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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
一 それ見つかったらアウトです会開催中
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僕はもうびっくりだよ?

 楊は逆セクハラで傷ついた心に、さらに追い打ちを受けたのだという。

 楊の家に潜り込んで死んだ猫の赤子を彼は育てていたのだが、ようやく子猫の目が開いてパパと紹介できるというその時に祖母にその子を奪われたのである。


 ロシア文学の教授である楊千代子には、ロシアンブルーの子猫は可愛い孫から奪うに値するほどのものなのだろう。

 子猫を奪われ落ち込む楊のためにと僕は「花房」の弁当を強請られ、なぜか楊班全員に奢ることになり、それだけでなく、気が付けば楊班ではない三人も追加されていた。


 追加の三人とは、当り前だが隠れ食いの場所を提供してくれた葉子に、そして、まだ来ていない五百旗頭いおきべ竜也たつや警視と、当り前のように楊班の一人どころか大将のようにして弁当を食べている警備部の坂下さかした克己かつみ警部である。


 坂下は軍人のような颯爽とした立ち居振る舞いをする格好いい人であるが、厚顔と好漢な顔を併せ持つ人物でもあり、今回は厚顔を発揮しての参加だ。


「お前の咲子祖母ちゃんがハナフサフードグループの令嬢で、現在の総帥の妹だったなんてねぇ、すごいよな。」


 傷心の筈の楊は、意外と元気そうであり、とても下品そうに箸を振り上げた。


「内緒だったのに、みんなが知っているのもすごいです。」


 僕は嫌味も込めて刑事達に紛れて舌鼓を打っている僕の相談役を睨んだが、彼は金色の瞳を煌めかせて微笑み返すだけでどこ吹く風だ。

 あんな素晴らしい葬儀を執り行った聖人は、意外と下世話な悪の魔王でもあるのだ。


「バカお前。お前の祖母ばあちゃんが孫をよろしくって、手当たり次第に粗品じゃなくて試供品と書かれた花房の干菓子を配ってうちの署内を歩いていたのを知らんのか。」


 うわ、完全に濡れ衣だった模様だ。


「あぁ、知らなかった。僕には誰にも言うなと躾けていた癖に!」


 両手で顔を覆って嘆く僕に、周囲は少々小馬鹿にしたような笑い声の洪水をプレゼントしてくれた。

 僕を対等な相手と構ってくれるのは嬉しいが、なんとなく、この間までの壊れ物を扱うような扱いの方が僕は好みだったかもしれない。


「君が武本の名前を使うくらい回復してくれたって、有頂天だったのだから仕方が無いね。本部長までも招待した、横浜港で打ち上げた君の復活祝いパーティを知っている?」


 楊より三つ年上の坂下は、今度は好漢を前面に押し出してきた。

 彼は楊が以前所属していた警備部時代の同僚で上司で、楊と同じ警備部に移動する前は交通部の交通機動隊の小隊長でもあったというから、こうして人心を掴んできたのだろう。


「知りません。あの人は僕に関係のない人です!」


「あ、あれはそういうパーティでしたか。花火まで打ち上げて金持ちが大騒ぎしていたって噂の。いいですね。俺も参加してみたいですよ。」


 葉山が合いの手を入れたのだが、葉子は参加していたらしくぐったりとソファに寄りかかると低い声を出した。


「あれは悪夢のような派手なものだったわ。」


 武本咲子はサロメの生まれ変わりだと有名な女でもあるのだ。


「そういえば、葉子さんは祖母と面識があったのですね。」


 僕が意識不明になった時、祖母に連絡を取って呼び寄せたのは葉子であるのだ。


「女学校の先輩後輩よ。あの人は怖い先輩でね。いつも物凄い取り巻きを引き連れていて。でもね、鈴子がお腹にいる時に私の周りには誰もいなくなったのに、私と付き合いのない咲子さんがある日突然尋ねてきてね。旅行しながら楽しんで船で生めばいいのよって船のチケットを渡されて、気がついたら乗せられちゃってたのよ、船に。」


 祖母の若かりし頃の振る舞いに、僕は心底怯えた。

 夏の法事はどうしよう。


「今はお付き合いがないのですか?最初は玄人君の事もご存知ないようでしたし。」


 坂下が僕の聞きたい事を尋ねたが、葉子は鼻で笑って返した。


「先輩だって言ったでしょ。一年後に日本に戻ってきて礼をしに行ったら、卒業していた彼女はとっくに実家を飛び出していて、自分を花房と知っている人達と一切縁を切っちゃっていたのよ。」


「どうしてですか?」


 僕の親戚の話題に最近食いつきの良い、人でなしの良純和尚が聞き返すと、葉子は僕を見てふふんと笑った。


「玄人のおじいちゃんが、身分違いだから嫌って、ウチは普通の家だから同じくらいの人じゃないと僕も相手も幸せになれないって彼女に言ったかららしいわよ。武本物産の武本たけもと蔵人くろうどさんが咲子さんの夫だったなんて、玄人に聞くまで私も知らなかったもの。徹底しているわよね。それに、私も久々に会って吃驚よ。あの人が、玄人をお願いします、なんて愁傷に私に頭を下げるのだもの。」


 吃驚したのは僕だ。


「おばあちゃんが頭を下げた?うそ!あの絶対に誰にも頭を下げない人が!」

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