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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
十一 生き埋めにはもうできないさ
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もっと早く駆け付けていたら

 山口は抱き締めていた意識のない玄人の体を優しく横たえると、着ていた自分のシャツを脱ぎ、それを布団のようにして彼の体をできうる限り覆い隠そうとした。


 玄人は下半身は何も着ていない状態で、Tシャツも引き裂かれて垂れ下がり、ボタンが引きちぎられたシャツも体を隠すどころか体に纏わりついているだけの布切れ状態であるのだ。


 そんな状態の玄人は銀色のアルミ毛布に包まれていたはずだが、山口はその毛布を剥ぎ取り、さらにできる限り遠くに毛布を放ってしまった。

 この山口の行為は、立松の物を一切玄人に近づけたくない、という彼の意思なのであろう。


 山口は毛布を剥ぎ取って玄人の姿を目にしてから、ずっと玄人を抱きあげて抱き締めていた。

 だが、ようやく下に降ろした今でも、玄人の髪や頬を手の甲で愛おしそうに撫で上げ続けるだけだ。


「本当にごめんね。遅くなって。直ぐだから、待っていて。」


 瞼を閉じている玄人に、彼は玄人が起きて聞いているかのように謝り、そっと額に口付けまでもをしている。

 それだけに終わらず、彼は玄人の鼻の付け根にまで唇を寄せたのだ。

 次は唇だろうと確実に理解した俺は、山口と言う男が実行に移す前に声をかけていた。


「さっさと行動をしようか。」


 この愁嘆場真っ最中の男は、ばっと勢いよく屈んだ姿のまま振り返り、声を掛けた俺に場にそぐわないほどの間抜け顔をさらした。


「百目鬼さん。どうしてここに。それでその姿は?」


 吃驚しただろう。

 俺の登場にもそうだろうが、俺の服装はここの警部会社の制服だ。


「自宅に帰るっていうクロの馬鹿メールでね。この制服は先に立松に潜入していた裕也が貸してくれたものだ。君こそどうした?」


 簡単に説明すると山口はクスクス笑う。

 作ったようなクスクス笑い。


「僕もそんな所です。自宅に帰りますってメールを貰いましてね、少々不安でクロトが家に辿り着くまで尾行してたのです。まさかマンション前で堂々と誘拐されるとは想定外ですよ。自分から車に乗り込んだ玄人君にも驚きですけどね。」


 俺は無線機用のホルスターから、銃を取り出して山口に見せつけた。


「これが立松警備幹部の通常携帯品なんだそうだ。」


「……なるほど。それも、ニューナンブですか、畜生。」


 悔しさに顔を歪めた山口の顔は、先程までの仮面がすっかり剥がれていた。

 憎しみに歪んだ、人殺しだって出来る程に怒りを露わにした顔だ。

 彼は遠くから見守るのではなく、玄人の隣を歩けば良かったのだと、自分自身を呪っているのだろう。


 今の俺のように。


 人に預けるのではなく、常に俺の後ろに隠しておけば良かったのだ。


「君はよくここがわかったね。」


「はは、当たり前でしょう。僕は元は公安ですし。」


 警備会社は警察官の天下り先も多いが、暴力団関係の天下り先の所もあるそうだ。

 そんな所は違法銃器の隠し場所も手配しやすいため、時々公安が入って調査をしているという。


「立松は親父の代はまだ真っ当だったのですがね、二代目はいけませんね。社員は彼のお友達のチンピラあがりで、説教部屋なんてものもある。」


 そこで山口は笑い顔のまま殺気立った。

 玄人が拷問を受けていたシャワールームのようなこの部屋は、山口が語った説教部屋という名のただの拷問部屋であるからだ。


 防音を施した厚いコンクリートの壁には、撥水加工されたユニットバス用の素材が貼り付けてある。

 床も排水処理がしやすそうな床材が貼られており、シャワーが一個しかないだだっ広いシャワールームにしか見えない。


 笑えるのが、シャワールームには不必要な大型のディスポ―サーが、全ての排水溝に設置されている事だ。

 立松が刻んだ被害者の一部は、ディスポ―サーで粉々にされた後に水と一緒に下水に流されていたのだろう。


「山口君。君がクロを背負ってくれ。急いでここを出る。」


 彼は俺を見返し、信じられないという顔をした。


「クルーズパーティの話は聞きましたよ。手当たり次第に暴れまわったって。あいつらはクロトをこんなに痛めつけておいて、更にクロトを生き埋めにするつもりだ。そんな奴らはきっちり潰しておかないと。」


「生き埋めになんてできないだろう。」


 玄人は既に死んでいるのだ。

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