格納庫には水上バイクが三台あり、俺達は三室に振り分けられた
ヘリを降りると俺達が立つヘリパッドは下降して、下降した先の巨大ヨットの後尾のシャッターが開いた。
そこは格納庫で、格納庫には二人乗り小型ヘリ一機とマリンスポーツ用の潜水艇や水上バイクなどが格納されていた。
「水上バイクの安全点検はどうだ?」
「いいですねぇ。でも竜さんに乗りこなせます?海面は固い地面では無いですよ。」
「ふざけんな、坂下。バイクを転がしていないお前こそ乗りこなせるのかよ。」
バイク属性の坂下と五百旗頭は既に本来の目的を忘れて、格納されている三台の水上バイクに目を輝かせて笑いあっていた。
「かわちゃん。乗りたいの?」
楊は潜水艇の窓に一人貼り付いて、潜水艇の操縦席をひたすら覗いていた。
彼は四輪属性の男であるからこっちなのだろう。
「あの、皆様。御前がお待ちですからお急ぎでお願いします。」
船長のような制服の男に急かされて俺達は島田が待つという操舵室に追い立てられたのだが、そこで島田に挨拶をしてみれば、彼によって俺達は三室の客室を割り当てられて追い払われたのである。
追い払われたと言っても、俺達が彼の癇に障ったからではない。
それどころか、彼は久しぶりに目にした玄人に見るからに夢中であり、玄人と今すぐに遊びたいから遊び着に着替えて来いと追い立てただけの話である。
そして、俺達が振り分けられた客室は船という事で狭いが、新品の着替えも水着も全て揃えてあるという、迎賓館か高級ホテル並みの設備を備えていたのだ。
玄人などは彼専用服がしっかりと用意されていて驚いていたのだが、金持ちの船のこの手厚さに驚いたのではなく、ショートパンツにしか見えない水色の水着にセーラー服型のウィンドブレーカーだけでなく、水兵帽子までもがセットされていた事にだろう。
彼はその幼稚園児にも見える服装に着替えるや否や、半袖半ズボンの船長服に着替えた島田に船内観光だと連れ去られた。
俺も楊も島田の所業に呆れかえるしかないが、これこそ島田の歓迎の仕方に違いないと、残された俺は船上デッキのチェアに寝転んで日向ぼっこをすることにした。
楊達は俺の行動に見習うべくか、楽しそうな悲鳴を上げるとスーツを簡単に脱ぎ去り、デッキに向かう俺の後どころか前を走り抜けていったのである。
今の俺達は金持ちに吸いつくダニ同然だ。
楊と髙は船上のジャグジーに浸かって喜んでおり、水上バイクを散々乗り回していた坂下と五百旗頭もウエットスーツを脱ぎながらそこに向かうのが見て取れた。
俺が横になっているチェアの脇の小テーブルには、南国風にフルーツの盛り合わせとモヒートが置かれており、グラスを持上げると中の氷がカラリと小気味のいい音を立てた。
玄人は氷がグラスの中で立てる音が大好きだ。
食欲しかない彼だから、その氷の音が麦茶やソーダ水を思い起こさせるからかと考えていたが、彼はガラス製品が好きだっただけである。
「良いグラスの方が良い音がするんです。」
「そういえば、お前が自分のものにしたそのグラスは、安物だがクリスタルの奴だったな。」
「ふふ。安くても、良いものは良いものです。」
彼が我が家で大事に使うグラスは、俺が昔に適当に買ったものだ。
手ごろな値段はもとより、卵のような形が底に向かって細長くなるフォルムが面白いと近所の雑貨屋で買ったに過ぎないビールグラスだったのだが、武本物産の当主に「いいもの」だと褒められるのは気分がいいと喜んだものだ。
その時に感じた小気味よさを思い出しながらモヒートのグラスに手を伸ばし、島田と船内観光をしているだろう玄人を思い出しながら口に当てると、そのグラスの口当たりに俺は吹き出すしかなかった。
「確かに。いいグラスだと尚更に酒が旨い。」
しかし、当主だと親族に持て囃されている筈の彼はやっぱりどこまでも普通で、俺達の図々しさと反対に恐縮して操舵室で小さくなっていたと、俺は思い出しながらいつしか大きく笑い出していた。
「持て囃されるじゃあなくて、可愛い愛玩動物だな。あいつは。」