロエが体を揺さぶっても、ママは笑わない。頭を撫でない。「クロエ」とも呼んでくれなかった。
「ママァァァァァアアアアア!!」
森に木霊するその叫びに、ママの側に転がっていた剣がオレンジ色に輝いた。
「!? 今の声……!」
迅の耳に高い叫び声が聞こえてきた。側にいたイリーナもとっさに振り返る。
「女の子? 近くにいるの?」
「あ? 聞こえたか、なんか?」
鉄幹が二人に振り返るが、ワケがわからない風。
「どの方向へかしら?」
迅は目を閉じて聴覚に集中すると、右耳の方向を指差した。
「多分あっち!」
「行きましょう!」
イリーナは迅と顔を合わせ、迅が指差した方向へ走っていく。
「鉄幹も!」
「おい! なんだよ!? なにがあるって!?」
先に走る迅に促され、鉄幹も流れで同じ方向へ駆けていった。
「あれだ!」
獣道を進んでいくと、女の子の前に一つ目の巨体の魔族が迫っていた。
女の子は銅の剣を抱えながら、崩れた顔で魔族を見ている。
イリーナが先陣を切って左手に右手を添える。
「来て! アスカロン!」
左腕の青い光が大剣になり、イリーナの両手に握られる。そのまま巨体の魔族へ駆けて横へなぎ払って巨体の脚に傷をつけた。
「大丈夫か?」
迅と鉄幹は女の子の側に寄る。女の子は困惑した顔で迅と鉄幹の顔をいったりきたり。
鉄幹はとっさに女の子の傍で倒れている人型を見つけると、それは血まみれで動かなくなっていた。
「うわっ、こりゃ……」
「え? うっ……!?」
鉄幹の声で遺体を見た迅は顔を青くして、その場にしゃがみ込む。鉄幹は心配して迅の前にしゃがみ込むが、
「フゥゥゥウウウウ……!」
「おい迅? またこのパターンかよ!」
迅の体に黒い焔がまとわりついて、体の色が反転する。
起き上がってキョロキョロすると、最初は鉄幹に向くが、
「おい! あっちだあっち! あっちのバケモノ!」
鉄幹が巨体の方へ指差すと、迅はぐりんとそちらに首を回す。ニヤリと口を歪めて巨体とイリーナの方へ走り出した。その勢いで、ブレザーの内ポケットから瓶を落とした。
「フシャァァアアアア!!」
現れたストームブリンガーを振り上げて斬りかかった。
イリーナに向けて。
「ちょっと迅……!!」
イリーナは剣を横にして剣撃を防ぐ。すぐに後退して距離をとるが、迅はイリーナを睨んでいる。
「タマシィ……! ヒヒッ! ヨコセェェ!!」
「剣を狙って……! こうなったら……!」
イリーナは巨体の魔族の方へ駆けていく。
迅は剣を左腕にしまい、今度は赤い光から剣を引き抜いた。
「我ニ従エ! デュランダル!!」
「あれってソードハンターから奪った……!?」
燃えるように赤く光る両刃の直剣をチラつかせ、イリーナを追う。
イリーナは巨体の目の前で止まるが、大きく開いた股の下をスライディングして通り抜けた。
「邪魔ヲスルナァァァァアアア!!」
デュランダルを掲げると刀身に炎が纏い、振り下ろす。縦に空を斬った剣撃は大きな炎の波となって巨体を飲み込んだ。
炎の波が収まると、巨体は黒焦げ、砂のような塵となって霧散する。
向こう側にいたイリーナは体の周りに青い膜を張っていて、剣を下ろすと弾けて消えた。
巨体が消えてもなお、迅はイリーナを狙うように歪んだ笑みを向ける。
「迅の馬鹿! こんな時に……!」
イリーナは横目で鉄幹と女の子の姿を確認すると、その側に転がっている瓶を見つけた。
「テッカン! そのビン貸して!」
女の子を庇うように背を向けていた鉄幹は、地面の瓶を拾ってイリーナに投げると、イリーナはアスカロンを地面に刺して左手でキャッチする。
続けざまにイリーナの頭めがけて斬りかかるが、しゃがんでかわした。アスカロンを抜いて防御に徹する。
「待ってろ、イリーナ!」
