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JKとリハビリテーション  作者: ぽっすん
1/9

生意気な女子高生

遅筆ですが、ストックのある部分まではサクッと載せて行きます。

処女作になりますので、生温かく見守って下さいませ。

 コートに汗の雫が落ちる。濡れた髪の毛が頬に張り付いて気持ち悪い。始めは歯切れのいい音を響かせていた靴底も、切り返す度に音が鈍くなってきた。息が上がり、思わず膝に手をつきそうになるが、鍛え上げた精神力でそれを自制した。

 バスケットボールの試合はインターバル・ハーフタイムと試合終了以外に時計が止まらない。プレー中は、この二八メートルのコート間を走り続けるしかないのだ。

 スタミナ練習は散々やった。悪態をつきながら階段を駆け上った日々を思い出して、ふと口の端に笑みが浮かんだ。このくらいのしんどさに負けてなんかいられない。自分達は全国を獲るのだ。


 やりきって、出し切って、″全て勝って″終わりたい。

 試合前の円陣でキャプテンである自分が口にした言葉だ。ここで足は止められない。ベンチやスタンドからの声援が、ボールのドリブル音と綯い交ぜになって、闘志を震わせる。

 味方からパスを受け取り、駆け出す。ボールをコントロールしながら飛ぶように足を運ぶ。誰にも止められない自信があった。


 稲妻の様に2人を抜き去り、インサイドに切り込む。相手のセンターが身体を寄せてきた瞬間シュートフォームに入った。


 お互いにもう止まることも避けることもできない距離。シュートモーション中のファウルはこちらにフリースローの権利が与えられる。初めからそれが狙いだ。

 相手のセンターとぶつかりながらボールをリリースする。体幹トレーニングの成果だろうか、ボールは自分のイメージと寸分違わず指先から離れていった。


 いいシュートは、打った瞬間″入った″とわかる。この感覚がたまらなく気持ちいい。もうボールの行方は目で追わなくてもいい。空中で崩れた態勢を立て直して着地に備える。

 着地時に相手の足を踏んで捻挫というケースが、この競技ではよく見られるのだ。足元に何もないことを確認する。相手センターより先に着地出来すれば問題ない。

 その時、ふと自分の体勢がさらに崩れるのを感じた。見れば、相手センターの身体が寄りかかって来ている。このままでは押し倒される。

 早く足をついて踏ん張らないと。実際そう考えたわけではなく、身体の反射のようなものだった。後になって、あのまま一緒に倒れておけば良かったと、何度後悔したかわからない、ほんの一瞬の出来事だった。


