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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
十一 生き埋めにはもうできないさ
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引導どころか、手もまだ合わせてはいない

 俺がこの説教部屋で玄人を見つけた時、彼は部屋の隅に転がされていた。

 揺すっても、声をかけても反応しない彼は、家畜の血抜きのように喉を切り裂かれていて、血と汚水で全身を濡れそぼらせた薄汚れた襤褸切れでしかなかったのだ。


 一目でわかる遺体に、俺は何度声をかけて体を揺すったというのか。

 半裸の彼にせめてもと、アルミの毛布を巻き付けたのはこの俺なのである。


「そうですね。仕返しは後でもいいから、とにかく急いで彼を病院に連れて行ってあげるべきですね。体と手の傷がとにかく酷い。畜生。」


「え?」


 俺は山口の玄人の死を認めない姿に違和感を感じていた。

 同性愛者と公言する彼は玄人への愛情を隠していないが、玄人の死を認められないほど混乱してしまったのだろうか。

 以前に玄人が死にかけた際は、彼は自殺を試みた位だ。


 確かに俺が玄人の元へ戻った先程から、山口が玄人を生きているかのように介助して床に横たえていた姿を俺は見せつけられているのだが。

 俺は何か見逃したのかと自然と足が玄人へと向かい、横たわる彼を見下ろした。


 山口の着ていた黒いシャツを半身に掛けられた彼は、暴行を受けた体を隠している代わりに美しい顔と美しくすんなりとした長い足を俺の目にさらしている。

 光の加減か、前回の誘拐で殴られた顔の傷跡も、暴行を受けた胴体の赤黒い痣も見えないからか、意識のない彼の顔は、普通に転寝をしているような、安らかな死に顔だった。


「仕返しなんざ、もういいよ。お前はそんな顔だな。」


「百目鬼さん?」


 僧侶のくせに彼の死に際して経も上げてやれなかったと後悔が湧きだし、せめて手だけでも合わせようとしゃがんだ。

 手を合わせようとしても手が合わせられずに震えており、そこでようやく俺は彼が死んだという事実から自分が逃げたいからと離れていたのだと思い知ったのである。


 玄人のお陰で僧としての道の拓けた俺でありながら、玄人の最後の言葉を聞いてやることも、大丈夫だと安心もさせることもできなかったと、死んでしまった彼の傍から離れていたのだ。


 拷問を受けた彼の苦痛の残滓の傍に、俺はいられなかったのだ。


 自分の卑怯さ情けなさ加減に反吐を吐きながら、玄人の胸に手を置いた。

 すると、俺の手の圧力によってかシャツが捲れて首元をさらけだし、傷一つない白い喉元を俺に見せつけたのである。

 信じられない思いで、俺は手を鳩尾まで下げ、そして腹も押した。


 俺が彼の所を離れたのは、半裸の冷たく濡れた襤褸切れのようになってしまった体に何の鼓動も感じられないどころか、抱き上げればぐにゃりとした感触で、彼が内臓までも破壊されていた事を思い知ったからだ。

 その腹が今や弾力を取り戻し、胸は肋骨が何本か折れているようであるが、その中で確かに規則的に打っている鼓動を感じられるのだ。


 ふ、ふふ、と自然に体を震わせて、山口が俺に向けたのとは違う笑いが溢れ出てきた。


「お前。こいつがなかなか生き埋めにされないのはどうしてだと思う?」


 しゃがんだまま振り向いて俺は山口を見返すと、俺の言葉に山口が目を見開き、彼の猫のような瞳の中で瞳孔が開いたのが見て取れた。


「あなたが既に全員を潰したのですね。」


「警察も呼んだ。ここの管轄の警察が来る前にここを出るぞ。」


 山口はひらりと俺の脇に体を降ろすと、これ以上ないくらい玄人を優しく抱き上げた。

 男が男を「お姫様抱っこ」をする光景に脱力はしたが、俺はどうでもいいとさっさと立ち上がった。

 それから山口が放った毛布を残してはいけないと拾い上げ、代わりに山口に見せつけた銃を適当に放り捨てた。


「駐車場に行くぞ。」


 山口を従えて駐車場に出ると、そこで先に見つけておいた足に向かい、その車に先に乗り込むと運転席のドアを山口へと開けたのである。


「この車は?」


「二代目の大事にしているアルファロメオだ。お前も乗り込んでさっさと運転しろ。最後のお楽しみくらいはお前にくれてやるさ。」


 助手席の俺が車の前に立つ山口にキーを投げると、玄人を落とさないように彼は上手にキャッチした。

 目を輝かせた彼は、ひゅうと下手糞な口笛を吹いた。

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