行こうか?
留守電録音音声どころか普通に応答しているふざけた男に、俺は目上だろうが恩義があろうが、それを吹き飛ばすぐらいの無礼な声を上げていた。
「ふざけんな。旅行中でもお前の大事な患者が行方不明なんだよ。相談ぐらい聞きやがれ。」
長々としたため息がスマートフォンから嫌見たらしく流れ、俺もはぁああと、大きなため息を流してやった。
俺が俊明和尚に引き取られてから出会った三厩は、人畜無害そうに見える小柄な男であるが、合気道道場の道場主でもあり、俗世を知るためにアルバイトをしろと俊明和尚に命令されて途方に暮れた俺に、雀の涙のアルバイト料で道場で雇ってやると恩を売ってきた男でもある。
雀の涙でこき使われたのだ。
思い返して考えてみれば、俺の方が奴への貸しがあるのではないだろうか。
「行方不明って、まだ独り歩きできる状態じゃないでしょう。」
「だから心配なんだよ。最近できた何でも言うことを聞く男友達と一緒に消えたんだ。いいからなんか心当たりを言え。俺は常識人でな、武本の非常識にも、あいつの過去にも疎いんだよ。」
電話の向こうはうーんとひとしきり唸り声をあげていたが、電話の向こうで「あなた。」と奴の女房の声が聞こえたと思ったら、早口で慌てたようにまくし立ててきたのだ。
「信頼できる付添人がいるなら大丈夫でしょ。すぐに戻ってくるでしょうよ。大丈夫大丈夫。あ、伊都子も君によろしくだって。じゃあね。」
そして、ぶつっと切りやがったのだ。
あいつは!
「大丈夫で済ませられるかこん野郎!お前は心配こつせんのかよ!」
電話を切った年長の男に怒り心頭の俺は、気が付けば過去に捨てた言葉で怒鳴っていた。
玄人を見失って意気消沈していたはずの楊は、先ほどまでの心配顔を消して面白がる顔を俺に見せており、あろうことか、笑いをこらえている様子さえあるのだ。
俺は畜生と、適当な円座の椅子を引き寄せると、ベッドに座る楊の真正面になるようにそこにドカリと腰を下ろした。
次に俺が楊を見返した時、楊の顔は俺の次の言葉を知っているようであった。
「お前が知っている玄人の過去を俺にも教えてくれ。」
やはりと俺が思っていた通りに、楊は俺の言葉を普通に受け取り、あまつさえ俺に注文さえ付けてきた。
「お前がどこまで知っているかを教えてくれるか?無駄な情報はいらないだろ。」
「面倒だな。時間が無いし、聞きたい事は一つだけだ。記憶喪失になった事件だ。十二歳のガキのあいつは、どこで、どんなふうに殺されたんだ。」
楊の瞳孔は一瞬開き、それが俺が聞くであろうと彼が考えていた事では無かったという証拠なのか、それとも俺が知らな過ぎるという純粋な驚きなのか知らないが、彼は俺から目を逸らすと自分の膝頭の方へと視線を落とした。
「そんなにひどいのか。」
「もっとひどいいじめによる殺人は沢山あるよ。たださ、俺は考えるんだ。プールの底に同級生達に寄ってたかって沈まされる恐怖と苦しみってどんなものかなって。誰にも助けられずに、助けられるどころかクラス全員に嘲笑されながら殺されるって、どんなに辛いかなって。あいつはどうして誰のことも憎まないんだろう。恨むこともできないほど恐怖に脅えているんだろうかってね。」
「ところどころが具体的だな。そこはお前の想像か?」
「はは。違う。山口から聞いたんだよ。知っている?あいつはちびに触れると、ちびの見たものが見えるんだってさ。ちびが殺された時の映像も、ちびが見ていたらしき幻覚まで見えたと、落ち込む俺に教えてくれたんだよ。心配いりませんよ、かわさん。クロトは不思議な男がかわさんに変化する幻覚を見ただけですって。」
「いこうか。」
「え?」
「その現場に行ってみようか。俺はね、共感力が無いからさ、お前らみたいに一を聞いて十を知るって出来ないんだよ。聞くだけじゃなくてね、実際に眼にして自分で想像しないとわからないんだよ。クロだってそうだ。」