 走馬灯の様にゆっくりとした時間の中で、私がついた右足の上に、相手センターの子が崩れ落ちて来るのが見えた。

  膝が内に入って、そのままそこに私と″もう一人分″の体重がかかった。


 ブチッという断裂音が確かに聞こえた。


 その音と痛みは、今でも思い出せるほど、とにかく強烈だった。


 ------------------------------------------------------------


「先輩、次の担当聞きました?」


 朝、デスクにカバンを置くや否や駆け寄ってきたのは一つ年下の後輩、篠原だ。


「いや、昨日は休みだったから何も。癖の強い患者か?」

「いえ、女子高生ですよ。女子高生。現役の」


 アダルトビデオの煽り文句か、と思ったが、朝からそれを職場で口にする程馬鹿ではない。


「また珍しいな。夏休みだからか?」

「そっかぁ。学生達は夏休みなんですね。いいなぁ」

「その女子高生はせっかくの夏休みなのに入院なんてたまったもんじゃないだろうな」

「先輩とリハビリ三昧の夏。思い出にはなりそうですね」

「良し悪しは聞かないでおこう」

「先輩リハになると人が変わるからなぁ」

「どう思うかは相手次第。女子高生の真摯さに賭けよう」

「でた、先輩節」


 篠原は自分のイスにぼすんと座り、足をばたつかせてケラケラ笑う。所作の子供っぽさにこちらも笑いが漏れた。


「篠原はまだ学生で通るだろ。学校に戻って夏休みしてくれば?」

「あー、馬鹿にしてますねー。私もう二年目なんで、学生っぽさとはサヨナラしました」


 人懐こい笑顔。昨年入職した頃より、メイクのせいもあってか少し大人びた篠原は、元々の顔の造形がいい事もあり、ふとした拍子にこちらをドキリとさせる。


「先輩はだんだん溌剌さが減ってきてますから、現役JKからたっぷり生気を貰って来てください」

「うるさいわ」


 ドキリとした事を後悔したくなるほどの憎たらしさを見せた後輩をあしらい、潑剌さの減った先輩こと志賀圭介は身支度を整えにかかった。



 朝のミーティングが終わり、スケジュールを確認する。新患の女子高生は、昼のカンファレンスが終わった後に介入することになりそうだ。

 メモにやる事リストを書き込んだ後、パソコンをスリープから叩き起こした。九時から外来患者のリハビリが始まり、新患が押し寄せれば昼休みは返上になる。入院患者のカルテを覗く時間はここしかない。


「もうちょっと人増やしてくれないかなぁ」


 唇の先だけでぽしょりと呟く。


「十月に中途の採用があるらしいからボヤかないの。志賀くんらしくない」


 僅かな声を耳聡く聞きつけたのか、隣でキーボードを叩いていた逢坂がツッコミを入れてきた。逢坂は三つ年上で、志賀の指導担当だった先輩だ。

 今年三年目になって独り立ちしたものの、逢坂にはまだ頭が上がらない。彼女が元々包容力のあるタイプなせいで、まだ精神的に少し甘えてしまっている。というか、ずっと甘えていたい。


「だって週三くらいで昼休み無しですよ?僕もう昼飯食べるの諦めて、今日だってウィダーですもん」

「タンパク質摂らないとダメ」

「咀嚼する時間がありません」

「じゃあ、…うーーん」


 話しながらもキーボードを叩き続けていた逢坂だったが、噛まずに摂れるタンパク質を考えるうちに手が止まってしまっていた。ただの雑談で仕事の邪魔をしてしまって申し訳ない気持ちだったが、こんなくだらない事を一生懸命考えてくれる所が逢坂のいい所で、甘えてしまう要因の一つだ。


「牛乳は?」

「僕、牛乳飲んだらお腹下すんです」

「あら可哀想」

「日本人の七割が牛乳のタンパク質を分解する酵素を持たないんですよ。僕は選ばれなかった人間なんです」


 大袈裟にがっかりしてみせる。


「冷奴なら、ちゅるっていけるんじゃない?」

「動物性たんぱく質がいいなぁ」

「じゃあもう知らない。くれぐれも倒れないようにね」


 いじらしくそう言って逢坂はパソコン業務に戻った。知らないと言いつつも心配してくれている、そういうところがズルいんだよなぁ、と志賀は心の中でため息をついたあと「頑張りまーす」と笑顔を作った。ちゅるって言い方めちゃくちゃ可愛かった。もう一回言ってくれないかな。


 操作していたパソコンの画面に、件の女子高生のカルテが映し出される。リハビリの処方箋に記載された疾患名には、

″右膝前十字靭帯及び内側側副靱帯の再建術後″とあった。

 真っ先に思い浮かんだのがスポーツ外傷。それも屋内跳躍系のスポーツによるものだ。膝の靭帯は着地や切り返しの際に損傷しやすいのだが、前十字と内側の同時断裂というのはそう易々と起こるものではない。

 大方、他選手との交錯かと目星をつけてカルテを読み進める。推理というほど大仰なものではないが、考えは当たっていた。


「バスケットボールの試合中に相手選手と交錯し受傷。試合終了後に救急搬送… キツいなコレ」


 彼女の年齢は十八歳。恐らく高校生として最後のシーズン。この時期の試合となると、もしやインターハイか。

 高校生相手というだけでもやりづらいのに、メンタルが相当落ち込んでたりしたら、どう声をかければ良いかますますわからなくなる。


 …キツいなぁ、コレ。



 志賀の勤める病院は、急性期のみならず回復期の病棟も備える県有数の総合病院だ。患者層は幅広く、生まれてまもない乳児から、年齢が三桁に届きそうな年配まで千人を超える患者が入院している。

 その中で最も比率が少ないのが学生の年齢層。特に高校生は滅多に入院してこない。厳密には一、二日程度の入院ならあるのだが、生命力に満ち溢れたヤンチャ盛りの彼ら彼女らは、ちょっとやそっとの疾病なぞ物ともせず、気付いた時には退院しているのだ。


