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追憶のリアム -空を行く者-   作者: うさみ かずと
一章 飛行兵への長い道のり
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少年リアム4


少し前に先生から教わったチェスというボードゲームは戦略を練る力や先を見据える力が養われ最近の楽しみのひとつだ。これもヴァームコントロールの練習らしい。腕を組んで劣勢にたたされた白軍を見ていたリアムに先生は声をかける。



「やっぱり行くのか?」



 リアムは駒を動かした。先生はその手を読んでいたようですぐにリアムを追い詰める。



「それがオレの夢だから」



 眉間にしわを寄せやっとのことで思いついた反撃の一手。駒を動かすリアムはその僅かな時間で昔を思い出していた。



「いつまでそうしているつもりだ」



 食事もろくにとらず部屋から出てこないリアムに呆れたように微笑んだ先生は、光を遮断している重いカーテンを開けた。久しぶりに浴びる太陽の光は刺激が強すぎた。



「日陰ばかりを好んでいてはいじけちまうだけだ」



 先生はリアムの手の中に何かの紙切れを忍ばせる。手の平にある感触を確かめながらゆっくり開くとセントラル行きの切符があった。



「なんですかこれ」



「今からセントラルに行く」



「行かないよ」



「行けばわかるさ」



 考え深そうな顔をするリアムの手を引いて半ば強引に外へ連れ出した。



「悪いな本当は車で連れて行ってやりたいところだが、あいにくメンテナンスにだしてるんだ」



 先生が次に言葉を発したのは列車の中だった。二人の視界の先には朝早くからセントラルに出稼ぎにいく労働者たちでごった返している。



「この時間帯はいつもすごい人だな」



 先生の体が押し寄せる人波の盾になりできたスポットにリアムを誘導させる。



「・・・・・・」



 リアムはただ黙って外の景色を見ていた。だんだんと山の緑が消えていき見慣れた風景が見えてきて身体を震わせる。列車が終点であるセントラルのホームにつくとリアムは先生のシャツの袖を握りしめていた。先生は駅員の顔色を窺いながら視線をリアムと合わせた。先生の黒い瞳がまっすぐリアムを見据える。



「大丈夫だ、行こう」



 背中を押されてプラットホーム上に降りたリアムの手を再び引き歩き始める。



「どうした堂々と歩け」



「でも・・・・・・」



「お前は何も悪いことなんてしてないだろう」



「違うんだ、先生」



「何が違うんだ?」



「オレはこの街で母さんを救えなかった。俺はこの街から逃げたんだよ」



「そうか」



「オレは母さんがもう長くないことをうすうす勘づいていたんだ。だからだったらもっと母さんの言うことを聞いてあげればよかった。もうこの街で何も失いたくないんだよ」



 一瞬、先生の目が驚いたように見開いた。



「驚いたな、すごいことを言う」



「え・・・・・・」



「もう何も失いたくないか」



「うん」



「リアム、これは賢いお前だからあえて言わせてもらうがような分かったような口を聞くな、そんなこと死ぬ間際の老いぼれがこぼす戯言だ。生きていれば失うことなんて日常茶飯事だ。それに耐えて前に進んだ者だけが今を生きることができる。苦しくても前に進め、顔を上げろ。何かを一つ失くしただけで自分が抱いた夢や信念、残りを全部失う真似は絶対にしてはいけない」



 説くようでも、押し付けるようでもなく至って丁寧な口調で、先生は言った。



「オレは・・・・・・」



 リアムは言い淀んだ。そして次の言葉を発する瞬間、鼓膜を裂くような爆音が聞こえてきた。あまりに驚いて顔を上げると目の前にたくさんの飛行機とその数を遥に凌ぐ群衆がセントラルの海上広場に集まっている。そして歓声が上がった。一機の飛行機が大空へと飛び立って行く。



「これは」



「皇国海軍航空隊のテスト飛行を兼ねた実戦訓練だ。まぁ訓練の名を借りた曲芸飛行視聴会だな」



「空を飛ぶの? 空からでも戦えるの?」



 先生はリアムの軽くなった身体を持ち上げて肩車すると臆面もなく言った。



「戦えるさ、あと三年もしないうちに空の上での戦いが戦争の勝敗を決めるようになる。リアム。この地上がお前にとって足かせになるならばもういっそのこと大空に飛び立て、しがらみも過去も関係ない場所に自ら飛び込んで行け」 



 このときすでに先生の言葉はリアムの耳には届いていなかった。次々と陸を離れる飛行機に夢中になっていたから。



 リアムが見たのはアンゴラ帝国製の旧型水上機で翼以外の骨組みだけ、エンジンはむきだしの原始的な飛行機だったが、それでもリアムにとってその勇ましい姿と腹の底から響く爆音に心を打たれた。



 人間が鳥のように自由に大空を飛ぶ確かな事実は幼いリアムにとって刺激的だった。



――空だったら堂々と敵と戦える! 軍人になれるぞ。



「先生、オレ決めたよ」



 一度、ひどく騒々しい人の声がそれを遮ったが、リアムははっきりと、



「オレは絶対にパイロットになる」



 そう言った。



 それからのというもの、寝ても覚めてもリアムの頭から飛行機のことが離れることはなかった。



そのためにリアムは今日まで勉強を続け、海軍が母体の飛行兵訓練候補生に合格した。パイロットになることはいつの間にかリアムの生きる糧になっていた。



「チェックメイトだ」



 頭を抱える。ついに一回も勝てなかった。



「先生、オレもう寝るよ」



「リアム」



 席を立ち背中を向けたリアムを呼び止める。なに? という顔をするリアムに精一杯の優しい声で言った。



「腹出して寝るなよ」



「分かってるよ」



 少し震えた声で答えた。





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