マンションには共有部分と専有部分が存在する
俺は危機感を感じながら裕也に怒鳴るようにして、もちろん声を抑えてはいたが、立松が人殺しではないかという疑問をぶつけていた。
しかし、裕也は俺の指摘に慌てるどころか、今日は雨だったという風にしれっとしながら言葉を返して来た。
「たぶんね。彼がストーカーしていた女の子が家族ごと行方不明なんだ。でもさぁ、わからないのはあの現場をあいつは片付けないんだよね。どうしてだろ。ドアの外は共有部でしょう。」
すると、孝彦という常識人が、あぁ!と呻いてがっくりと頭を下げた。
「情けない。なんて、情けないんだ。彼は。」
「どったの?孝彦ちゃん。」
「あそこは、あそこの廊下は、玄人の家のポーチに当たるの。昔はあそこに小さな門扉もあったの。引っ越してすぐに玄人が門扉に手を挟んだからって詩織さんが撤去しちゃったの。だから、あそこは武本家の区分で共有部じゃないの。あぁ、もう。僕はどうして気が付かなかった。」
肘をついた両手で顔を覆って嘆く孝彦同様に、俺も彼の嘆きに気が付き、そして寒々とした思考に導かれたのである。
「あいつらはあいつにあの風景を見せつけて、あの遺体現場のようなオブジェの片付けをさせるつもりなのか。その時には、多分どころか他の住民の迷惑になっていると管理組合から突き上げも喰らうだろうな。畜生。先手を取られたんだな。もしかして隼達は新しい玄人名義のマンションか家を要求しているんじゃないか?」
「……うん、そう。この間の玄人の怪我が発端で、咲さんが自分がここに玄人と住むと言い出してね。隼君達は好きな場所で夫婦で好きに生きろって。彼等への援助を完全に切ったらしい。咲さんも極端だけど、隼君達もここまであからさまな嫌がらせを講じるとは信じられないよ。自分の血を分けた大事な子共でしょうに。」
俺は大きく溜息を吐き出すと、喫茶店の天井を見上げ、それがむき出しの天井だったと再びため息をついた。
むき出し天井はデザイン性が高いと思わせられ、尚且つ内装工事費が安上がりという事もあってここ最近の流行であるようだが、本来隠すべき配管などを装飾代わりにしている見た目が、まるで内臓をさらけ出した干物のようにしか見えないので俺は嫌いだ。
全てを見せていながらも上部の見えないあのダクトに、ここから見えないその上部分に虫が這っているなんて誰も思わず、それどころか這っている虫が落ちてくる可能性さえも予想しないのが不思議だと考えるのである。
「裕也、クロの監視は相模原でもしているんだろうな。」
「相模原の松野基地ならば安全でしょう。目の前にはかわちゃんも友っちもいる警察署があるじゃん。僕が社長だからって、そんなに無駄な動きを社員にさせられないよ。」
会社にとって一番の無駄は博多人形社長の潜入捜査だろうにと、裕也に言い返す気力さえも失っていた俺は、素直に懐のスマートフォンの振動に対応した。
メールは玄人からのもので、管理会社に家の前の粗大ごみを何とかしろと連絡が来たから世田谷に向かうという、俺の不安を実行してくれた馬鹿メールであった。