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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
七 捨て子した親心
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立松は門松にもならないのか?

 俺達はいつしか肩を並べて暗い廊下を歩き、マンションの管理センターに辿り着いた。

 ドアをノックして出てきた男は、警備員と言うには長い髪を後ろへと流しており、自分の頬骨を強調している。

 南米のサッカー選手にも似た整った顔立ちに浅黒く焼いた肌、自分の外見に自信があるのか無いのか、服装は高級そうなストライプスーツに先の尖った革靴という、いかにもな無難さだった。

 俺と同じぐらいの年齢のその男は、気安そうどころか小馬鹿にした感じで俺達に微笑んで、俺達の鼻先でドアを閉めようとした。


「ここは関係者以外立ち入り禁止なのでね。」


 だが、ドアは閉まらず、彼は閉まらなかったドアの障害物は何だと見下ろして、それが俺の足だと知ると、怒りを込めた瞳で俺を睨んだ。

 しかし、今日の俺は彼よりも危険そうな黒のピンストライプスーツに、パソコンをばらすための工具の入った筒状のツールボックスを肩にかけている。


 自宅からこのマンションまで数百メートルも無い筈なのに、俺は制服警官に三度は呼び止められたのだ。

 この筒状の皮の鞄に武器が入っている気がしたと三人に謝られたが、本業が間違える程に俺が危険人物に見えるのならば、今の場面ではそれを利用しない手はないだろう。


 俺が奴をほほ笑みを持って見つめると、見た目通りに小心そうな彼は俺から後ずさった。

 確実に俺の方が背が高く体格もいいので、彼が臆病者の小物で無くとも引くのが正しい選択だと、虚勢も張り通せない小物へ労りの目線を送りながら俺は室内へ一歩踏み出そうとした。

 しかし、そんな俺から先んじた男がいたのである。


「ありがとう。あなた方の手落ちのお陰でうちの子が損害を被りそうなんでね。エントランスの落書きについて説明してもらいましょうか。良かったですよ、立松の若社長がいらっしゃって。関係無関係なく、橋場と立松でサシで話し合えますからね。」


 俺は顔には出さなかったがかなり驚いており、俺を差し置いて部屋にずいっと入り込んだ孝彦を見つめた。

 彼は腰の低い家具職人の孝彦ではなく、やはり橋場の孝彦として、使い物にならない立松警備のチンピラを睨んでいるのである。


「監視カメラ映像は簡単にお見せすることが。」


「あぁ。プライバシーね。では、エントランスの落書き行為は器物破損と言う犯罪行為ですからね、警察に提出しましたか?警察の立ち入りは一向に聞きませんでしたけどね。」


「いえ、あの。」


「立松さん、犯罪行為の映像だけでいいんですよ。あの場所は確実にカメラに写っていなければおかしな場所だ。犯人には死角だと思っただろうけれどね、普通はあそこには必ずカメラが仕掛けられるはずですよ。無いとしたら、あなた方はそこに設置してあるはずのカメラをどこにやったのでしょうか。あなた方の働きによっては、わが橋場建設のいくつかの現場での警備を任せる候補に考えてもいいのですよ。」


 チンピラは顔を真っ赤に染めて、後ろに控えているカメラ映像を監視している部下らしき数人に振り返った。


「記録映像は残っているか。」


「こちらに準備しました。」


 すぐさま男が立ち上がってチンピラに答えた。

 その男は俺と孝彦をその操作板に恭しく手招きし、そこに向かった俺と目が合うと軽く右目を瞑った。


「何をやってんだよ。」


 抑えた囁き声で博多人形のような顔の男に耳打ちすると、長柄警備の社長の筈の男は、同じように俺の耳に囁き返してきた。


「もちろん。クロちゃん防衛業務です。」


「お前の会社はよく潰れないね。」


 ぶふ、と孝彦が口元を抑えて吹き出しており、その姿に彼が関係者専用カードキーを持ち歩いていたことや、あそこまでスラスラと脅し文句を立松に吐けた理由も一瞬で理解が出来た。

 裕也は玄人のストーカーだ。

 先日の玄人誘拐事件から彼はかなり神経を逆立てているのだろう。

 玄人の周辺を流して監視を強化して、あの落書きを発見したのに違いない。


「あの落書きはいつからだ?」


 これは普通の声で喋った。


「三月二十一日の深夜一時半ですね。映像を再生します。」


 裕也が再生ボタンを押すと、小汚い格好の青年三名の姿が画像に映り込み、俺はそのうちの二名に見覚えがあった。

 十一月に小学生時代に玄人をいじめていた主犯が殺された事件で、玄人が犯人だと我が家に殴り込みに来た五人組のうちの二人である。


「あ、確か今井翔と田中圭太という馬鹿餓鬼じゃねぇか。」


「ご存じで?」


 慇懃に振舞うことに決めたらしいチンピラが、俺に敬語で聞き返してきた。


「ご存じも何もあなた方も知っているでしょう。今井はここの住人ですよ。」


 すると立松は大きく舌打ちをして見せた。


「来てください。」


 彼は俺と孝彦を誘った。

 立松について行ってみれば、そこは最上階どころか玄人の家の玄関すぐ前であり、四畳半ほどある共有部分にはエントランスにあるもの以上のものが存在していた。


 ホテル廊下のように敷き詰められたベージュ色の絨毯に、真っ赤なペンキがぶちまけられ、血の海のように広がったペンキの上にバラバラにされたマネキンの手足が転がっている。

 陰惨な殺人事件の風景そのままだ。

 そして、玄関ドアには、「あと三日」「武本玄人に天誅を。」の文字が真っ赤なペンキで書き殴られていた。


「これは三月二十四日の朝に発見されましたから、犯行はその前夜、二十三日でしょうね。」


 立松は忌々しそうな声を出した。


「こっちの現場の映像は?」


「こちらはカメラが壊されておりました。発見した二十四日の朝にカメラは直したのですけどね。映像が消えたり、途切れたりで。」


 孝彦は言葉を失っており、俺は当り前だが気になることをそのまま口に出していた。


「三月二十六日は何があるんだ。」


「そうですね。二十六日はなんの言いがかりだったのでしょうね。」


 孝彦の返しは当たり前だったが、立松が唇を噛みしめたのは何故であろう。

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