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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
七 捨て子した親心
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単なる子供に返してやれば良かったのだ

 自分の持ち物に異常に執着のある彼が、自宅に置いてけぼりのパソコンにだけ興味を失っているのは、彼が俺のパソコンを間借りしているからだ。

 俺の構築したものがゲームにも長けているからと、居間のテレビをモニターにして、夜中に延々とネットゲームをしているのである。


 俺だって仕事にそれを使っている。

 いや、俺の仕事専用のものなのだ。


 二人同時に別作業ができる高性能だと言えども、二人同時では解析力が落ちて動きが重くなるのだ。

 ここは自分専用のパソコンを取り戻して、自分でグラフィックボードの交換などを経験して育って欲しいという、俺の切実な親心でもある。


「あんな大きなもの、お一人で運び出すつもりですか?」


「まさか。精密機械にそんな馬鹿はしません。中身を確認するだけですよ。大事な部品を捨てられて、ケースだけ配送されたら困りますからね。」


 孝彦は俺の詩織への皮肉が通じたようで、人の好さそうな表情を少々歪めて俺に同意の意を示した。

 そして俺は言葉を口にしながら、すでにその行為をされているような気もしていた。

 水を零しただけで簡単に精密機械は壊れる。

 だからあの子はパソコンから意識を遠ざけているのか?


「パソコンケースは気に入っている筈だから、中身の構築を一緒にしてやるか。」


「百目鬼さん?」


「あぁ、すいません。あなたの来訪は、この落書きについて、ですか?」


「はい。知人から聞いて半信半疑だったのですがね、こんなものをエントランスに飾って何もしないとは、警備会社も管理会社も問題ありですね。まずはこれについて管理室に詰めている人間に尋ねてみますよ。」


「私もご一緒してもよろしいですか?」


「えぇ、勿論です。願ったりどころか百人力です。」


 孝彦は返事をするとそのまま懐から出したカードキーでゲートを通り、そのまま関係者用のドアのキーロックまでも解除して専用廊下へと踏み出した。

 彼はどうやら真っ直ぐに、警備員の管理室へと向かっているのである。


 俺は常に腰が低い孝彦が堂々と歩くさまに驚きつつ、まるで玄人の様だと考えていた。

 玄人が誰にでもおどおどしているのは恐怖ばかりと思っていたが、武本家の習性もあるのではないかと。

 あの殺人犯の峰雄も言っていたではないか。

 彼らは弱々しく擬態する、と。


 笑えるのが、あの残虐な殺人犯である峰雄は、十代の頃に七歳の玄人によって廃墟におびき出され、散々に仕掛けた罠で痛めつけられた上で落とし穴に落とされたそうである。

 もちろん、一人ではできなかっただろうが、青写真を描いたのが玄人なのは事実なのだ。


「舅の遺言など無視すれば良かったですよ。」


 憤った孝彦の声に前方を見れば、彼は立ち止まり、腹にすねかねるという表情をして周囲を見回していた。

 豪華な住人の共有部と違い、スタッフの通る裏側は絨毯など無く殺風景なビルの廊下でしかないが、清掃も中途半端で白かっただろう壁は薄汚れて染みまである場所もある。


「ここの薄汚れた様子と蔵人さんの遺言に関係が?」


「あります。遺言を知ったのか、ゆっくりと記憶を取り戻して欲しいから以前の暮らしと違う場所を与えたいとあの詩織さんに言われればね、誰も、咲子さんだって反対などできません。ここは橋場が建てましたけどね、経営と販売は別の新興会社によるものなんですよ。橋場要塞マンションなどと呼ばれていますが、我が社は依頼されての設計と施工だけです。我が社の経営みたいに思わせれば堅実だと人は買うでしょう。億ションとも言われていますが、実際の値段設定は近隣のマンションと同じです。彼等は上手に売り切りましたが、新興ゆえか出入り業者の質が悪い。本当は僕達の関与できないこんな所にあの子を住まわせたくなかった。あの子が記憶喪失だからこそ、隼君から引き離して孝継に任せれば良かったのに。武本には和久君がいる。彼に当主を任せて、玄人は父親に愛されるただの子供にしてあげれば良かったのですよ。」


「あなたが常識的でほっとしましたよ。武本関係で出会う親族の誰もが遺言を頭から信じている。もちろん。誰も彼に母親の死を伝えたくないのはわかりますが。」


「詩織さんが実の母親だと信じさせる方が罪深い。」


「同感です。」


 俺は孝彦の存在に喜びを感じていた。

 玄人の味方であるのは勿論だが、物事を公平に常識的にみられる人間が武本には不足しているのだ。


 孝継などその筆頭だ。

 彼はあんなにも玄人を欲していながら、蔵人の遺言を信じて近づくことが出来ないのだ。


 彼のあまりの煩さ故、玄人に孝継をランチを強請れとせっついているのだが、玄人は妙に頑固だ。

 最近では思い出しているのではないのかと思う程、彼は孝継と距離を持とうとしているのである。

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