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JKとリハビリテーション  作者: ぽっすん
2/9

花火大会

先輩のターン

 

「どうでした? 女子高生」

「クソ生意気なガキだった」

「あー先輩揶揄われそう」


 篠原がニヤニヤ笑う。お前もじゃコノヤロウ。


「担当、誰か変わってくれないかな」


 志賀はパソコンデスクに肘をついてボヤく。

 終業間近のスタッフ室はカルテを記載するキーボード音で埋め尽くされる。篠原との談義は、声のトーンを落としていれば気に留める者などいない。


「えー! 先輩がそんなこと言うの珍しいですね」

「そうか?」

「そうですよ。先輩どれだけ癖のある人でも対応できちゃうから、難ありの人はみんな先輩に回しちゃえってリーダーが…」

「衝撃の新事実だわ」

「あ、言っちゃった」


 篠原がにへらと苦笑いを浮かべるが、覆水盆に返らず。まぁ、薄々感づいていたので今更それに腹をたてる事もなかったが、温室でぬくぬくと育てられている篠原にも試練を与えろよ、と思わなくもなかった。


「癖のある奴みんな代診振ってやるからな」

「わー、私向こう当分スケジュールパンパンなんですよー」

「すぐわかる嘘つくのはやめろ。蹴人くん近々退院だろ」

「そーなんですよー! 私の推し…はぁ」


 蹴人くんというのは篠原が担当している小学生だ。喘息の発作で小児科に入院しており、読んで字の如くサッカー少年。容姿端麗というに相応しい顔面を持ち、篠原は担当になった直後から蹴人くんにメロメロだった。もちろんリハはちゃんとやってたし、本人を前にそんな態度を出したりはしていない(筈だ)が。


「あー、私はこれから何を支えに仕事を頑張ればいいんですかね先輩」

「知らんがな」

「先輩が蹴人くんみたいにサラッとイケメンなこと言ってくれるイケメンなら休日返上で働くのに」


 悪かったなイケメンなこと言えないフツメンで。というか小学生の分際で一回り年上の女をキュンキュンさせるって凄いな。蹴人くん。


「十月から中途採用で入ってくる人がイケメンな事を祈れ」

「そういう意味じゃないんですよ」


 篠原は大袈裟にため息をついてキーボードを叩き始めた。なんだ失礼なやっちゃな。

 篠原に付き合ってたら振り回されるだけだ。こういう手合いは放っておくに限る。さぁ仕事仕事、とパソコンに向き合おうとした瞬間。


「志賀くん。手が止まってるけどカルテは書けたの?」


  と、元指導担当の逢坂がコピー機に寄りかかりながらちょっと怖い声で尋ねてきた。たった今書こうとしていたところなのに、なんとタイミングの悪い。


「バッチリ今から書かせて頂きます……」

「パソコンの台数少ないからササっとお願いね」

「あ、カルテまだなら先に書かれますか?」

「ううん。私はもう書き終わったから。これ待ち」


 逢坂はそう言ってコピー機を撫でる。羨ましい限りのコピー機さんはシュィィンシュィィンと絶賛書類の印刷中だった。刷られているのは有給申請に必要な書類。ストックが少なくなったからまとめて刷ってくれているのだろう。

  こういう″気付いた誰かがやる仕事″みたいなものは大概逢坂がやってくれている印象だ。

 そういうところがカッコいいなと思う。


「書類ありがとうございます。カルテすぐ書きます」

「よろしい」


 逢坂は刷り上がった書類の束でこちらの肩をポンと叩いて去っていった。


「先輩、駄弁ってばかりダメですよ〜」


 お前が話しかけてきたんだろ!クソガキ!


  ***


 カルテを記入し終え、時計を見ると一八時を過ぎていた。新患である神崎の情報を細かく記載していたので仕方ない。生意気な後輩はとうの昔に帰宅した。

 スタッフルームに残っているのはリーダーや役職者ばかり。しかし、その中に逢坂の姿があった。自分のデスクに戻る途中、逢坂と目が合う。


「なんか今日みんな上がるの早いっすね」

「花火大会だからじゃない?」

「あ」

「どうしたの?約束すっぽかしちゃった?」

「いえ、約束入れるのをすっかり忘れちゃってた系です」

「あら勿体無い」

「逢坂さんは?」

「私、人混みダメなの」

「それこそ勿体無いですよ。この辺、静かに観れるとこ結構あるのに」


 そう、何気なく言った。他意は一切なかった。本当に。なのだが。


「本当に? じゃあ案内してくれる?」

「ふぇゃっ」


 本当にさらりと誘われてしまったものだから、気持ち悪いくらい変な声がでた。というか気持ち悪い声だった。


「何、今の気持ち悪い声」

「いや、それ自分でも思ったんで言わないで下さい」

「もしかして本当は予定あったり?」

「いえ! 全然! マジで何にも! 是非案内させていただきます!」

「よかった。じゃあ早く仕事終わらせて」

「はい! 最速でやります!」


 降って湧いた幸運。棚からぼたもち。最高の気分だ。残業万歳!しかも今「よかった」って言ったよな。もしや自分と花火に行けることに対して?

