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追憶のリアム -空を行く者-   作者: うさみ かずと
一章 飛行兵への長い道のり
8/23

大空への憧れ3

 真新しい飛行服に身をかため教官の引率で初めて飛行場に出た。幾棟に並んだ格納庫。その中に真っ赤に輝く三式陸上初歩練習機がずらりとなんでいて、整備兵たちが慌ただしく機体の最終チェックをしていた。


 わずか百余名のためにここまでたくさんの人が協力し、整備された飛行機が用意されている。これほど恵まれた環境を作ってもらったのだから全力で期待に応えなければとリアムは意気込む。


 その熱はリアムだけではなくアイザックやウルド、他の候補生も同じだ。


 やってやるぞ! という心意気がどこまでも遠くの空へ連れて行ってくれる。そう感じていた。


 飛行場の見学が終わって講堂に入り明日から行われる適正検査の説明と注意を受ける。一時間ほどの操縦座学を受けリアムはその内容を事細かくノートに記していた。



 その日の夜は満月でリアムはベッドに入り、部屋の窓から見える月を眺めていた。


「リアム、眠れないなら子守歌でも歌ってやろうか?」


「やめろ気が散る。オレはこれでも精神統一をだな・・・・・・」


 消灯して暗くなった部屋に月の光がよく映える。


「オレは二階だからここからじゃあ月が見えん、したがってオレも下に行くとしよう。決戦前夜に月見と行こうではないか」


 アイザックはそう言ってリアムのベッドの隣に腰を下ろすと、へたくそな鼻歌を歌いだした。その時偶然にも月が雲に隠れる。


「貴様、もしや嫌がらせではあるまいな」


「まさかオレはここまで一緒にやってきた友との別れを感慨深く思っているだけではないか」


「ほう。それは奇遇だな今しがたオレもそう思っていたところだ」


 雲に隠れた月が再び顔を出す。月の光が二人を照らす。リアムとアイザックはお互いに期待に満ち足りたそして不安を募らせたなんとも不器用な顔で笑っていることを知った。


「貴様、落第するなよ」


「お前こそ足下をすくわれぬようにな」


 その日の夜。二人はなかなか寝付くことができなかった。


 その翌日、いよいよ飛行訓練候補生たちの運命を決める適正検査が始まる。


 午前七時に起床し、日課を済ませて朝食を終えると一同は飛行服に着替え駆け足で飛行場へ向かう。


 練習機はすでに飛行場の中央に設けられた飛行指揮所の前に運ばれていて列をなしている。


「これより空中適正検査を行う。私は諸君らの指揮をとる海軍航空隊戦闘部隊、分隊長ダン・フィッシャー大尉だ。名前を呼ばれた者から順番に指定された練習機に搭乗せよ。健闘を祈る」


 フィッシャー大尉の指揮のもと名前を呼ばれた候補生は二人乗りの練習機の後席に乗せられ次々と出発していく。


「ほなリアムお先に行ってきます」


 名前を呼ばれたウルドはリアムに敬礼して指定された練習機に駆けていく。仲間たちの顔つきはどの顔も真剣で一世一代といったようだった。


「次リアム・リングトン」


「はい!」


 リアムの順番が回ってきた。


 搭乗の手順を教官に教わりながら満を持して後席に乗り込んだ。熟年の整備兵が腰バンド、肩バンドを絞めてくれる。万が一がないようにきつく締めるものだから、リアムは窮屈で仕方なかった。


 前席に搭乗する教官が後席と繋がる伝声管を連結させる音が聞こえた。やがてエンジンが始動され、地震のような振動と耳が裂けるような爆音が飛行場に響き渡る。顔面を刺すような強い風圧にさらされ感動に浸る暇もない。


「出発する!」


 教官がリアムの方へ振り返りながら叫ぶ。


 プロペラの回転がぐんぐん速くなる。そして練習機はその機体をどんどん速度を上げていく。


 リアムの座る後席の操縦装置は副操縦装置になっているために、前席の教官が操る手足の動きと連動して後席の操縦桿や、フットバー(足踏桿)が自動で動いていた。


「離陸するぞ!」


 エンジン大きな音に負けず劣らずの教官の声が伝声管から聞こえてくる。


 風圧で身体を思いっきり押し付けられて、とんでもないスピード。思わず目を閉じる。


 リアムは必死に座席の縁を両手で掴みしがみついていた。


 ――オレは一体どうなったんだ?


