実はれっきとしたオカルト君
楊が脅えた風に玄人に尋ねると、玄人はふーと大きく息を吐き、いつもの事という風に疲れたような風情で答えだした。
「おばあちゃんは物をすぐ無くすのですよ。我慢できない人で、花房の自分のお金で次々色々買っちゃって。武本以外のお店で買った物を祖父から隠す癖がついて、今でもつい隠しちゃって行方が判らないってよくあることで。翡翠は祖父が贈ったものだから電話で行方は判るけれど、買ったばかりの友禅は本人を前にしないとわからないですよねぇ。それで加奈子伯母さんのお店の商品を持って行けって言ったら、そこに隠していたって。それで無くなったって。もう、見つからなければ来週お芝居にいけないなんて、知らないですよ。もう面倒だから見えた柄の着物を勧めただけです。最初っから武本で買っていれば良かったのに。武本をなんだと思っているんでしょうかねぇ。」
嫌だ嫌だと当たり前のように玄人は語るが、この部屋の気温は二度くらい確実に下がっているはずだ。
このオカルトめ。
こいつは見えないものが見える男でもあるのだ。
「失せ物か、私も探して欲しいものがあるの。」
ぽつりと呟いたのは葉子だ。
玄人は彼女の言葉にハッとして、葉子を見返し「無理」と反射的に言った。
「凄い、聞いてないのに解るのね。そう、私も無くしものあってね。」
葉子はニヤニヤし、彼は葉子にビクビクとしている。
「ホラ、横道に逸れているぞ。お前らは島田とかいう人間に連絡しなくていいのか?」
高級弁当を黙々と食べていただけの伝説の男は、食べ終わったのか声を上げた。
「あ、そうだった。」
すっかり忘れていた様子の坂下が、早速武本を問い詰め始めた。
「どうだった?ここで連絡してもいいって?」
そこで玄人は坂下を見上げると、とんでもない事を口にし出したのだ。
「はい。あと、お祖母ちゃんが安否確認ならば全員いいわよって。坂下さんは島田だけでいいって事でしたが、他に連絡したい所はありますか?僕も限度があるので六十五人くらいしか父方の親族の電話番号覚えてなくて。武本関係抜けて祖母関係だけですとその内の二十二人ですね。今回はやっぱり島田だけでいいですか?」
坂下は呆然と玄人を見下ろすだけだった。
その他大勢も唖然としているはずだ。
この俺でも過去に聞いた時に驚いたのだから。
彼は祖母の「大事な親戚の名前を人に晒す危険を冒すな。」の言葉を言葉通り受け取って、自分の頭の中に電話帳を作り上げてしまったのである。
「お前、携帯のアドレスが空っぽだったのは覚えているからだったんだ。」
楊が呆れたかのような声を出すが、そのアドレスを玄人の復活を願って十年近く変更していない親族にこそ俺は呆れてる。
玄人は小学生時代のいじめで記憶喪失であるらしいのだが、その記憶を無理矢理に思い出させると本人が死ぬとの武本蔵人の遺言があるのだ。
その遺言に唯々諾々と従い、玄人に記憶を思い出させない様に玄人に近づけないと嘆く親族を何人か目にしているのだが、橋場の孝継はその筆頭だ。
孝継は、幼い玄人が実の父親にネグレクトされている事を良いことに、自分を「パパ」と呼ばせて我が子同然に可愛がってきた過去がある。
それだからこそ彼は玄人を前にしても、この間の葬式などせっかくの機会だろうに、一声も玄人に掛けずに他人の振りを仕切ってしまったのだ。
いや、社交辞令的挨拶はしていたか。
年下の俺に、「悲しいから玄人の写真を寄こせ」メールを送れる恥知らずだったら、普通に接しろと俺は言いたい。
それに対して、長柄由紀子の次男坊で長柄警備社長の長柄裕也はやりすぎだと思う。
玄人がいない隙に彼のクローゼットにゲームキャラの特注ドレスを吊るし、とどめとしてゲームショウの招待チラシを置いていく阿呆だ。
玄人は何の躊躇いもなく裕也の罠にかかり、女装してゲームショウに出かけたのである。
俺が玄人関連の親戚を知りたいのは、奴らが全員大金持ちだからではなく、阿呆な振る舞いで玄人の身に危険を及ぼして欲しくないという親心であるのだ。
誰も信じてはくれないが。