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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
十九 ろくな提案しか出来ないならば、とりあえず肉を喰え
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だってかわちゃんざわざわ

 自宅に帰る前に焼肉屋に寄ることになった。

 病院には戻れないと急遽退院手続きを取ったのだが、手続その他をこなして疲れ切ったと、良純和尚が食事を作りたくないと言っての外食なのだ。


 焼肉なのは楊の提案だ。


 肉を食えば元気になるとの一言で焼肉屋に決まり、僕は提案した楊にどこまでもついて行こうと決心した。

 僕は野菜よりも肉が食べたい人間なのだ。


「本当に体は大丈夫なんだな。」


 楊は僕の受け皿に焼けたばかりのカルビ肉を放り込んだ。


「どこも痛くないです。」


 箸を持つ右手は醜い蜘蛛の痣が浮き出ているが、痛みが消えたどころか傷跡もなく、普通に動いて何の支障もない状態だ。


 良純和尚の風を受けた僕は体が軽くなったと喜んだが、楊が僕の身体検査をしてみれば、僕の右手の甲の怪我はもとより、折れていた肋骨も腹部の痛みも解消していた。


 ただし、その代わりに胸部から腹部にかけて三つの蜘蛛型の黒い痣が浮き出ている。

 痣は全て重症だった場所であり、折れた肋骨のあった胸部、砕けた中手骨のあった右手の甲、内臓が破裂しているはずだと開腹された腹部の手術痕があった場所、医者が確実に潰れていたはずだと首をかしげていた脾臓の位置なのだ。


 僕はその痣が、僕が死なない様に守っていた蜘蛛達のよすがなのだと思っている。

 彼らは僕を助けるためだけに僕に纏わりついていて、良純和尚の一喝によって僕の体から打ち祓われたのにちがいないのだ。


 僕は罪のない優しい彼らを利用だけして捨てた様なものだ。


「ほら、食え。」


 楊に焼けた赤ピーマンも皿に入れられてしまった。


「あぁ、野菜は嫌。」


「クロト、好き嫌いはいけないよって、あ。」


 山口の皿にも赤ピーマンが放りこまれていた。

 山口も僕と同じぐらいに野菜が嫌いな人だ。


「そんで、何?お前らちびの振りした死神に騙されて死ぬ死なない言い合っていたら百目鬼が無情にもちびを祓っちゃったと。わけわかんねぇ。この馬鹿間抜け。」


 楊は肉を焼きながら僕達に説明させて、時々叱る。

 山口と僕は小学生の子供の気分で、叱るお母さんから叱られながらもお肉を貰って食べていた。

 良純和尚は勝手にやっている。

 お父さん怖い。


「それでも、調べたら八人全員鬼籍ですからね。一クラス三十八名のクラスで、八年で八人も亡くなっているって、偶然にしては多すぎじゃないですか。あ、僕にロースを下さい。」


「自分で焼けよ。」


 言いながらも、ママ楊は山口の皿に焼けたばかりのロースを入れてやっていた。


「ちびのクラスにやんちゃ君が多かっただけだろ?十代後半から二十代前半って、死亡率がそれで高いのよ。それでちびは、うーん、あのさぁ。」


 左手で頭を掻いて言いにくそうにしている楊は、僕が彼に脅えていた理由を聞きたいのだろう。


「ごめんなさい。逃げちゃって。僕は脅えてて、あの、周りが見えなくなって、いたから。」


 楊へのすまなさにだんだんと声が先細り、言葉に合わせて僕の頭も下に向いてしまったが、僕はぴんと額を軽く弾かれて顔を上にあげた。

 弾いた男は少し悲しそうな表情が見える目で、それでも微笑を浮かべて僕を見つめており、そして僕と目が合うと彼は無言で僕の皿にロース肉を追加してくれた。


「あ、あの。」


「うん、気にするな。わかった、ごめん。俺こそ悪かった。お前は本当に酷い目に遭ったんだもんな。もう、いいよ。俺が悪い。」


 それでも僕は楊に申し訳ないと何か言葉を探したが見当たらず、助けを求めて良純和尚をチラッと見ると、彼はロックを飲みながらハラミを焼いており、僕達には一切合切関心を寄せていなかった。

 生臭坊主め。


「ちび、こっち向いて。」


 僕は彼に顔を向けたが、やはり、申し訳なさで視線は彼の顔には向かない。


「もういいんだよ。もうお前は俺から逃げないだろ。」


「……わかんない。だって、かわちゃんが来るとざわざわの音が物凄く大きくなるし。」


「まだまだ逃げる気かよ。何?いいから上を向けよ。その、ざわざわ?何ですか、それ。」


 楊は眉毛が一本になるほど眉根を寄せており、答えなければと思いながらも僕はやっぱり説明ができないと途方に暮れ、助けを求めて再び良純和尚を見つめた。

 彼は相も変わらず一人で肉を焼いており、今網に乗っているのは霜降り加減からいって高級和牛に違いない。


「その肉を下さい!」

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