僕を包むのは、白かった?
「クロト!」
ガシャン!
フェンスが軋る音と、山口が僕の名を呼ぶ悲鳴が重なった。
「クロト!大丈夫か!」
大丈夫と返せばいいだけなのに、僕は驚きだけで山口に返事をすることさえ頭が回っていなかった。
フェンスに叩きつけられた筈の僕の体にひとつも痛みが無いのは、僕を叩きつけたはずの蜘蛛達が僕のクッションになっているからだ。
「ははは。変異だ、変異だ。変異した。さぁ、これからが本番だ。さぁさぁ、僕を受け入れて!僕を君の中に入れて!」
僕の目の前には玄人の小学校時代の、きっとその頃には玄人がしたことのない狂気に満ちた興奮した顔があった。
彼は殺されたことを許せない。
僕を受け入れない両親は、子供が殺されたことを許せないからだ。
母親だったら尚更だ。
「だから母さんは僕をずっと苦しめてきたの、かな。思いきりたくても思いきれないのは、僕こそが存在していたから、かな。」
両親が玄人を完全に思いきってしまったのならば、まだ残る玄人の情念は僕が受け入れて昇華させるべきなのだ。
これから変わって僕でなくなるのならば、今、僕であるうちに終わりにするべきなのだ。
「わかった。同化しよう。君だけに世界を恨ませてごめんね。」
「クロト!駄目だって!」
僕は玄人に手を伸ばそうとして、伸ばせなかった。
その上、僕に呼応して僕に入ろうとした玄人さえ、全く身動きが取れなくなったのである。
僕は蜘蛛達によって身動きできなくされていたし、僕に玄人が入れないのは、蜘蛛を使おうとしていた彼には皮肉だろうが、蜘蛛達が僕を包む膜となっているからだった。
膜どころではない。
蜘蛛達こそ僕と同化しようと体の中に入り込んできたのだ。
右手の甲など、穴を塞ぐかのように傷口にまで入り込んでいる。
「僕に自殺させるくらいなら僕を乗っ取るっていう脅し?でも、あの玄人を消せないと人が次々死んじゃうんだよ?」
彼らは僕の説得など聞いてはいない。ざわざわと僕をフェンスに貼り付けて僕を隠して僕と同化しようとそればかりだ。
「クロト!」
山口は僕が観覧席からフェンスに叩きつけられるや僕の真下に駆け付けて、その時から必死に僕を蜘蛛の団子から掘り起こそうとしていたようだ。
蜘蛛達が彼にも見えるのか、彼は蜘蛛達を上手にかき分けていた。
そのうちに彼の手が僕の足首を掴むことができ、足首を掴まれた僕は彼が見ていた彼の映像が見えた。
「え?」
僕は真っ黒ではなく黒い沢山の棘を持った真っ白なお饅頭状態で、山口は白く細長い生き物の背中を掴んでは放り捨てている。
そして僕を語る死神には僕の顔などついていない。
違うの?
あれは玄人では無いの?
それどころか、どうして蜘蛛が白いの?
どうして黒饅頭のはずなのに、黒い棘が生えた白いドリアンのような形をしているの?
僕が見えている世界と本当の世界は違うことが多い。
僕はまた間違えてしまっているの?
フェンスに縛り付けられている僕は、茫然としたままプール場から見渡せる外の景色を無意識に見回しており、そこで、三階の音楽室の窓辺に白いものがいることに気が付いた。
あの男が窓辺に立って、僕を眺めていたのである。
そして、僕と目が合うと口元を何やら動かしだした。
音が聞こえなくとも、あの時の歌を歌っているのだと僕にはわかり、それが正しいという風に、僕の頭の中に、あの男が歌うあの時に聞いたあの歌が流れこんできたのだ。
「それはロシア民謡だよ」
教えてくれた山口が訳した歌詞が、頭の中で流れるあの男の歌と一緒に再生された。
おかあさん、わたしは赤いサラファンなど着ないから。
まだ子供のままで、この生活を手放したくはないの。
可愛いむすめ、いつまで小鳥のようにいるつもり。
世界はいつか色あせて退屈になるというのに。
「いやだぁああああ。」




