三人までと言ったのは
島田正太郎は太平洋に浮かんでいた。
誰もが思い浮かべるヨットではなく、ヘリポート完備のギガヨットで小笠原諸島のあたりを巡っていたのだった。
正太郎は自分専用の高級ホテルを海に浮かべて、悠々自適な隠居生活を送っており、そんな御仁と繋がりのある玄人が、なぜ俺のコバンザメでいたがるのか本当にわからない。
当の玄人は広子が怖いと渋っていたにも関わらず、島田の船に到着して見れば、本当に、普通の、少し貧乏くさい感性で、「船だ!船だ!」と声をあげて喜んでいる。
坂下達に促された玄人が正太郎に電話をするや、十数分後に車が迎えに来て、途中でヘリに乗せ換えられて、そのまま俺達はこの船上に連れ込まれてしまったのだ。
ちなみに、「俺達」には楊と髙と、なぜか坂下と五百旗頭までいた。
最初の指定人数は玄人を入れて三人であったにもかかわらず、だ。
「おじいちゃんが、電話がまだるっこしいから自分の所に来いって言っています。」
「お前が行く事前提のその場所はどんな所なんだ?個人所有の無人島か?」
まず、玄人が正太郎の言葉を伝えると、楊が聞き返し、楊への返事の為か玄人が電話先とごにょごにょ会話してから答えた言葉が発端である。
「個人所有の男だけの超高級リゾートで、行ったら最低でも三日は帰れないそうです。」
超高級リゾートに反応した馬鹿ポリス共は、最後の一枠のために仲間割れをしだした。
なぜ一枠なのかは、俺が玄人の支配者であり庇護者だからだ。
俺を置いて行かせるわけはないだろう?
「刑事部の警部補として、事件解決の為に俺が行って来ます。」
当たり前のように敬礼までして楊は言うが、坂下も五百旗頭も人間性を捨てていた。
「所轄風情は黙ってろ。」
「黙れ、所轄が!」
さて、楊を黙れ一言で切り捨てた坂下は、これ見よがしの真っ当な意見を言い出した。
「本部の警備部の警部として要人警護が主の、もともと俺からの懸念事案だ。俺が島田さんが安全かどうか確認するのが筋だろうが。」
「所属と階級を持ち出すんだったら俺が一番偉いじゃねぇか。二歳の子供を残してどこ行く気だ、新米パパが。育児協力しない男なんてなぁ、今どきの離婚要件だぜ。」
事件には関係のない個人情報まで持ち出して五百旗頭は坂下を蹴落としに掛かったが、坂下は五百旗頭の部下だった男だ。
それも懐刀と呼ばれていたのである。
「竜さんだって、中学生の子供二人のパパでしょうが。暇があったら律子ちゃんと健一君に家族サービスをしないと駄目でしょう。」
上司の個人情報を勝手に公表して逆襲をしていた。
愛用ナイフが上着のポケットを突き破ってしまった、そんな感じだった。
「うるせぇよ。律子が今年高校受験だから自宅にあまり帰って来るなと、俺は女房に言われているからいいんだよ!律子は親父が臭いと騒いで生意気だしな。」
五百旗頭の実情に涙が出そうで、俺に五百旗頭を連れて行くべきではないかと思わせた。
「二人とも家族が居るんだから、やっぱり僕でしょう。いっちゃんは交通部で坂ちゃんは警備部じゃないか。殺人事件の捜査は刑事部の。」
立ち直ったが空気を読まない楊が再戦に挑んだが、二人に一瞬で潰された。
『所轄は黙ってろ。』
五百旗頭と坂下に同時に罵倒された楊は、部屋の隅でしゃがんで小さくなってしまった。
玄人はと見ると、髙に何かを囁かれながら電話を続けている。
「ごめんなさい。でも安全のためだから。いいの?ありがとうおじいちゃん。」
電話を切った玄人が嬉しそうに両手を高く掲げ、その両手で丸を作って大声を上げた。
「全員オッケーです。」
玄人の言葉に仲間割れは一瞬で収まり、彼らは仲良く抱き合い喜び合い始めた。
「馬鹿ですね。」
「大馬鹿ね。でも、あなたも行く権利を絶対譲らないのだから彼らと一緒じゃない?」
「譲るわけないじゃないですか。」
当たり前だ、譲るわけないじゃないか。
そして見てみろ。
三月の日本でありながら、青い空と青い海が広がるリゾートの世界だ。
堪能してどこが悪い。
ヘリに乗せられた時に「三人まで」という理由がわかった。
船付属のヘリパットに着陸できる小型ヘリの人員制限である。俺達の我儘のせいで、島田に彼所有のヘリを二機も飛ばさせてしまったのである。