我の不徳といたすところ
髙はため息をつきながら、社長室と言うよりも夢見がちな青年の書斎と言った方がいい室内を見回した。
大きめのカーブのある重厚な机と黒皮の座りやすそうな大型の椅子。
下に敷かれた絨毯は、淡いベージュ色だが毛足がとても長いものだ。
彼は書斎机の右横に置かれている応接セットに誘導され、部屋の主に勧められるままひじ掛けのある一人用のソファに腰を下ろした。
応接セットは深い色合いの木部に黒皮が貼ってあるという書斎机セットと色合いが同じだが、書斎机セットと違ってモダンな足のないものである。
書斎机はイギリスの貴族の部屋にありそうな程少々レトロに思えるのは、机の上に置いてある瓶詰の帆船と地球儀と言う組み合わせによるものだろうか。
「こんな毛足の絨毯は初めてですよ。」
「フランスから取り寄せました。武本物産に頼んだら買い付けはしてくれたのに、運ぶのは自分でしろって放り投げられた物です。酷いですよね。どうせ運ぶのは長柄運送だからいいでしょうって。」
如才なく頭を掻きながら笑う社長であるが、彼の頭部は乱暴に刈り上げたらしきところどころ血のにじむ坊主頭であり、かなり憔悴している目元から、髙は罪悪感だけで自分で頭を刈り上げたのだろうと考えた。
そして、長柄運送の子会社である長柄警備が武本物産と親しい付き合いをしているという事を強調する彼の言葉は、その関係も終わりになるほど追い詰められているのだと告白しているも同然だった。
「今回の立松警備の武本玄人誘拐事件は、あなたが教唆したものではないと本当に言い切れますか。」
博多人形のような顔をした若社長は完全に打ちひしがれており、髙は遠回しに話をするよりも直球を投げた方が良いと判断したのであり、それは正解であった。
「はい。僕がクロちゃ、玄人君を危険に晒すことはありません。しかし、僕の不徳といたす行為によって、あぁ、彼が、彼があのような目に遭ったのは言い訳も何もできません。」
「では、玄人君のマンションにおいてのエントランス及び共有部分の落書きは、あなたが今井翔ほか二名にさせたものではないと。今井達が落書きしている時にこの男が近くにいたという証言があります。」
髙は武本のマンション住人が隠し撮りした画像をプリントした写真を、長柄裕也に差し出した。
訝し気な顔で写真を受け取った彼は、写真に目を落として、そのまま驚愕の表情を顔に浮かべた。
「あなたはご存じのようですね。」
「はい。行方不明だった南部圭祐です。どうして。無事だったのならば、どうして戻って来なかったんだ。」
「拷問された時の後遺症でしょう。」
「彼はどこです。僕の社員です。後遺症を抱えているのならば、僕が彼の生活をサポートします。どこですか?彼は今はどこにいますか?」
髙は少々驚いてもいた。
裕也の大事な武本を囮にしたも同然の裏切り行為をした社員に対して、恨み言どころか、その身を案じているのである。
これが百目鬼がため息をしながら「武本家は馬鹿ばかり」という、武本親族共通の人となりなのだろうかと考えた。
「どこですか?圭祐は高校時代からの友人なんです。あいつがこれを計画したのならば納得です。あいつは僕がクロちゃんと逢えないと嘆くから、クロちゃんを危険な状態にしたのでしょう。たぶん、僕への復讐もあるのでしょうけど。」
「復讐とは?」
「あいつの婚約者の父親である安藤礼文を、僕が八年前にリストラしました。その後安藤は立松警備に転職しましたが、そのせいで立松誠に娘共々殺される事になったのです。」
殺された安藤家の調べはとうについている髙には、八年前というセリフで、安藤家の父親がリストラされる羽目となったのは、里桜の妹である夕映子が武本玄人をプールに沈めた同級生の一人であったからだろうと考えた。
「全部、俺が招いた事です。」
2021/10/9 安藤里桜の父の名前を貴浩から礼文に変更しました。
重要人物と名前が被るということで。