大空への憧れ4
第二日目は旋回、第三日目、第四日目と適正検査は続いていく。日によって手応えがあったり、なかったりと悶々とした気持ちを抱えていたリアムは絶対的な自信が持てないまま適正検査最終日の検査に挑んでいた。
「リングトン! 今日は面白い体験を味合わせてやろう」
そう言うといきなり機体が急角度にダイブする。
「わぁぁぁわゎ」
ギュイーンという高速音と共に地面が機体に迫ってくる。
「目を閉じるなよ」
「はいぃぃぃぃ」
伝声管から聞こえる教官の声。森、家、雲、空の色が視界の中でごちゃごちゃに混ざり合って、もうなにがなんだかわからない。
「生きているか! リングトン」
「はい」
リアムはたった今空中で宙返りをしていたことに言葉を失っていた。
機体は再び水平飛行に戻り数分の後、着陸姿勢に入ってほっと肩を撫でおろしたが、地上に戻ってから教官の必要以上の質問攻めにあいほとほと参ってしまった。
「ダメかも知れない」
兵舎に戻ったリアムはがっくし肩を落としていた。
「何をうなだれている? リアム・リングトン」
夕食を終え部屋に戻ったアイザックは隅で縮こまっているリアムに声をかけた。しかしリアムは答えない。
「おいおい、縮こまるのはお前の縮れっ毛だけにしてくれよ」
「うるせぇ」
「男だろいつまでも終わったことにくよくよすんな」
「オレは貴様と違って繊細なんだ」
リアムはアイザックのうっとうしい言動にかんしゃくを起こすそんな余裕もないほどにふさぎ込んでいた。そんなリアムとは対照的にアイザックは陽気だ。へたくそな鼻歌を歌い、わざとらしく小躍りを披露したりさんざんリアムを茶化した後、大いびきをかいて眠りにつく。
約一種間の適正検査の間、こうしていろいろな空中検査を受けてきたが、果たして自分に同じことができるのだろうかと思う。しかし明日には合否が下される。リアムは眠ろうとしよう意識するほど眠ることは出来なくなり朝方近くまで身体を休めることができなかった。
リアムたち百余名の候補生は講堂に集合するとフィッシャー大尉が数人の教官たちと待ち構えていた。手には合否の判定が記されているノートを持っている。
「ただいまから名前を呼ぶ。名前を呼ばれた者は右の方へ集まれ。呼ばれなかった者はその場に待機していろ」
それだけ言うと次々に名前を呼び始める。
「サム・ウィルソン、ビル・タッカー、ジョージ・サントス・・・・・・」
半分ほど呼ばれているのにも関わらずリアムの名前は未だに呼ばれない。周りの候補生はどんどん右側に移動していく。不安ばかりが肥大して目を閉じ、祈るように拳を固めた。
「・・・・・・以上だ」
ついにリアムの名前が呼ばれることはなかった。
「オレは・・・・・・パイロットになれないのか」
全身の力が抜けてこのまま膝から崩れ落ちるにしてもあまりにみっともないのでリアムはこれからパイロットとして活躍するであろう同期生にせめてものエールを送ろうと目を開けた。
すると意外なことが起きた。
「ただいま名前を呼ばれた者は残念ながら適正検査に合格しなかった者である」
リアムはフィッシャー大尉の言葉を疑った。聞き間違いではないかとあたりを見回すとその場にいる全員が一瞬のうちにあっけにとられた様子で途端に静寂がこの場を支配する。
「ということはボクたちが合格ってことなんかな」
ウルドがつぶやく。どうやらリアムの聞き違いではないらしい。
その証拠に右側の連中の顔つきが変わった。
歯を食いしばって顔をしかめる者、悔しさのあまり拳を固め瞳に涙を浮かべる者、信じられないという表情で天を仰ぐ者。
その場に待機していた合格組も複雑な表情を浮かべる素直に喜ぶことをためらった。
短い期間だったとはいえ、難関な筆記テストを突破し寝食を共に過ごしてきた仲間の悲運に強い同情に心を支配され、どうしようもない現実の厳しさを痛感したからだ。
彼らは明日の朝にはここを去っていく。リアムやアイザックはうつむいて前を向くことができなかった。もしかしたら不合格者の中には自分よりも優秀な者や志が高いものがいたかもそれないのだ。
リアムは夢破れて散っていく友の分まで努力し、必ず一人前のパイロットになることをこの沈黙に誓ったのだ。
翌朝、去り行く友を見送り、リアムたちはいつものように飛行場へ向かう。きっと今日という朝の出来事も日々の出来事として消化されていくのである。そしてリアムたちは飛行訓練生としてこれから雑用と訓練の日々が待っている。この日は一日中動き回って案の定くたくたになりながら兵舎に戻ると夕食が少し違っていた。
食卓の上には一人ひとりに栄養価の高い牛乳や卵が配られてあり、いつもの兵食が豪華になっていた。
「今日から貴様たちも食事だけは立派な飛行兵扱いだ」
驚いて手を付けられないでいる訓練生たちを見て一緒にテーブルを囲んだ教官が笑っていった。
訓練生たちは、みんな頬を赤らめ恥ずかしそうにはしを持ち夢中になって食べ始めた。
リアムはお腹を満たし、ほっと一息ついた時、自分が見事に合格を勝ち取ったことを実感した。
斜め前に座るアイザックと目が合う。
アイザックもまた自信に満ち溢れた顔をしていた。