僕
僕の祖母、僕を老けさせて僕よりも小柄にした外見に派手な着物を纏った雛人形のような彼女は、実姉である広子とそっくりな気性を持っている。
活動的で、狭い所に閉じ込められる事が大嫌いで、騒々しく大騒ぎするのが大好きな元気いっぱいの人なのだ。
そんな彼女が僕の暴行について自分のせいだと泣き崩れ、泣きすぎて過呼吸を起こして倒れ、意識を取り戻した時には体が重いと起き上がれなくなったのである。
僕は病院に頼んで僕のベッドの真横に祖母のベッド入れて貰い、幼い頃からしたことのない祖母と手をつないで眠るという行為を、二十歳になって初めて経験したのである。
彼女の手は僕の手よりも当たり前だが小さく、頼りなく、しかし、彼女は僕に手を握られて安心し、僕が咲子を安心させたのは初めてだと少々の感動とともに翌朝を迎えたのに、元気になった咲子はいつもの鬼婆でしかなかった。
起き上がれなかったけれど。
違う。
起き上がらなかったのだ、あの婆は。
彼女は僕の隣に横になって僕を独占して、僕の世話に毎日病室に姿を現す良純和尚に自分も介助してもらおうと目を爛々と輝かせて、その彼女の思惑通りにさせていたのだ。
ねえ、おトイレの傍まで私を支えてくれるかしら?
ベッドから私を起こしてくれないかしら?
私に葡萄を食べさせてくださる?
良純和尚はそんな咲子に嫌がる素振りなど一切見せず、それどころか咲子を堕とす事を決意したドンファンのように、見ている僕が二人を引き離したくなるほどの優しい手つきと眼差しで、体が動かないと叫ぶ咲子を抱き上げたり身を起こさせたりと咲子に尽くしていたのである。
本当に動けない僕が、「トイレ!」と叫んで動いてしまい、その日から介助が必要でも、トイレまで歩くというリハビリをする羽目になったのは咲子の責任だ。
それまでは動けないからと採尿されていたのだから、咲子様々なのかもしれないが。
「ねえ広ばあちゃん、最高のエステティシャンをお祖母ちゃんから奪っちゃうってどう?お祖母ちゃんを元気にしたエステティシャンを、僕は紹介できるよ。」
「え、ちょっと。クロ!」
葉山の慌てた声に広子は彼に振り返り、咲子の顛末を彼女も知っていたのか、広子はそれはもう嬉しそうな顔でにやりと笑った。
「咲子があまりの気持ち良さに仮病を忘れたって言う魔法の手を持っていた施術師は、あなたの知り合いだったの?」
「知り合いも何も、友君のママだよ、広ばあちゃん。」
良純和尚が葉山に咲子の事を伝えたのか、僕達にも初対面の葉山真希江は、僕の見舞いという名目で僕の病室に現れたのだ。
服装は質素だが着こなしが上品な人で、美人というわけではないが涼やかな雰囲気が人を落ち着かせるという、葉山の母と言う言葉がしっくりとくる、そんな素敵な女性であった。
「お祖母ちゃんは真希江さんのマッサージで十歳は若返ったと喜んでいたね。」
広子はぐるんと僕に振り向くと、咲子の姉らしい悪辣な微笑みを顔に浮かべた。
「いいわね。あの日以来咲子は彼女を手放さないようだし、私と船に乗って世界を巡らないかと彼女を引き抜くのは楽しそうね。」
仲の良い彼女達は張り合って遊んでいる。
独特の悪辣さで張り合うので、周囲の人間が彼女達の仲が悪いのかと誤解する時もあるが、それが彼女達の愛情表現で、人と混じれない彼女達の気性ではそれが仲良くする一番の方法なのかもしれない。
広子が祖母が僕の隣にいた時に病室に来なかったのは、僕の体調を考えて、僕の前で姉妹喧嘩さながらの邂逅を見せたくなかったからかもしれない。
僕は騒々しすぎて煩くて苦手な広子でもあるが、それでも僕を想ってくれる僕も大好きな彼女だと左手を彼女の方に伸ばした。
彼女は僕の手を掴むべく嬉しそうに僕のベッドに近寄り、その手を優しくつかむと僕の横に腰を掛けた。
「玄人、久しぶりの私の外見が太って変わってしまって驚いたでしょうけど、これは年を重ねれば当たり前の事なのよ。痩せていなければ広子ばあちゃんじゃないとあなたは考える?あなたを愛している私はあなたには変わってしまったかしら?」
「広ばあちゃんはどんな姿でも僕の広ばあちゃんだよ。僕につけた変な名前は僕は受け入れられないけれど。」
広子の手は温かく、彼女の手は太ったからこそか柔らかく、僕は彼女の温かい肩に頭を持たれかけさせた。
「あら。あなたは玄人という名前でなくとも、何度生まれ変わっても玄人なのよ。忘れないで。あなたが自分を玄人だと考えている限り、あなたがどんな姿になろうとも私達の大事な玄人なのよ。」
「あぁ、おばあちゃん。」
玄人じゃないと思いながら玄人の振りをしている僕は、一体何者なのだろう。




