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お前を失うのならば鬼になろう(馬4)  作者: 蔵前
七 捨て子した親心
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玄人の実家のある要塞マンションにて

 船上クルーズから戻ってから、玄人は松野邸に預けられている。

 あそこが今は一番安全だからだ。

 今は実家にも実家の傍にも帰せない。


 そうだ、特に実家にはあの女、武本詩織がいる。


 十二歳の時に玄人は虐めにより殺されかけ、それまでの記憶を失っている。

 そればかりでなく、実の母親が玄人の所に駆けつける途中に、自殺ともいえる状況で事故死しているのだ。


 武本家では、玄人に無理に記憶が戻るような情報を与えてはいけない事になっている。

 それは、彼の祖父の蔵人が玄人が死ぬからと遺言したからと言うよりも、玄人を大事に思う親族の誰もが、母親の死を玄人に伝えたくない、が、俺には最大の理由に思える。


 だが俺は、玄人には真実を伝えるべきだと思う。


 欠けた人間であるよりも、壊れていても完全体の方がいいと俺自身が考えるからだろうか。

 それとも、完全に彼が壊れたならば、俺の世界に彼をおいておけると言う俺の業か。


 けれど俺のそばに彼を置いておきたいと思うのは、切実な事情もあるのだ。


 実の父であるはやとは玄人に対してネグレクトに近く、継母の詩織に至っては玄人の持ち物を次々と捨てるという虐待も行っている。

 その上、玄人がこん睡状態になった際には、勝手に転院手続きとドナー提供まで計画して、玄人を殺そうとしているとしか考えられない行動を取ったのだ。


 よって、俺の中では玄人の両親は敵であり、そんな俺が一人で玄人の実家を訪問しようとしているのは、玄人の大事なデスクトップを引き取り、彼の実印の変更をしたとの報告をするためである。


 もちろん、俺が彼の任意代理人になったという宣戦布告もある。


 ただし、俺はエントランスから先に進めなかった。


 要塞マンションと名高いのも頷ける、警備員と受付付きの完璧なオートロックであるために、武本夫妻が留守のために自動改札のようなゲートの先へと入れないからではない。

 専用キーは玄人のものを俺が持っている。

 では、なぜ俺の足がエントランスの床に溶接されたかのように動かなくなってしまったのか。


 エントランスにはテーブルとソファのセットが置かれている来客用ロビースペースがあるが、そのスペースの白い大理石風の壁に、あってはならないものがあったのだ。

 大人の背丈ほどある観葉植物の鉢で少々影となっている隅の方に、スプレー缶によるらしき真っ赤で大きな落書きがあったのである。


「武本玄人に天誅を あと5日」


 緑の葉の影からその忌まわしい言葉が赤々と訴えかけ、その衝撃に俺に先日の彼の姿を思い起こさせた。


 今だってあの白い肌のあちこちに青あざが残り、右の目の下には黒ずんだ痣も残っているのだ。

 俺達が南の海でバカンスを楽しんだのは、哀れなあいつの笑う姿を見たいという共通の気持ちがあったからにすぎない。


 あの馬鹿ポリス共は、そんな気持ちが四割くらいだったかもしれないが。


「畜生。なんの悪戯だよ、これはよ。」


 俺は思わずどころかかなりの大声をあげており、ついでのようにエントランス内のコンシェルジュのカウンターを睨んだが、そこに立つ人間どころか、カウンター脇に立つ警備員までも俺の視線からさっと顔を背けただけであった。


「何が要塞だ。こんな内側で堂々と落書きをさせやがって。全然守れていないじゃないか。」


「えぇ、これじゃあ玄人が自宅に帰れないのも当たり前です。」


 声に振り向けば橋場孝彦が怒りに燃えた目で壁の落書きを睨んでおり、俺は橋場善之助によく似た筋張った顔つきの男に目礼をした。

 彼は家具職人らしく小柄でも筋肉質で、だからか、仕立てのいいスーツが良く似合う彼は、玄人がよく口にする気のいいおじさんというよりもやくざの若頭にしか見えなかった。


「百目鬼さんはこの落書きでこちらに?」


「いえ。置きっぱなしの玄人君の私物を取りに来ただけですよ。四月から大学に復学するつもりですから、彼専用のデスクトップパソコンは必要でしょう。」

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