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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
九 僕には何もわからない この先の事も
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終わりのない中で望むものは暗転

 テーブルに押し付けられた青年の左手には、小指と中指が見当たらず、残っているのは親指と人差し指と薬指だった。

 しかし、手の指は強かに踏みつぶされていたのか、赤黒く膨れていて、薬指に嵌っている銀色の婚約指輪だけが鈍く光っている。

 結婚指輪では無い。

 だって、かわちゃんが梨々子としているような、ペアリングでしかないのだもの。

 僕は自分の左手の薬指を見つめた。


「ふ、ふふふふふ。」


 乾いた笑いしか出なかった。

 すでに左手の薬指など無い。

 そうだ、とっくに切り取られて、そして、彼に食べさせられたのだ。

 そして、次は僕が彼の指を食べる番なのだ。


 立松は彼から切り取った指を、彼の目の前でクリームまみれにして喜んでいるのである。


「さぁ、君の恋人の指だ。食べてあげよう。彼は君の指を食べたよ。指輪付きの君の薬指。ハハハ、でも君には別の指だ。お前らに指輪交換などさせるものか!俺を馬鹿にしやがって!」


 口をしっかりと閉じて、そして、できる限り立松から離れる様にして椅子の背に体を預けた。

 僕の姿に立松は満足そうに微笑むだけだ。

 違う。

 いつしか出来た蜃気楼で立松の姿が歪んでいるのだ。


 僕は冷たい床に転がっており、僕は椅子には座っていない。

 テーブルなんてどこにもない。


 冷たい水の感触に僕の視界が再び像を結ぶと、僕は幻覚でも夢でも、そして現実でも拷問から逃げれないのだと身に染みて理解した。


 現実の僕は三人の男に囲まれて蹴られ殴られ、幻覚の僕は立松一人によって切り刻まれて行くのである。


「ふぅ、ふふふふふ。」


 声にもならない声を絞り出して泣く現実に戻った僕の目の前には、僕を現実に戻すための水圧の高いホースを握った男、拷問に苦しむ僕の姿に喜ぶ男、そして立松は、と思い出して、僕は再び腹部に強い痛みを受けた。


「ど、どうして、ぼ、ぼくが?」


 先のとがった高級な革靴を履いていた立松が僕の上にかがんで僕に影を作ると、僕の顔に向けてぺっと唾を飛ばした。


「それは俺こそ知りてぇよ。てめぇがどうやって里桜りおの事を知ったのかさ。」


「り、……お?」


「しらばっくれるな。里桜の死体を掘り返したと、今井とお前で俺を脅迫していたんだろ。これ以上痛めつけられたくなければよ、さっさと今井の居場所を言え。そうしたらよ、お前はここでらくーになれる。嬉しいだろ。選手交代だ。それとも、里桜が受けた痛みを全部経験してみるか?」


 男は僕の右手を踏みつけた。

 幻影でも痛い筈だ。

 僕の右手の甲には、あの白いナイフではないけれど、太い釘が刺さったままだ。

 彼に踏まれて太い釘は僕の手の甲の骨を砕き、当り前だが僕は大声をあげて叫んでいた。


 咆哮と言ってもよい。


 言葉にもならない、拷問を受けた人間があげた最後の叫びそのものなのだから。


 僕は再びあの幻影の中の椅子に座らされていた。

 そして、あの椅子に僕と同じように座らせられ、あの男に恋人の指を食べさせられて、そのまま窒息をした少女の自身となっていたのだ。

 

 いや、今度は少女を助けようと必死に体を持ち上げた青年だ。

 僕は立松に体当たりをして、僕は彼の持つ銃に撃ち抜かれた。


 次には両腕を鉈で切り落とされた。

 中年男性となった僕の腕を切り落としたのは、あの松木と言う男だ。


 今度は、今度は、僕は幾人もの人々が拷問されていく映像の中で、何度も何度も彼等となり、繰り返し繰り返し殺され続けるのである。


 何度も殺される僕は自分が制御できず、ただただ叫び声しか上げることが出来なくなった。

 叫び続ける事しかできないのは、それだけが僕自身の純然たるモノだからか?


「ああああああああああああああ。」


「痛い!耳が痛い!」

「うわぁ、頭が痛い。なんだこれ!」

「黙れ!うるせぇ!」


 突然に僕は静かになった。

 なにしろ、僕は喉をあの柄の白いナイフで引き裂かれたようなのだから。

 喉を切られたそこで僕の幻影は終わったが、僕の現実に戻った視界は、男の血濡れの白い柄のナイフが僕の喉から引き抜かれるさまを見守りながら暗転して終わったのである。

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