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死んだ子供に賽を積ませてはいけない

 良純和尚は、無縁仏は坊主である自分が全て面倒を見る、と言ったのだ。


 つまり、良純和尚は無縁仏となった真の一切の法事を勝手に自分で執り行い、位牌も骨の管理も今後良純和尚が全て引き受ける、と。


「まぁ、我が家は寺ではありませんから、式を執り行う場所と墓に入れるまでの遺骨の保管場所は信者の寄進に縋るしか無いですけどね。あぁ、そうだ、位牌を置く仏壇と仏壇を置く場所も必要ですね。」


 良純和尚の言葉の真意を理解した善之助は大いに喜び、橋場の部屋の一つを無縁仏の弔いに必要ならば使って欲しいと申し出た。


「お忙しい和尚様の代りに、私が仏壇の世話も肩代わりしましょう。和尚様の無縁仏への恩情に感激しましたゆえ、その無縁仏の法事にかかる金子きんすの全て私が持ちましょう。」


「ありがとうございます。ところで、遺体はこのまま火葬して、骨となった後に通夜から始めるつもりですが、よろしいでしょうか。」


 良純和尚の言葉に善之助は息を飲み、父親の代りに次男の孝継たかつぐが声を上げた。


「先に燃やすとは!あの子を家に帰らせてやってくれ。」


 生まれてすぐに行方不明にされた真を諦めずに探し続けていたのが橋場の中で孝継だけであり、末子の真を一番に愛していたのも孝継であるのだ。


「ねぇ、百目鬼さん。あなたの葬式の仕方は青森の武本家のしきたりです。武本家はそちらの宗派でも、武本家のやり方はあなたの宗派のやり方じゃない。そして、武本家でさえ遺体は家で寝かせてあげますよ。それなのに、なぜですか?」


 次男を抑えて口を出して来たのが三男の孝彦である。

 彼は善之助によく似ている小柄で優しい男であるが、ここぞという時には誰にも譲らない頑固さを持っている。


「孝彦、先に燃やすのは武本のしきたりなのか?」


「ええ、父さん。僕も驚きましたがね、武本家の葬式は順番が逆です。」


「どうしてそんな変な葬式なの。順番が逆って。」


 善之助だけでなく憤っていた孝継までも素っ頓狂な声をあげるのは、それだけ武本家の葬式がどこにもない方式だからかもしれない。


 通常の葬式は葬式後に遺体を燃やすが、武本家は燃やして骨にしてから通夜が始まるのだ。


 今は武本町と名前を変えたが、昔は玄同げんど村と呼ばれていた武本家の本拠地は陸の孤島と呼ばれるほどの場所であるので、恐らく、遺族が必ず葬式に立ち会えるようにと始まった慣習かもしれない。

 ただし、普通の葬式よりも時間が掛かるという難点がある。


 まず、納棺の儀で僧侶が遺体の前で経を上げた後に棺に遺体を納め、出棺の儀として再び僧侶が経を読み、その後に棺は直接火葬場に行き、なんと、通夜の前に骨にしてしまうのだ。

 これが一日目。

 翌日が通夜になる。

 骨の入った箱の前で通夜を執り行う。

 三日目にようやく本葬だ。

 凄いのが、本葬が終わると納骨してしまうのだ。


 四十九日って何?の世界。


 もちろん、納骨は先祖代々の墓を持つ家だけで、墓を立てる必要のある者は、通常通りの四十九日に納骨される。


 たぶん、もう一回親戚を呼び戻すのが大変だから、という理由かもしれない。

 大勢の手があるうちに墓石を動かして入れちゃえ!な理由の方かもしれない。


 まあ、とにかくこんな流れであるので、最近は本葬の後にすぐに初七日もしてしまうが、それでも、武本町の葬式は通常の葬式よりも日数がかかって延々と続く恐ろしいものなのだ。


 本当に恐ろしい。

 皆長生きして。


 良純和尚はこの方法を僕から聞いていたことを覚えていたらしく、武本家の菩提寺の住職に連絡をとって教えを受け、その日のうちに火葬場の予約まで入れていたというから驚きだ。


「真を見送る家族は私達だけです。せめて、あの子をゆっくり家で寝かせて、それから見送ってあげたい。」


「あなた方は真君の遺体に対面されているのでは?」


 真は高い所から突き落とされて殺されていたが、殺されるまでにかなりの拷問を受けていたのである。

 真の遺体はぼろ屑のように哀れな有様だったのだ。


「だからこそ、家で寝かせてやりたいんだよ。それなのに、あんなに辛い思いをした子に、家にも戻さず、また炎と言う地獄を味合わせるのか?」


「いいえ、先に燃やして骨にするのは、現世の肉体が受けた苦しみを流すのだと考えてください。あなたが彼の生前の苦しみを想像するたびに、彼どころかあなたまで拷問されているでしょう。」


「私は父親だ。子供を思いやって何処が悪い。」


「あなた方が苦しむ限り、真さんは痛み業を受けるのです。賽の河原の子供達のように。」


「だ、だが!」


 善之助は譲らなかったが、善之助という父をこよなく愛して一番に考えている孝継は、善之助の精神が弟と同じ拷問を受けていると聞いて簡単に考えを変えた。


「いや、わかった。父さん、真を燃やそう。あの子を苦しみから解放してあげよう。そういう事なんだね、良純さん。」


 良純和尚は僕の母の実家の仏壇を実践したのだと、僕は真の入っている白木の箱を見つめながら理解した。

 僕達の前に横たわるのは拷問を受けたボロボロの遺体ではなく、白い布に包まれた四角い箱だ。

 遺族はその箱を前にして、遺影から生前の傷などひとつも負っていない朗らかな彼を思い出し偲べるのだ。

 真が養子に行った後でも橋場家の誰もが真と親交を温めていた証拠の写真、それらを遺影を囲むようにして飾ったのだから尚更だ。


「本当に、急な事であったにもかかわらず、ありがとうございました。」


 全てが終わり橋場家を出る良純和尚に、感謝を込めて頭を下げる善之助以下真を偲ぶ橋場家の面々に、彼もゆっくりと頭を下げる。


 彼は百八十センチを越す長身痩躯の美僧だ。

 切れ長の奥二重の目と高い頬骨を持つ貴族的な端整な顔をしている。

 頭を上げた彼は、齢三十一の若輩の僧侶でありながら、神々しさまで纏う高僧のような佇まいであった。

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