 稀に難病の子が入院してくるが、すぐ設備の整った大学病院に転院となる。そんな次第なので、記憶に新しい高校生の患者といえば、バイク事故で骨盤を骨折したちょいワル男子校生くらいなものだった。看護師とおしゃべりしすぎて煩いくらいの元気っぷりだったが、免荷期間が計三週間もあったのですぐ自宅には返せず、結局一月半も入院していた。お見舞いに来た複数の女の子が鉢合わせして修羅場になった話は思い出したくないので伏せておこう。


 さて、それ以来ぶりの高校生。しかも、入院の担当としてははじめての″女子″校生。外来ではチラホラ女の子を担当したことがあるが、入院は距離感が近いのでなんとも言えない気まずさがある。

 というか何故女性セラピストが担当じゃないのか。整形疾患だからって外来リハをやってる俺に投げつけたなコンチクショウと、志賀は扉の前でため息をついた。

 個室の中からはテレビの音しか聞こえない。来客はないらしい。親でもいれば会話しやすかったのだが、いきなりハードモードで頑張れと神が告げている。


 コンコンコンとノックをすると、「はーい」と不機嫌そうな声が返ってきた。横開きのドアをゴロゴロ開ける。

 一目見た印象は、″あーバスケやってそう″。切れ長の目にシャープな鼻筋、そしてポニテ。可愛いより綺麗系。女子校ならまず間違いなく後輩からラブレターが押し寄せる系。胴の長い短い男は隣を歩けないだろうなと、そんなアホらしい下馬評は置いておいて、まずは挨拶。

 ヒトは最初の七秒間で相手との人間関係、つまり距離感を作り上げるのだ。


「どうも初めまして、理学療法士の志賀です。リハビリに伺いました」

「あ、神崎です。お願いします」


 名札を見せて会釈すると、相手もぺこりと頭を下げた。素直ないい子だ。やはりスポーツをやっている人間は最低限の礼儀があってよろしい。


「膝の具合はどう?」


 あまり固い敬語を使っては神崎が萎縮してしまうだろうと、志賀は砕けた口調で話しかける。


「痛いです。あんまり動きたくないかも」

「手術直後は炎症でパンパンだからね。まぁ、今日は初回なんで、膝がどんなもんか見せてもらって、後は体重かけてみるだけって感じかな」

「リハビリ室行くカンジ?」


 うわー女子高生の喋り方だー。とギクシャクしつつ神崎の表情を伺う。部屋から出るのが心底嫌というわけではないが、出来れば外に行きたくないという様子の、照れ気味の表情。

 答えは神崎の格好にあった。胸元緩めのTシャツにショートパンツ姿。恐らくリハビリの訪問も予想外だったのだろう。人前に出るのが憚られるラフな出で立ちには触れず「いや、確認程度だからここでいいよ」と言って予定変更。

