お前を失うならば
「立松をあげる証拠もないし、死体遺棄現場も立松の所有する埋め立て地だもの。証拠も無くて警察が掘り返せるわけ無いでしょう。僕がそこに死体があると考えているだけだもの、無理。」
「お前も見える人間なのか。」
「見えたらいいね、クロちゃんみたいに。うちの社員の一人がある日行方不明になってね、徹底的に捜索したの。うちの社員章にはマイクロチップが入っているんだけどね、微力な電子信号が最後に消えたのが立松の埋め立て地だったんだ。そこから安藤家の失踪も浮上したってだけ。半年経っても五人もの人間が音信不通だからさ、彼らはもう死んでいるのかなって。うん、彼らの生死に関しては推測でしかない。安藤家は確実に死んでいるんだろうって確信しているけれどさ、マネキンは四体でしょう。あと一人、俺の社員だったあと一人。埋まっているのがバッジだけだったら、うん、いいね。」
裕也は大きく息を吐くと、自分も服を脱ぎだして立松警備の制服を纏い、そして再びツールボックスに手を入れると、銃と警棒を俺に放った。
手に取った警棒を脇に挟み、リボルバー式の小銃の弾倉を引き出した。
「おい、警棒はともかく本物の銃は違法だろ。お前は銃の密輸までしているのか!」
「密輸じゃないし、それは国産の警察官御用達だったニューナンブっていう奴。その銃は立松の物。製造中止して新しい銃に切り替える時の廃棄処分品から六丁流れてしまってね、立松がそのうちの三丁をせしめたと聞いている。」
「三丁のうち二丁もお前がくすねられるならね、あんなオブジェなど作らずに小細工しないで立松を警察に情報を売ればよかったじゃねぇか。」
裕也は笑顔のまま何も答えず、俺は裕也の会社は彼が起こしたのではなく、彼の祖父が立ち上げた事を思い出した。
「この二丁は長柄が捨てたくても捨てられなかった遺産なんだな。ついでに立松に捨てて、立松が三丁隠していたって罪をも擦り付けるのか。違うって奴らが言えないほど痛めつけた上でね。」
「うん、そう。それから、その警棒は立松独自のもの。その警棒はアメリカの牛追い棒を改良した凶悪なスタンガンで、これから対峙する相手の携帯品だよ。それを日常的に人に対して使っている奴らに、身をもって威力を知らしめてあげたいね。」
俺は小銃をインカム用のホルスターに片付けると、警棒を引き出した。
そして警棒を二度三度振って使い勝手を確認しているように見せかけながら、モニターに映る目的地までの車の動きを追っていた。
「あいつらの本拠地は、もしかして五年前に潰れたワンタン屋の工場か。」
「そう。研修施設として改装した、立松の処刑場及び死体の処理工場。」
「そうか。」
俺はモニターに引き寄せられるように一歩を踏み出し、そして、裕也をスタンガンの警棒で打ち据えた。
彼は悲鳴を上げることもなくツールボックスに突っ伏した。
俺は彼の開けていたツールボックスから彼が使用しようとしていただろう銃を取り上げると、それをズボンの腰に差し込んだ。
「アルミの毛布も持っていくかな。」
その数十秒後に、俺が気絶した裕也を人質に運転席に止まるように指示を出すこともなく、車は目的地の百メートルほど手前で止まったので、俺は後部ハッチを開けると一人で車外に飛び出た。
「あれ、あの、うちの社長は?」
運転席の男は後部から俺と一緒に裕也が出てこなかったと訝り、車から降りようとしたので俺は彼に裕也から渡されていた銃を向けながら、運転手を運転席に押し込めた。
「あの、あなたは社長に何を。」
「うん?彼は君達の大事な社長でしょう。俺の事情にこれ以上巻き込みたくは無いからね。このまま本社に戻りなさい。馬鹿な社長に付き合って、君達の大事な会社を台無しにする必要は無いでしょう。今日の所はね。」
「では、俺だけでも一緒に行きますよ。一人では危ないですって、あそこは。」
「頼むよ。俺には目撃者も共犯者もいらないんだよ。」
「あなたは!」
警備会社の社員らしく頑固で義理堅そうな男が俺に根負けして立ち去るまで、俺は無言で運転席の男に銃を構え続け、車がようやく俺を見捨てて走り出すと、視線を遠くに見える工場を移してそこを見つめた。
「危なくっても平気。」
もしも玄人が殺されでもしていたら、俺は人殺しになるだろうなと確信しているのだ。
「普通さ、僧侶が人になれと師に言われたら、それは坊主をやめて還俗しろという事だろ。」
昔に俺が玄人に尋ねた言葉を、俺はなぜか呟いていており、それに呼応するように俺の頭の中で玄人の声であの日のセリフが再現された。
「あなたは時々鬼になりますから。」
「そうだな。俺はこれから鬼に戻るよ。」