鉄幹は女の子を残して迅の方へ駆けていくが、迅は鉄幹の方へ斬り薙いで扇状の炎の波を飛ばす。波が消えた寸のところで鉄幹は止まり、かばった腕の袖が焼き裂かれた。
すると迅は、女の子の方へ向き、口をニヤつかせる。
「まさか……、そんな……! 迅!!」
イリーナの呼びかけに応えず、迅は女の子の方へ走る。
女の子は剣を抱えて縮こまる。すると、剣がオレンジ色に輝き、
「ママッ!! =_!.[.%')|!!」
迅が踏み込んだ足下が隆起してバランスを崩した。隆起した地面はそのまま空めがけて突き上がって、迅を突き飛ばした。
「グゥウウッ!!」
「あの剣、霊晶剣か!?」
鉄幹が吹き飛んだ迅に駆け寄って羽交い締めにする。
「イリーナ!」
呼ばれたイリーナはアスカロンを腕に収めて迅に駆け寄り、瓶の栓を開けて迅の口に、中の赤い液体を流し込む。
「……ンンッ! ブァハァッ!!」
足掻いていた迅の体から力が抜け、黒い焔は消えた。迅は白目をむいて気絶している。
イリーナと鉄幹は安堵のため息をつき、イリーナが女の子の側に歩み寄る。
しゃがみこんで女の子に語りかけた。
「大丈夫? あなたの名前は?」
「……」
女の子は少々怯えて首を横に振る。
迅をおぶり、フラフラと歩んで来る鉄幹が、
「イリーナ、オレのブローチ使え。話せねぇんだろ」
鉄幹が目線で左胸のブローチを指し、イリーナが取り外すと、鉄幹の適当な言葉が分からなくなった。
イリーナはブローチを取り付けようと女の子に近づくが、女の子はイリーナと距離をとって、近くの遺体に寄り添った。歯を見せて威嚇している。
「困ったわね……。ブローチってつけなくても近くにあれば話せるかしら?」
と、イリーナは女の子の足元にブローチを投げる。すると、女の子が頭を押さえて唸りだした。
「ねぇ、あなた?」
「!? だれ……?」
震えこそしているが、イリーナに言葉が聞き取れて安堵する。
「よかった……。悲鳴が聞こえたから助けに来たの」
「! あの、ママを……、ママを助けてください……!」
「その人、あなたのお母さんなの?」
女の子は首を横に振って、
「お母さんじゃない。でも、ママなの……!」
イリーナは横たわった体に歩み寄り、て首を掴む。
「……。脈が……。この人はもう……」
「……。ママ……」
地面に座り込んだ女の子は涙を流し、そのまま泣きじゃくった。イリーナたちは女の子が落ち着くまでその姿を見守っていた。
その後、クロエと名乗った女の子はイリーナたちによって集落に保護され、彼女がママと呼ぶ人間の遺体は湖の畔に埋葬された。
夜。三日月が映る湖の畔の墓標の前に、クロエは座り込んでいた。
「クロエ」
横目でイリーナを見やると、すぐに墓に向き直った。イリーナはクロエの隣に座り込む。
「……。この人、どんな人だったの?」
イリーナが優しくそう問いかけるが、クロエは黙ったまま。しかし、イリーナは問い直すこともせず、ただ側にいる。
「……。……。……ママ」
「ん?」
「……。この人は……ママ」
「そっか」
「……。私のこと、守ってくれた」
「いい人ね」
クロエは左の袖をまくって、腕の橙色の検印を見る。
「お魚とったり、たき火したり、一緒に寝たり、一日だけの……、お母さん……」
「すごいね、ママ」
無言で頷くクロエ。
「もっと、一緒にいたかった。もっと、お魚とったりしたかったよ……。おいしいごはん、ママと食べたかったよ……」
そのままクロエは膝にうずくまって泣きはじめた。イリーナはクロエに寄り添って、小さい体を抱きしめる。
「ごめんなさい。今は、ママと一緒にこうさせて……」
「うっ……! ううぅぅぅぅぅぅ……」
女の子の小さい泣き声はイリーナに、女の子に、そしてママの墓標にだけ届いていた。泣き声に呼応して、腕の剣印が煌めく。
To be continued