  というか逢坂さん、今日とっくに仕事終わってませんでしたか…? あ、仕事しますすみません。




 恐らく人生で最速と思われるスピードで仕事を片付け、逢坂と花火大会に向かった。


「本当にこっちで道あってるの?」

「あってますって」

「でもみんな駅の反対側に向かってるみたい」

「観覧席とか屋台はあっちなんです。でもそれじゃ混みまくりですよ」


 大衆の足取りに遡行しながら、坂道を登る。逢坂が静かな花火鑑賞を希望したため、地元民の中でも滅多に知らない秘密スポットに連れて行こうと、山を削って出来た住宅街を抜けて進んでいる。


 すれ違うのは浴衣や甚平を着た華やかなティーンエイジャー達ばかり。スーツでないのが幸いだが、それでも普通の私服でこの中を歩くというのは少し浮いているような気分になる。逢坂の浴衣姿は死ぬまでに一度は見たい……


「本当に詳しいんだ、この辺」

「なんですか、口から出まかせだと思ったんですか」

「別にー。きっと、誰かと沢山花火を観てきたんだなーって」


 逢坂が嫌味なく相手を責める時によく使う、間延びした声。なんだ?なんか地雷踏んだ?


「地元の友達と、穴場スポットを探して駆けずり回ったことがあるんですよ。将来デートで使うためにって。まぁ結局使う機会なんてなかったんですけどね!」


 あぁ哀しきかな、今まで好意の仲となった女の子はみんな賑やかなる屋台・人混みに目を煌めかせるタイプで、汗だくになって見つけた秘密の場所が出番を迎えることはなかった。


「そういうことサラッと言っちゃうんだ」

「何がです?」

「なーんでもなーい」


 後ろを振り返っても、逢坂はそっぽを向いていて顔は見えなかった。ほんのり耳が赤いのは、そりゃもちろん、このジメッとした暑さの中、登り坂をえっちらおっちら歩いているせいだろう。熱中症にならないか心配だ。


「逢坂さんってスポーツとかやってたんです?」

「ううん。私吹奏楽部」

「ぽいですね。運動とかあんまりやらなさそう」

「体力なさそうって思ってる?」

「ちょっとだけ」

「心配してくれてありがと。でも熱中症で倒れた事はないから」


 逢坂はそう言って微笑んだ。

 いつもこうだ。こちらが揶揄ったように言ったことも、逢坂は全部その裏を見透かして返してくる。

 照れるところが見たいと思って茶化しても、それが叶った試しがない。今も、ありがとうと返されて志賀の方が照れまくっている。


 いつか、逢坂が本気で照れてくれる時が来たら一人前を名乗ろうと思う志賀だった。

 

 話しながら階段を登っていると、だんだんと視界が開けてきた。


「もう着きますよ」


 そう言って最後の一段を登りきる。

 辿り着いたのは遊具のない小さな公園。正面には防球ネットが張られているのだが、その向こう側に建物はなく、住宅の明かりや屋台の灯りで煌々と輝いている。


「わぁ、凄い」

「これだけでも結構綺麗でしょ?」

「うん。ここなら静かに花火が観られそう」

「気に入ってもらえたみたいでなによりです。あ、丁度始まりましたよ!」


 パァっと空が明るくなって顔を上げる。遅れてドンという音が響き、夜空に次々と大輪が咲き始めた。

 横目で見た逢坂の顔は、花火に勝るほどキラキラと輝いており、花火そっちのけで、ずっと見ていたかった。


「ん? なに?」


 チラチラくらいに留めていたつもりだが、普通にバレた。


「いや、格好感動されてるなと」

「ダメなの?」

「いえ! お気に召したようで幸いです」

「志賀くんはあんまり感動してなさそう」


  してますよ貴女の横顔に!!とは言えず。


「逢坂さんが気に入ってくれるか不安だったんですよ。この暑い中、結構歩かせちゃったし」

「それなら問題なし。こことっても素敵だもの。私、毎年ここに来ようかな」


 じゃあ毎年僕の隣で観て下さい。と、篠原が担当する蹴人くんならこの程度は言ってのけるだろう。しかし自分が言うにはあまりにも臭すぎた。


「お供しますよ、道ややこしいし」


 コレが精一杯。それでも恥ずかしくて顔を上げられなかった。

 しかし、こちらを向けと言う無言の圧力が伝わってきて、目線だけ逢坂に向けると、「ありがと」と花火なんかどうでもよくなるくらいの笑顔が返ってきた。


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