 実際は平行棒(歩行練習用の手すり)で立つところまでいきたかったのだが、リハ室に行くから着替えて、とは言えず断念した。


「じゃ膝の装具外していい?」

「自分でできる」


 神崎は体を起こして、ニーブレースと呼ばれる膝の動きを制限する装具のバンドを外していく。

 健側の足と比べると、一回りほど晴れた右膝が露わになる。


「周径測らせてもらっていい?」

「いいけど、数字は聞きたくない」

「いや、腫れてるの今だけだから」

「左も測るんでしょ?ソレ聞きたくない」

「はいはい」


 年頃の娘めんどくせーと心の中で悪態を吐きつつも、口に出さなければ良いだけなので言われた通りにする。

 ここで「左は細いじゃん」なんて返そうものなら汚物を見るような視線で詰られることを、先日の飲み会でやらかした先輩から学んでいる。

 女の子というものは安易に褒めてもいけないのだ。セクハラでクビにされるのだけは避けたい。

 周径を測り終えたので、次は膝関節の可動域をチェックする。健側は陶磁器のように白い脚だが、患側は赤く腫れ上がり熱を持っている。


「痛くない範囲で、曲げてもらっていい?」

「支えてもらわないと怖いんだけど」

「へいへい」


 言い方にいちいちトゲのある子だな。彼氏になるやつは苦労しそうだ。

 将来の伴侶を慮りながら膝を支え、片方の手でゴニオメーター(関節角度を測る器具)を合わせる。


「八十度くらい、かな。腫れがあるから今はこんなもんよ」

「どのくらいまで曲がるようになるの?」

「左と同じところまで目指したいかな」

「曲がらない人もいる、の?」


 神崎が不安そうな表情で見上げてくる。さてどう答えたものか。


 どこまで回復するかは人によるとしか言いようがないのだが、ぶっきら棒に答えても彼女の不安は拭いきれないだろう。しかし、楽観的に答えすぎても、後々面倒なことになる。

 こういう質問はしばしば飛んでくるのだが、未だにどう答えるのが正解なのかわからない。全く同じ人間が存在しない以上、答え方は無限に存在する。出会って数分で相手の性格が見抜けるなら苦労はしない。

 結局、通り一辺倒な総論を語るしかなかった。


「腫れが長引いたり、元々ちょっと膝が変形してたりって人は曲がりきらない事もある」

「私は?」

「変形はないけど、もう暫く様子を見ないと今はなんとも」

「先生的にはどう?」


 一般論を話しているだけだとバレている。


「曲がって欲しいなとは思ってるよ」


 お茶を濁す様な返答では満足出来なかったらしく、神崎はムスッと眉間にしわを寄せた。現状出来る精一杯の返答なのだが、相手は十八歳の高校生だ。もう少し色のついた答えでも良かったかもしれない。神崎が後に続かないのをみて、志賀は話題を変えた。


「なんでケガしたのか聞いてもいい?」

「バスケの試合の途中で、人とぶつかった」

「この時期だと、もしかしてインターハイ?」

「そ。先生詳しいね。バスケやってたの?」

「いや、やってない」

「スポーツでケガする人、結構入院してくる?」

「ウチはそこまで多くないかな。外来はチラホラいるけど、他にスポーツ整形で有名なとこ結構あるし」

「ふーん」

「え、なに?」


 品定めするような視線を感じてたじろぐ。


「先生と病院が信用できるか見定めてるの」

「こわっ、最近の女子高生強かすぎない?」

「あはは、先生は大丈夫そう。オドオドしてないし」

「いやそりゃ患者相手にオドオドはしないでしょ」


 千床超えの総合病院で、医療スタッフの腕前を疑ってくるとは。まぁ、今まで大きな手術なんて経験した事ないだろうし、女の子にとって脚って大事だろうし。不安になる気持ちもわからんでもないが。

 さてはモンペ(モンスターペイシェント(患者))の卵かなと身構えそうになったが、実際はそうではなかった。


「先生なら私の脚、治せる?」


 神崎の声は気丈だったが、目が震えていた。成る程、どうやら品定め云々は強がりだったらしい。 素直に不安を打ち明ければいいのに、損な性格してるなぁ。


「俺らは患者さんのリハビリをお手伝いする立場だから、治るかどうかは神崎さんの頑張り次第ね」


 この程度なんて事はないよというニュアンスを籠めて、ドライに答える。


「先生冷たっ。僕が治すから安心してとか、普通そういう事言うもんじゃないの?」

「むしろそれ絶対言わないから。ドラマの観すぎ」

「えーー。ロマンチックで超期待してたのにー」


 神崎が抱えた枕に顔を半分埋める。ケラケラ笑う表情をみるに、意図は伝わったらしい。


「神崎さん。もしかしてキャプテンやってた?」

「え、そうだけど。なんで?どっかの記事読んだ?」

「記事になるような選手だったの?すげぇ」

「読んだわけじゃないのになんでわかったの?」

「なんとなく。そんな感じかなーって」

「うわ、きも。引く」

「どこが!?」

「抱え込みそうなタイプだからって言うんでしょ。なんでも相談してねって囁いてくるキモ男、だいたいそのセリフから入ってくるもん」

「さっきロマンチックを期待してた子の口から、こんな辛辣な言葉が出てくるとは思わなかった」

「ロマンのある人が言わないとロマンチックにならないんだよ?」


 ほっとけ畜生。落ち込んでる素ぶりだったから励ましてやろうとしたらとんでもない地雷を踏みかけた。やっぱ女子高生怖い。


「肝に銘じとくけど、別に俺そんなん言うつもりじゃなかったからね」

「じゃあなんの前振り?」

「なんかあったら隠さずにナースコール押してね」

「他人任せなの最低」


 そういうもんなんだよ病院は!クソガキ!


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