【1-3d】抜剣 アスカロン
顔が晴れたイリーナを一人遠くで見ていたナーディアは面白く思わず、肩を震わせる。
「またアンタは……。いつもいつも……!!」
ナーディアが怒りに満ちた形相でイリーナたちに迫る。
向かってくるナーディアに向かってイリーナはアスカロンを構えた。
ソードハンターは迅を連れてイリーナの背後に回り、
「ねーちゃん、1分稼ぎな。なんか『アレ』使ってやるよ。あ、転移魔法な!」
転移。つまり別の場所へ瞬間移動するとイリーナは理解して、頷く。ソードハンターが両手を前に出すと周りに紫色に光る円が描かれる。
ナーディアの重い剣撃一閃一閃を、アスカロンの長い柄の真ん中で受け止める。大きく振りかぶった一撃を受け止め、力を込めて押し返すと、大剣の重量に逆らえずナーディアは後に仰け反り、ガラ空きになった脇腹に向けて回し蹴りを見舞う。
「かはっ!!」
ナーディアが横に転倒し、草が散り散りに舞う。
「ねーちゃん、退きなぁ!」
後ろを向くと地面の光の円が上に立ち昇っていく。イリーナはすかさず走って円の中に入る。
「逃げるなぁ!! バルムンクッ!!」
立ち上がり、激情に駆られたナーディアが剣を突きつけて魔法陣を展開する。
迅は腰が引けてしまうが、突風が一寸先の円陣に届く前に、眩く光りその場から姿を消した。
ナーディアは苛つきで、バルムンクを振り上げて草地に叩きつける。
「ハァ……、ハァ……。姉さんのバーカ……」
光が晴れると、そこは集落の前だった。迅とイリーナは驚きであたふたしている。
「本当にワープしてる……」
もう命を脅かす者から離れたと思うと、迅とイリーナは地面に崩れ落ちるように座り込んだ。
そんな二人にソードハンターは呆れ混じりでポリポリと頬をかく。
「剣士としてなっちゃいないねぃ……。せっかく剣手に入れたんだから、これから精進しな。妹と対等に戦うならな」
と言われると、イリーナが辺りを見回すとアスカロンが消えていた。左手を見るとアスカロンの形状に似た剣印が青色に光っていた。
思い出したようにソードハンターは懐から赤い液体が入った瓶を取り出して、迅に差し出す。
「これは?」
「いざって時に飲みな。お前さん、多分気絶しないと戦えないんだろうよ」
「気絶……」
迅は瓶を握りながら思い詰め、それを他所にソードハンターは集落と反対方向に歩み始めた。
「どこ行くの?」
イリーナの問いかけに振り返り、
「面白ぇモン見れたからよ、オイラはお暇するわ。アスカロンのこと大事にしてやってくれよ?」
背中を向けて、じゃあなと手をフラフラ振る。その背中が見えなくなるまで二人は見送った。
迅が安堵のため息を吐くと、
「迅! イリーナ!」
入口から鉄幹が現れた。白いシャツや顔のところどころに土汚れが付いている。
「テッカン、お疲れね」
「いや、お前らもな……。なにがあったよ?」
迅がうーんと唸る。
「『アレ』だったからねぇ……」
「いや、わかんねぇよ」
太陽が沈みきった。空に残るのは満天の星の光のみ。
ここは王都郊外の森。ソードハンターはすぅっと息を吐き、適当な木に背中を預けた。
「よぉ、ここで合ってるよな? エヴァン」
後ろの木々の間から、一人の男が姿を現す。紺色のコートの背中から翼が露出し、左目は傷を負い、右目の紅い瞳を光らせる姿を。
「こんなへんぴな所でいいのかぃ? もうちっと『アレ』な所の方が『アレ』だろぃ」
「語彙を増やして出直して来い」
「にしてもよ、アンタが敵に肩入れなんて、魔王らしくないねぃ。もっとドカッと『アレ』してなよ」
「様式に興味はない。『魔王』の名前はあくまで『奴ら』に対する敵対表明だ。」
「なるほどねぃ。で、あのトリックスター見てきたけどよ、俺の見立てじゃ一癖違うみてぇだな。普通は持ち主の魂と剣の魂が共鳴するだけで使える。今日のねーちゃんみたいにな。つまり、アイツは『アレ』だ」
「だいたい察しはついた。もういい」
男は踵を返してソードハンターの元から去ろうとするが呼び止められる。
「なぁエヴァン。約束、確認していいかぃ? お前さんらが目的を果たしたら……」
「この世界をお前たちに還そう、ネイティブ。この世界の原住民たちよ」
静かに約束の言葉を紡ぎ、新たな魔王は森の闇の中へ消えていった。
To be continued