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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
一 それ見つかったらアウトです会開催中
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お金の話は人前でしてはいけません

 葉子も祖母を知っているからか、信じられないと首を振りながら僕に相槌を打っていた。

 周囲の静けさに気が付くと、男達も僕の祖母に畏怖を感じているのか、しんとしてしまっていたのである。

 僕は箸が進まない。


「どうした?何か気になることがあるのか?」


 優しそうな笑顔で相談役和尚に声を掛けられたが、心配そうな口調でもなく色素の薄い目を金色に煌めかせている所を見ると、僕にかこつけて祖母に近付きたい下世話な考えがアリアリである。

 それでも僕は彼に恐れを話した。

 彼は僕の恐れる世界そのものから僕を守ってくれる人でもあるのだ。


「どうしましょう。男の子が復活したら、次は見合いでしょう!」


「ないない。」

「それは絶対に無い。」


 葉子をはじめ部屋の人達が一斉に否定して笑い声を上げた丁度その時、部屋に入って来た男がいた。

 五百旗頭警視である。

 名前の通り県警本部の交通部の機動隊三隊、数百人の隊員を束ねる伝説の男だ。

 彼は未だに白バイ制服を脱がずに現場に立つが、「いっちゃん」と呼んで彼を慕う楊によると、気に入らないとバイクに乗って消えてしまう伝説の人だからだそうだ。

 彼は色黒で大柄でレイバンの似合う野性的な、格好の良い四十五歳である。


 だがしかし、バイク用のブーツを脱ぎ捨てての靴下姿で現れた男の足元は、この部屋にいる男達全員が受けた洗礼の証が輝いている。

 葉子の悪戯らしく、スリッパが可愛らしいアヒル足なのだ。

 イヤ、視界の隅で楊が体を震わせて笑いを堪えている辺り、楊発案のお遊びに違いない。

 そして絶対に彼はその悪戯に乗った葉子に、「愛しているよ。」と囁いたことだろう。


 彼の声は若かりし葉子が愛して、そして殉死してしまった佐藤さとう雅敏まさとしと同じ声らしい。

 葉子はその愛しい声による囁きを聞くためには、楊の言うことを何でも聞く。


「お前ら、先に食いやがって。偉いのが来るまで待てないのかよ。」


「いっちゃん、この部屋で一番偉いのは葉子さんでしょ。」


 手をひらひらさせて答える楊に、五百旗頭は右腕をぐっと持ち上げて、警察官にあるまじきジェスチャーで返した。

 場は男達の低い感嘆の「おおー。」という声が響き、僕は男達の子供のような振る舞いに笑いを堪えながら、後れて到着した一番偉くて暴虐無人な彼に高級弁当を差し出した。


「どうぞ。」

「すまないね。」


 彼は強面の顔を温かい笑顔に変えてホクホクと受け取ると、手下二人をソファからずいっと押しやった。

 そして、全員に振舞えたとホッとする僕の目の前で、偉そうにソファの中心にドカリと座ったのである。

 勿論、彼の手下とは楊と坂下だ。


 手下の位で低い方の楊は五百旗頭に追いやられ、不貞腐れた顔でソファ下の床に座り直している。

 アヒル足の足先姿で胡坐に膝弁姿がマヌケこの上ない。

 葉子の姿が消えたと思ったら、五百旗頭用のお茶を淹れに行く振りをして、キッチンからそんなマヌケ姿の楊の写真をスマートフォンで撮影していた。

 彼女はれっきとした楊のストーカーなのである。


 居間は楽しい笑い声と掛け合いの声でさざめき、僕は集団の楽しさに埋没できた幸運に浸っていた。

 そして、温かい気持ちのまま自分の弁当に箸を伸ばした時に、僕のスマートフォンが卓上の弁当の脇で震えた。


 お祖母ちゃんだ、と、手を伸ばして電話に出るが、つい怖々としてしまうのは小柄で雛人形のような美しい祖母が、武本家では最凶の人間であるからであろう。


「はい、玄人です。」


 恐る恐る電話に出た僕の顔は、きっとわかり易い位の変化を見せていたはずだ。

 何しろ、僕自身が電話の向こうの祖母を抱きしめてキスしたいほどに、彼女への印象が変わってしまったのである。


「……ほんとう?いいの?ありがとう、おばあちゃん。」


 僕の電話の相手に凄く興味を持っている良純和尚が、電話を切った途端に尋ねて来た。


「どうした?」


「おばあちゃんが、弁当代だってお小遣いをくれました。それから皆さんによろしくって。」


 喜ぶ僕に良純和尚がにっこりと微笑んで、下世話な質問を投げてきた。


「いくら貰ったんだ。」


 和尚の癖に僕が貰ったお小遣いの額を聞きたがるとは!

 なんて下世話だ!

 答える必要もないと思ったが、葉子を含め皆が僕をじっと見ている。

 答えなきゃ駄目?


 僕は「人前でお金の事を口にしちゃいけない。」と祖母に躾けられた事を破って、人前で「お小遣いを貰った。」と喜んだ自分を大いに恥じた。


「あの、三十万も貰っちゃいました。」


「ちょっと、微妙というか、普通?いや、多いと思うけど、お前の祖母ちゃんの規模を考えると桁がちがくねぇ?」


 ぼそぼそと答えた僕に、すかさず楊が突っ込みを入れてきた。


「え、凄く大金じゃないですか。三十万もあれば、三年以上はお小遣いに心配しないで過ごせます。おばあちゃん、ありがとうですよ。」


「君、本当に感覚普通だよね。いや、普通よりもちょっと貧乏臭いくらい。まさか、十両で一年暮らせる江戸時代の人?」


 楊の代りに楊よりも酷いツッコミを入れてきたのは、厚顔な坂下だった。

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