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仏壇は見送る人が極楽浄土をそこに見るための道具

 橋場家の四男だった樺根かばねまことの葬儀はいい式であった。

 葬式に良い式とは冒涜的かもしれないが、葬式を上げられて良かったと思うような式だったと言う事だ。


 本当に真の死を悼む親族だけが集まり、血の繋がりがなくとも息子として愛した父善之助と兄達が参列し、良純りょうじゅん和尚によって執り行われたのだ。


 ひっそりと、荘厳に、温かく。


 良純和尚の冷徹で威風堂々とした経を読む声に悲しさを切り離され、よく通るその静かな声と彼の絵のような壮麗な佇まいに心の平安を取り戻せる気がした。

 いや、絶対にそうに違いない。


 良純和尚の読経が荘厳であるが静で心に染みるような音に変わった時、僕は今迄殆んど思い出せなかった記憶が甦ったのである。


 それは、幼い頃は殆んど自分の家の様に帰郷していた、母の実家の風景だった。


 僕の記憶の中の母の実家の仏壇の中は、とても煌びやかで豪勢だった。

 父の実家の質素だが立派な仏壇と違い、重厚で派手な外見はもとより、位牌を置く場所がこれでもかと金色で煌びやかな装飾をされている仏壇なのだ。


 幼い僕が目を丸くして仏壇に見惚れていると、僕の様子に気付いた母方の叔父が、僕を抱き上げて彼の膝に乗せ上げた。

 なぜか彼の顔は影が出ていて僕にはその顔がわからないが、記憶の中の僕が「叔父」と認識しているのであれば、その男は僕の叔父なのだろう。


 その証拠に記憶の中の僕は彼の膝にちょこんと乗って、彼はそんな僕の頭を軽く撫でると、僕が尋ねる前に僕の不思議に思ったことの種明かしをしてくれたのだ。


「仏壇の中の装飾はね、極楽浄土、天国を模しているんだよ。手を合わせる度に亡くなった人が極楽にいる風景を思い浮かべられるでしょう?僕達が思い浮かべられれば、彼らはその思い浮かべた世界にいられるんだって。だからこんなにも煌びやかなんだよ。たくさんの花を供えるのも、彼等の極楽が花盛りであるべきだと思うからだ。」


「極楽だったら、病気も、苦しいのも、ない?」


「痛いのも、苦しいのもない。亡くなった人が幸せになれるんだ。」


 今ならその意味がわかる。

 良純和尚が作り出した静で荘厳な「場」は、真がそこにいると、そんな浄土にいると遺族に思わせ癒しを与えてくれたのだ。


 遺族には願いようもない良い式であろう。


 良純和尚とは僕が鬱になって、父方の田舎の住職よりカウンセリング代わりの相談役として紹介された人物だ。

 現代を生きる僧侶は僧侶だけで生きていけないので、彼は債権付競売不動産の売買が主な取引の不動産屋を経営している。


 経営者と言っても彼一人だが、経営者としか言いようのないほどに稼いでいるのが怖い所だ。

 そんな人に見守られて、彼の傍で社会奉仕として彼の仕事を手伝わされていたからか、僕は癒され、鬱の症状が改善したので、四月から休学していた大学に復学できる。


 本当に凄い人、だ。


 そんなすごい僕の相談役のフルネームは、百目鬼とどめき良純りょうじゅんという。

 そして、彼に付き従う僕の名前は武本たけもと玄人くろと

 普段は法事をする彼の手伝いの側だが、僕は武本物産の当主であり、「世界の橋場」の橋場建設の創業者一族で現在の経営者の三男である孝彦が父方の叔母の夫なため、武本姓ながら親族として今回は葬式に参加している。


 さて、僕達が見送り僕達に見送られる人、樺根真は何も悪いことをした事のないのに、可哀相なばかりの人だった。


 緑丘譲治という男が母親を襲い、真が生まれたのだ。

 生まれてすぐに真は緑丘によって緑丘夫妻の子供と取り換えられて、捨て子として十代半ばまで成長せざる得なかったのである。

 取り戻されたその後も橋場の家ではなく他家の養子となるしかなく、ようやく幸せを手にしたと思った時に過去によって惨殺されたのだ。


 過去とは、彼の全てを奪った緑丘の子供である峰雄と同じ孤児院の子供達だ。

 彼等は真の幸せを妬んで、さらには真を橋場に戻した僕を恨んで、大量の死体を積み上げることとなった大事件を起こしたのである。

 そして、純然たる被害者のはずの真は、法的に橋場とは関係が無い存在であり、緑丘の血を引く人間だからと橋場家の墓どころか橋場家の菩提寺に弔う事さえも橋場の親類縁者が許さず、真の死を純粋に嘆く橋場の人達はさらなる絶望に追いやられた。


 そこで、良純和尚の登場である。

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