立松と南部
百目鬼よりも自分の方が感情的だと思いながら、男は反吐の出る立松に対して身を屈めて、魔物らしい甘言を囁いた。
「楽になりたいかな。君の足は二度と使えないね。ワイヤーでかなり切ったことよりもさ、百目鬼君に足首と膝の靭帯を踏みぬかれて駄目にされたでしょう。靭帯って修復しないんだよね。」
立松に対して一言も発せずに、ぐしゃ、ぐしゃと立松の右膝と右くるぶしを踏み潰した百目鬼の所業に、男は感嘆を持って眺めてしまってもいた。
「ふふ。」
思い出し笑いをしただけであるのに、男に脅えた立松は、両手の掌を男に向けて、自分を守るように上体をさらにかがめた。
「ひ、ひぃ。おね、お願いです。殺さないで。お願い。」
「里桜はお前に何度そう叫んだと思っているんだ!」
「ひぃ!」
南部の怒号に立松は体を丸めた。
そして、その立松の様子に南部が喜びよりも悲しさを顔に浮かべる姿を見て、男はそろそろ潮時だと体をかがめた。
「立松君。君にチャンスを与えよう。力を与えてあげる。」
男が立松に手渡したものは、百目鬼を撃とうとして簡単に撥ね退けられて転がった銃である。
立松は信じられないと手の中の銃を見つめ、すると再びにやりと顔を厭らしく歪めると、その銃を男と南部へと翳した。
「おや、使うの。釘打ち機のように暴発するかもしれないのにね。」
ハッと自分の銃を立松は見返すが、すぐさま彼は体をびくりと痙攣させ、そのまま狙いも定めずに銃を撃ち放った。
銃弾は男をかすめ、南部にも勿論の事当たらずに壁に撃ち込まれただけである。
狙いなど立松につけられるはずが無いのだ。
銃を撃つどころか、立松は床に転がり、体を捩じって苦しみあえいでいるのである。
「ぎゃあ、あああ!ぎゃああああ!」
「あの、これは?」
「うん。君達の苦しみを身に受けているの。自分がしたことが自分に返ってきているんだから気にしないで。君の指も元通りでしょう。」
「え?」
南部は自分の左手を顔の前に持ち上げ、指がそろっている事に驚愕の表情を浮かべ、その表情のまま紙袋が破裂した音とともに床に崩れ落ちた。
彼を見下ろしているのは、彼の復讐を手助けすると声をかけた男だ。
「あ、ああ。どう……して。」
「うん。玄人君の復讐。これで君は後悔もなく、思い残すことも無いでしょう。思い残すことが無くなれば、人は死ねるんだよ。さぁ、立松の死にざまを見て。」
「まさ……か。」
ごろりとあおむけになった南部は自分の穴の開いた傷を触り、そこが血を溢れさせている様にその顔には死への恐怖よりも気が緩んだ表情を浮かべた。
それから息も絶え絶えの中立松を横目で見て、そして、ふ、ふふとかすかに笑い声までもあげたのである。
「本当だ。俺は死ねる。はは。立松め。ざまあみろ、ざまあみろ、ざまぁ。」
南部は最後にびくりと痙攣すると、そのまま瞼を閉じて静かになった。
男達の後ろで身を捩って苦悶の声をあげていた男も、声をあげるどころか息がない。
男は南部に対して鎮魂を感じていたが、立松に関しては「畜生。」と舌打ちをするだけである。
「はぁ、弱虫の根性無し。クロちゃんの受けた傷跡を全部返し終わる前に死ぬなんて、なんという脆弱。あぁ、もうがっかりだよ。お陰様でアフターケアに動かなければならなくなったし。もう!サービスって、無給なんだよ。純粋な好意でなくてはいけないの。つまりただ働きってこと。あぁ、面倒くさい。」
「お遊びで私の孫を痛めつける、あなたこそ面倒くさいですけどね。」