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JKとリハビリテーション  作者: ぽっすん
4/9

生意気女子高生

  ***


「昨日、花火一緒に行ったんでしょ?」

「しーーーっ! 声のトーン落として!!」


 リハ室の一角。念のため周りに誰もいない治療ベッドを選んでおいて良かった。


「あれ? 内緒?」

「そりゃ言いふらされたら居心地悪いよ」

「そうなんだ。逢坂さんがすっごい嬉しそうに話してたから、もう公認なんだと思ったのに」


 なんだってそこんとこ詳しく…と問い詰めたかったが、流石にプライドの方が勝った。


「それはそれ、これはこれ。大人の恋バナで盛り上がらないの」

「やっぱり恋なんじゃーん。先生もやるねぇ。逢坂さん超美人だし」


 盛大に墓穴を掘った。カッと顔が赤くなる。今回に関しては志賀から誘ったわけではないので、まるで逢坂を狙っているかのような言い方をされるとむず痒い。

  実際は狙ってなくもなくなくないかなぁくらいの立ち位置なのだから。本当に。


「ちゅーした?」

「そういう雰囲気じゃないって」

「えーー? じゃあ手は?」

「だから、ただ花火観れるスポットに案内しただけだっての」

「え、マジ? なにそれ。先生ヘタレすぎない?」

「人生運とタイミングなんだよ」

「なにそれウケる」


 ウケるな。大事なことなんだぞと、ケラケラ笑う神崎を睨め付けるが、大した効果はなかった。


「ハイ、雑談終わり!今日は平行棒で歩くとこまで行くからね」

「はぁ〜い。別に遥先生から聞くからいいもーん」


 んん〜生意気。いっそ清々しいわ。



 ニーブレースを外して露わになった右膝は、昨日よりかは幾分か腫れが引いているように見えた。実際、周径を測ると昨日より〇・五センチ程数字が小さかった。


「ちょっと腫れ引いたかな」

「ホント?やったー。アイシング頑張ったし」


 昨日、リハビリを終える際にアイシングを指導しておいたのだが、一日で目に見えて腫れが引くとは驚きだ。これが若さか。


「痛みはどう?」

「痛くないよ」

「おぉ。歩けそう?てか逢坂さんと歩いた?」

「立つとこまで。歩くのはちょっと怖かったから。今は…わかんないけど、やってみる」


 期待と不安が綯交ぜになった声だった。それもそうだろう。聞くところによると、断裂した瞬間の膝が抜けていく感覚と痛みは、一生忘れられないレベルのものらしい。


 靭帯を切った経験のない志賀にとって、その恐怖感は想像する事しか出来ない。過度に励ましても無責任な印象を持たれる。どんな言葉をかければいいか、せめて三択くらいの選択肢が見えればいいのにと、常々思う。


「じゃあやってみますか」


  ゆっくりと息を吐きながら、志賀はそう言った。


 状態が安定すれば、ほとんどの症例が歩行可能になるのだ。別に今日歩けなくても問題ない。

 しかし、直接そう言われるとモチベーションが下がる人もいる。特に、若く溌剌とした世代には、多く。


 だからといって、歩けなかった時に精神的なダメージを全く受けない人間など、そうそういるものではない。皆、不安の後ろにかけなしの期待を隠しているからだ。

 患者のメンタルはいつだって非常に繊細で、それを面倒だと感じる人は残念ながら医療職に適性がないと、志賀は思っている。


 縋る人は奮い立たせ、張り詰める人は解さねばならない。通り一遍等ではどこかで関係が破綻し、それを後から修復することは困難だ。


 神崎は、間違いなく張り詰めるタイプだろう。縋る人間に集団のリーダーは務まらない。態度があっけらかんとしているのは、張り詰めていることに神崎自身が気が付いているから。だから、「頑張れ」とは言わなかった。それで少しでも神崎の心の糸が緩んでくれる事を切に願って。


 ベッドの端で軽く膝を動かしてから、平行棒に移動する。

 神崎の表情は硬い。


「いきなりスタスタ歩けるもんじゃないからね。凍った水の上を歩くようにゆっくりと」

「ちょっと怖い例えやめてよ!」

「あれ?じゃあ高層ビルの上で綱渡り?」

「先生ドSじゃん!ふつうに『ゆっくり歩いて』でいいよ、もう」


 緊張は解けたようだ。

 神崎が手術した右足から一歩目を踏み出す。が、


「んっ…待って、こっから進めない」


 神崎は右足を出したままの姿勢で止まってしまった。すかさずアドバイスする。


「まずはちょっと歩幅狭くしようか。それで両手に力入れて、右足の上に乗り上げるように体重移動して。体ごと行っていいから」

「んんっ、いった……く、ない?あれ?意外とイケるかも」


 体重移動の仕方を会得した神崎は、辿々しくも前に進んで行く。次第に、両腕がプルプルと震え始めた。


「あれ、なにこれ。腕メチャクチャキツいじゃん」

「ほとんど両腕で体重を受けてるからね」

「てことは、アタシ殆ど右足で歩けてないってこと?」

「けんけんしてる訳じゃないから、歩けてないって事はないかな。始めはそれくらいからだよ。いきなり体重全部かけようとする人より、全然マシ。センス抜群」

「ちょっと煽ってない?」

「全然」

「先生、目笑ってるから」

「ばれたか」

「ひどっ。ふつうにムカつく」

「一喜一憂するのが微笑ましくて」

「なにそれ。超恥ずかしいんだけど」


 神崎は顔を赤くしながら、横目で周囲を盗み見ている。周りの反応が気になるお年頃なんだなぁ。


「辱めを受けたって遥先生に言いつけてやる」

「それだけはやめて」

「ふーん。遥先生には弱いんだ」

「弱い。逢坂さんマジで凄い人だから」

「ふーーーん」


 神崎が目を細めて、見定めるように睨みつけてくる。なにその意味深なふーーーんは。


「先生って、将来尻に敷かれそう」


 逢坂に、と言う意味だろうか。逢坂との将来を想像したことはなかった。憧れの先輩ではあるが、恋愛の対象とするにはハードルが高すぎて、現実感がないのだ。

 妄想の中だけなら許されるだろうか。逢坂との結婚生活を思い浮かべてみる。ものの数秒で幸せな気分になり、胸が高鳴ってきた。なんだこれ麻薬か?


「なに一人でニヤついてんの、きも」

「俺、もう座布団になってもいいわ」

「なんの話?しっかりして?」

「ちょっと待って今いいところだから」

「何が?アタシのリハビリは?」

「さっき言ったみたいに歩いといて」

「雑っ!」


 うるせぇこっちは脳内で逢坂といちゃこらやってんだ。生意気なガキの出る幕じゃないんだよ!


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