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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
十九 ろくな提案しか出来ないならば、とりあえず肉を喰え
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俺は恨まれているからさ

 良純和尚は僕の皿に高級らしい肉を入れてくれた。

 ついでに楊に後頭部を軽くパシリと叩かれたが。


「ちーび。俺だってお前に食わしているでしょう。でも俺は怖くて百目鬼は平気なんだ?そんでざわざわってなんだよ。胸のときめきか!」


「かわさん、和牛の魅力に誰も勝てないですよ。」


「あ、畜生。造反しやがって。」


 いつのまにか山口の皿にも良純和尚の和牛が乗っていた。

 山口はへへっと冗談めかして笑ってから、怒る楊に囁くようにして、ここだけの話ですからね、と続けた。


「クロトの言うざわざわって、クロトの周りにいる動物霊の事ですよ。クロトは蜘蛛って呼んでいますけれど、それが、かわさんが近くに寄ると大波のように騒めくんです。クロトには昔からいくつか憑いていましたけど、最近はクロトを守る感じで物凄い量に増えちゃってましたからね。それで、でしょう。ほら、いまもあそこに団子になっている。百目鬼さんが怖いからでしょうかね。」


 山口が指さしたのは、僕達のいる座敷の向かいの座敷である。

 誰もいないから座敷が真っ暗なのだと僕は思い込んでいたのに、暗闇そのものが僕に纏わりついていた蜘蛛だったと、気付かせてくれた山口に対して少々苛立ちを覚えながら認めるしかなかった。


「うわぁ、ほとんど全部いる。祓われていなかったのか。」


 先程までの蜘蛛達に対する、申し訳なさとか、憐憫とか、色々と返して欲しいぐらいにざわざわと御一行様がいらっしゃった。

 と、いう事はと、僕は左手で腹を触り、手の平にほんわかと霊力を感じた。

 そうか、僕を生かすために形を失ってもここにいるんだ。


「え、いるの?何も見えないけどね。」


「かわさん。何も見えないけれど、あそこの席には誰も座らないでしょう。案内されるたび、お客さんが別の席って移動しちゃうのは、その動物霊がお客を追い払っているからですよ。邪魔って。」


「お前、隣の座敷なんかにまで注意向けていたんだ。神経質?」


「さすが公安じゃないんですか?で、どうしちゃいました?あれ、かわさん?」


 楊が頭をがっくりと下げて、箸を持たない左手で顔を覆ったのである。

 僕は楊が急に落ち込んだ素振りで、お腹の蜘蛛も隣の座席もどうでも良くなって楊を見返した。


「どうしちゃったの?かわちゃん。」


「だってさぁ、動物霊は俺に脅えているって事でしょう。俺の飼育方法が間違っていて殺しちゃった子がいるんだよ。きっと、そいつらが脅えているんだ。ごめん。あいりちゃん。ゆみちゃん。さとこちゃん。さとみちゃん。あと、あと。姫子十五にゆきこともえみか。」


 楊はどんな生き物にも、とりあえず女性名を付ける。


「お前はそんなに殺しているのか。そりゃ恨まれるわ。何をしたんだよ。」


 人でなしな内容の会話にだけ反応して参加するとは、やっぱり良純和尚は人でなしなのであろうか。

 しかし、楊は親友に疲れたような笑みを見せて、自分の罪を告白し始めたのである。


「あいりちゃんとゆみちゃんはカブトムシでね、餌にたかる小蠅を殺そうと殺虫剤をかけたら一緒に死んじゃったの。害虫用の殺虫剤でカブトムシも死ぬって幼児の僕にはわからなかったんだよね。それで、姫子十五はヒメダカで、ゆきこはおたまじゃくし。一緒に飼ったら姫子は十五匹全部ゆきこに食われてしまって、ゆきこは成長して逃げた先で車に轢かれていた。食用蛙って、水槽の網なんかバキバキだね。」


「もえみはあの亀か。あれはお前が殺したんじゃないだろ。」


「そうだけどさ。バッタやカエルを踏み潰して喜ぶガキをさ、俺は叱っても、それほどその子の行動を重く見ていなかったのよ。親に俺が一言でも伝えておけば、ベランダ伝いによその家に侵入して盗みを働いて、盗んだ生き物達を近所の別の建物から投げ捨てて殺して遊ぶって事は止められたかも、じゃん。」


「そのガキの家がな、賠償や世間体で、買ったばかりのマンションを売って一家で引っ越さなければならなくなったのは、お前のせいじゃないだろう。大体、お前はそのガキの親じゃないだろ。」


 楊はなぜか物凄く不満げな顔をしてぷいっと良純和尚から顔を逸らすと、再び焼き網にむかって肉を焼きだした。

 僕は楊から肉を貰いながら、楊の告白の中で死因も種族も分からないさとことさとみは、楊が助けようとして助けられなかったあんこの姉妹のような気がした。

 彼は自分が手を出したから野良猫の母親が産んだばかりの子猫を噛み殺したのだと、今でも落ち込んでいるのである。


 しかし、楊のお陰で生き残った最後の一匹、僕も抱き締めた鼠にしか見えない灰色の小さな子猫だったあんこを思い出し、僕は生還して以来初めて、楊に触れようと自分から手を伸ばしたのである。

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