 リアムは恐るおそる目を開けると、いままで感じたことのない感覚に包まれていた。体の中から魂だけがふわぁっと飛んでいくような・・・・・・なんとも言えない感覚だ。


「よーし、離陸成功だ」


 教官の声が聞こえてくる。


「オレはいま空を飛んでいるのか」


 幼少の時に見た曲芸飛行に目を奪われ空を舞うことに恋焦がれたリアムは、今、この瞬間、生涯における最大の幸福を味わっていた。否、リアムにそんな余裕などはなかった。それどころか、これから始まる様々なことをオレは覚えることができるのだろうか? 心配になる。


 リアムは空中に浮かぶ身体を少し震わせ底知れぬ不安と相まみれていた。


「高度三百メートル」


 しかし飛行機は待ってくれない。教官の事務的で落ち着いた声がたんたんと伝声管から聞こえてくる。そして高度は上昇していく。


「高度五百メートル」


 リアムは深呼吸をして、心に落ち着きを取り戻そうとしていた。


「リングトン、いま高度は何メートルか答えよ」


 ――きた。


 リアムは昨日復讐したことを脳内で整理し、計器板を見つめる。


 ――落ち着け、小さい目盛りは百メートル毎に刻まれていて千メートル単位の刻みが大きくなっている。どれくらい上昇しているかは外を見ても分からないが千メートルは入ってないはずだ。そして針は少しずつだが上がってきている。


「いま、八百メートルであります」


 初めて空中で読む高度計。小さな目盛りの方を数えて答えた。


「よしっ、それではいまから水平飛行に移行する」


 高度計は八百メートルのところでピタリと止まる。


「手足を操縦装置にのせろ」


 教官の声に従いリアムは期待に胸を膨らませ、しかし一抹の不安を感じながら両手を操縦桿に左右の足をフットバーに添える。


「いいかっ、これが水平飛行の姿勢だ。身体で覚えろ」


 前席の教官の舵をとる動きがまるで生き物のように両手両足から伝わってくる。


 リアムは大きく深呼吸をしながらこの姿勢を必死に身体に覚えさせていた。


「今から三秒後に手を離すからこの姿勢を維持してみろ」


 ついに一人で操縦する時がきた。三、二、一と数を数えた教官が操縦桿から手と足を離す。


 リアムは夢中に操縦桿を握りしめ、フットバーを踏んでいた。


 ――まっすぐに飛んでいる。


 そう実感するまでかなり時間がかかったように思える。なにせ拍子抜けするほど機体はぶれることなくまっすぐに飛んでいたのだ。


「すごい、すごいぞ!」


 思わず声にだした。いつしか自分が飛行機を飛ばしている気になり始めていた。


「しまった」


 一瞬の気の緩み。機体は次第に左右にぶれ始める。焦って元に戻そうとすればするほどぶれは大きくなり、リアムの身体から汗という汗が滲み始める。


「もういい、離せ!」


 リアムは緊張から解き放たれ肩の力を抜いた。その反面でやってしまった・・・・・・かと覚悟する。


「リングトン! 貴様なかなか筋がいい。もしやこれが初めてではないな」


 伝声管から聞こえる教官の言葉に困惑する。


「いえ初めてです!」


「そうか、ならばよく昨日の座学を復習したな! 上出来であるぞ」


「ありがとうございます!」


「それではリングトン、飛行場はどこにある?」


 安心したのもつかの間リアムは後席から身を乗り出すようにして右に左に探しては見たがどこに何があるか全く見当がつかなかった。


「わかりかねます」


「ならば見せてやる。しっかり見ておけ」


 そう言うといきなり機体は右に大きく傾いた。リアムはあまりの傾きに墜落するのではないかと思ったくらいだ。


「そのまま下を見ろ」


 リアムは視界を下に移すとそこには飛行場があった。全長九メートルほどある練習機がブリキのおもちゃのように並んでいることを確認できた。


「どおりで見えないわけだ、飛行場は元々飛行機の腹の真下にあったんだ」


 教官にリアムのボヤキが聞こえたかどうかわからないがふっと笑った声が伝声管から聞こえた気がした。


「これより帰還する!」


 地上に降りて教官に敬礼する。教官は駆け足でフィッシャー大尉の元へ向かうと記録板を持ったフィッシャー大尉に真剣な眼差しで報告をしていた。


「採点か」


 リアムは大きなため息をつく。正直なところ今の飛行が及第点に達していたのかとは全く分からない。

ただ離陸寸前に見えた列車を最後尾から追い抜いた時初めて飛行機のスピードを実感した。そして感動した。空中では対象物がないためどのくらいのスピードなのかをあまり把握することができなかったから、列車より何倍も速いという事実に改めて驚かされた。


「リアム、どうやった! 大空を羽ばたいた感想聞かせてぇなぁ」


 先に適正検査を終えていたウルドが興奮気味に話しかけてくる。


「どうって・・・・・・オレはまだこれといって実感がない」


「なんやなんや、長年の夢が叶ったんやで! もっと喜ばんかい」


 ウルドは本当に興奮していていつもの何倍も口が達者になっていた。


「ところでオレはどれくらい空にいた?」


「えっと、三十分くらいちゃう? ボクもそのくらいやったで」


「三十分か」


 あまりに長い三十分間の出来事にリアムは無意識に微笑んでいだ。


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