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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
一 それ見つかったらアウトです会開催中
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傷心な昇進してきた男と部下達と僕と家主

「お前のパパ凄かったんだって?」


 いつのもの言葉を僕にかけて、笑いながら高級弁当を食べる刑事に、僕はうんざり顔を返した。

 僕のそんな顔に笑い転げる彼の名前は、かわやなぎ勝利まさとし

 数日前に三十一歳になったばかりの神奈川県警の所轄の警部補だ。

 若くして警部補とはさぞ有能な人に思えるが、そんなことはない。

 先日は女性部下からのセクハラに対処できなかったために酷い目に合ったのだ。


「警察はね、昇級試験に受かれば昇進できるの。」


 本人は「だから自分は無能だ」と言って笑うが、試験はマーク式のペーパーテストをしてお終いなどではなく、様々な実技試験や人物評価もあるのだから、彼の今回の失敗は良純和尚の言う通り「女性経験の少なさ」によるものなのだろう。


 そんな彼には皮肉のようだが、彼は三月十四日が誕生日である。

 そして、血液型は人当たりが良いと言われているO型だ。

 僕もO型だが、アールエッチの判定がアカゲザルの因子があるかどうかなので、サルの因子が無いマイナスの僕が人づきあいが下手なのは仕方が無いだろう。

 楊には爬虫類組なんて酷いことも言われているのだ。


 さて、男には好き勝手言える彼が女性には何も言えない人であるというのも不思議だが、彼のその性質だけで彼がストーカーに好かれるわけでは無い。

 彼は逆セクハラもうなづける凄いハンサムなのだ。

 前髪を上げた癖のある短い髪はいたずらっ子な若々しさを醸し、彫の深い大きな二重の瞳が人懐っこく微笑めば、誰をも魅了できるであろうと言う程だ。


 それなのに、そのとっておきの笑顔を本当に使うべき相手には使わずに、その他大勢に出し惜しみなく振舞っているだけなのだ。

 それでストーカーホイホイとなっていると考えると、……やはり、無能で間抜けか?


「割烹花房の高級弁当を生きて食べられる日があるとはねぇ。」


 楊と同様に高級弁当に舌鼓をうつ男は、楊の相棒のたか悠介ゆうすけだ。

 楊と同じ背格好だが風貌はまるっきり逆で、一重の瞳の地味な顔立ちながら大人の飄々とした雰囲気を纏っている格好のいい男性だ。

 彼は三十六歳で、今月パパになったばかり。


 彼の愛娘のブリュッセルグリフォンは、彼が選んだピンクのリボン付の首輪をつけて、ケージの中で不貞腐れて眠っていた。

 彼女は元の飼い主に虐待され、「片目が潰れたから処分して。」と保健所に飼い主によって持ち込まれて死ぬ一歩手前だったが、そんな外見などお構いなしに引き取られて大事にされている。


 大事どころか甘々だろう。


 そんな大事にされている彼女が不貞腐れているのは、人間のご飯は毒だからとケージに片付けられてしまったからだ。

 彼は甘いだけではなくて、躾はしっかりとするお父さんなのである。

 楊だって相棒で部下の彼に躾けられていると騒いでいるほどなのだ。


「ウチを集会場と間違っているんじゃないの?」


 家主はため息混じりに言い放った。

 僕らは他人の高級で私的な居間に陣取っているのである。

 彼女がいつも人を迎える女王の謁見室のような応接間ではなく、暖かく柔らかい絨毯とソファとクッションとなぜかゲーム機が繋がったテレビモニターのある居間。

 お邪魔しますと靴を脱がないと入れない私的空間だ。


 僕らが集まった居間のある豪邸の持ち主の松野葉子は、ボッテチェリのビーナスのような美貌で、愚痴を言ったはずなのに母のような慈愛の表情で僕らに微笑んだ。


 彼女の年齢を思い起こさせるものは、豊かな髪が銀色に輝く事だけだ。

 この年齢不詳の美女は楊の婚約者の祖母であり、十代でシングルマザーとなりながらも検事となり検事長にまで登り詰めたキャリアウーマンだったひとだ。

 またそれだけでなく、彼女は財閥の令嬢でもあったので、検事を引退しても、したからか、今は本気で好き勝手に振舞えるマツノグループの総裁という女王様であり、彼女に意見できるものなどこの世に存在しない。


「いいじゃん。所轄で広げて食うわけにいかないじゃんよ。一般人からの差し入れを貰ったら、始末書やら偉い人に怒られるやらで面倒なんだから、仕方がないでしょう。」


 いた。

 楊だ。

 彼は松野邸の庭に、番犬代わりにガチョウ放った男でもある。

 そして自宅を破壊されて修繕中の理由で、自分の愛鳥と相棒の愛犬を現在進行形で葉子に押し付けている。


 だが、五年前に山手から楊のいる相模原東署の近くに引っ越してしまったのだから、楊に使われてしまうのも当たり前だ。

 ……いや、彼女はそれが目当てか?


「それに、葉子あっての僕だから、君と離れていられないの。愛しているよ。」


 楊はそう言うと、左手のひらにぶちゅっとした感じのキスをして葉子に放り、葉子は飛んできたそれを払う仕草だ。

 楊と葉子の漫才のような姿に、弁当に夢中だった彼の二人の部下が笑い出す。


 部下の一人、良純和尚と同じくらいの長身にひょろっとした体を持つ山口淳平は、二十七歳の巡査であるが元公安だとも聞いている。

 緑がかった薄茶色の虹彩は透明感が溢れ、まるで猫の様な瞳なのであるが、そんな瞳を持つ整ってる顔立ちの癖にどこにでもいる特徴のない人間の風情で人混みに紛れてしまうという、ちょっと不思議で怖い人だ。


「でも、これは本当においしいよね。」


 弁当に堪能して声をあげたもう一人の部下は、葉山はやま友紀とものり

 二十八歳の巡査部長だ。

 四角い輪郭に整った顔立ちで、山口より背が低いが武士のような佇まいの彼は、繊細でとても優しい人だ。

 時々、本気で武士そのものの打ち破りもするようだが。


「クロには感謝しないとね。高級料亭花房の高級弁当を食べられる日があるとは思わなかったよ。」


「僕も皆さんに高級弁当を奢る日が来るとは思いませんでしたよ。」


「いいじゃん。俺が傷心なんだからさ。」


 今日は楊を慰める会でもある。

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