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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
九 僕には何もわからない この先の事も
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吐けるものなら吐いている

 どうして僕が世田谷の家に帰れないのかわからない。

 良純さんはクルーズから帰って来てからというもの、なぜかとてもピリピリしているし、楊までも最近葉子の家に来ないのだ。


 そんなことをくどくど考えていたのが、遠い昔の様だ。


 僕はこの間誘拐された時のように大型のバンの中に閉じ込められ、連れ去られ、今や逃げるどころか叫ぶことが出来ない状況にある。


 ニューナンブМ60。


 僕を見つめている銃口は、一般市民を守るために日本の警察官が過去に携帯していたリボルバー式の小型拳銃のものである。

 ニューナンブがヤクザに質流れするはずはなく、廃棄処分する時点での横流し品なのであろうか。


 だが、そんなことは些細なことだ。


 あと一歩でマンション敷地内と言う所で僕は呼びかけられ、振り向いた時から僕はこの銃を持つ男に銃口を向けられて操られる人形となっているのだ。


 僕を誘拐した男達は工場のような建物に車を着けると、大型のシャワールームのような殺風景な部屋に僕を連れ込んだ。


 そしてその四人の男達の前にして、僕は引き出された囚人のように、床に正座させられているのである。

 時々思い出したように小突かれながら。


 どうして?


 三人の男達は全員立松警備の制服を着ていたが、一人だけスーツであるのは彼等の上司であるからだろう。

 服を部下と違えねば上司にも見えない小物らしき男は、標準身長の細身の体に彫が深いが鼬のように細い顔を乗せている。

 彼の長めの髪はウルフカットというのだろうか。

 レイヤーになった髪は無造作に後ろに流され、赤紫に近いシルクシャツには明るめの色合いのグレーのストライプスーツを合わせて、足元は笑えるぐらい先の尖ったイタリア製の革靴だ。


 一般的にはハンサムなカテゴリーに入るのかもしれないが、服装からこの男の底の浅さと趣味の悪さが伺い知れ、本当に深く怖い格好の良い男を知っている僕には、彼が浅くみっともないただのチンピラにしか見えない。


「これが男って言うのは残念だよ。ねぇ、その可愛い顔をこれ以上怪我したくなかったらさ、誰に頼まれたのか教えてくれないかね。」


 僕はズボンとパンツを脱がされた格好だ。

 シャツだってボタンがことごとく弾けているのは、彼等が車に僕を乗せてすぐに僕にレイプを試みたからで、しかし彼等の思惑と違って男の子の下半身をさらけ出しただけの僕はその行為には適さなかったようだ。


 よって放出できない欲情の鬱憤も込めてなのか、僕は彼らによって散々に殴られていた。


 だから、僕はチンピラの一言一句、一挙手一投足にびくびくとしているのであり、彼の言う誰かについて必死に考えてもいた。


 どうか、男が知りたい人物が、僕には恩のない相手でありますようにって。


「な、何をですか?」


 バシっと僕の足元、正座しているから膝スレスレに、何かが高速で打ち込まれた。


「へへ。釘はいたいよねぇ。」


「玉坂、床に穴を空けるなよ。」


「へへ。すいません。社長。」


 僕の目の前に高圧エアの釘打ち機を翳したのは、柔道の選手のような坊主頭に体格の男で、玉坂と呼ばれた彼は釘打ち機をもて遊びながら嫌らしい笑顔を僕に見せつけた。


「おしゃべりが嫌なら、おしゃぶりしてもらおうか。」


「お前は本当に好きだねぇ。ねぇ、武本君。同じマンションの今井君達がどこにいるのか教えてもらえないかな。」


 社長と呼ばれたならば立松警備の立松か。

 立松は部下の下卑た振る舞いを嗜めるが、玉坂の好色そうな目を見る限り、僕はこの坊主頭の性器を舐めさせられるのは確実そうだ。

 僕は耐えられないと身じろぎ、そのせいで坊主頭でなく、玉坂と同じように固太りの角刈りに頬を張り飛ばされた。


「きゃあ。」


 転がったり動けば教育的指導が入ると、僕は必死で転がった体を起こして彼らが指示したとおりの正座に座り直したが、僕は殴られない代わりに角刈りに髪を鷲掴みにされて上の方へと引っ張られた。

 僕は頭を引き上げられた、立ち膝の状態になっている。


「おや、お利口だ。お利口ついでに、ぜんぶ吐けや。」


「し、知らないです。僕は今井君達なんか知らないです。」


「よし、松木。しっかり押さえて置け。」


 立松が体を捩じったと思ったら、彼は僕に回し蹴りを食らわしたのだ。

 松木に頭を掴まれて逃げれない僕は、腹に感じた衝撃と共に吹っ飛んで床に転がった。


「かふっ。」


「知らねぇ奴が、どうして仲良く俺に脅しをかけてんだよ、こら。」


 立松は転がる僕を見据えて、再び僕を蹴ろうと右足を持ち上げた。


「ご、ごめんな、さい。……きゃあ!」


 再び蹴られた腹部の燃えるような痛みに、僕は空気も吸い込めず、それどころか、胃の中のものが嗚咽しないでも口から溢れ出るのだ。


 だが、僕には今井の居場所など知るわけもない。


 僕は今井を覚えていなくとも、顔を見る度に耳の後ろから悲鳴が聞こえて逃げ隠れていたのだ。

 そして、そのうちに生臭い血の匂いや煙草のヤニの臭いを体から発散させるようになった彼からなぜか親しみをもって纏わりつかれもした。

 でも、僕は怖いだけしかないからと、必死に彼から逃げて隠れて生きてきたのだ。


 今井の居場所を吐けるものならば、僕はこの立松に喜んで吐いていただろうに。

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