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追憶のリアム -空を行く者-   作者: うさみ かずと
一章 飛行兵への長い道のり
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少年リアム3

 

道の脇に荷物をたくさん積んだ三輪自動車がある。運転席から現れた初老の男は少し揺れてシミのついたシャツに膝よりやや短めの半ズボン。素足にサンダル、ほとんど白くなっているひげを蓄えて頭には麦わら帽子をかぶっていた。首にかけてある銀のペンダントには麦の絵が象られていて陽光に反射して光っている。男の目の前には半分朽ちた柵があり、その柵に四方を囲まれてポツンと佇む小さな孤児院は地震などの自然災害が起こればすぐにでも潰れてしまいそうだ。



「リアム荷物を下ろすから手伝ってくれないか?」



 リアムと呼ばれた少年が二階の窓からひょっこりと顔をだす。こくりと頷いてあわただしく階段を駆け下りてくる。



「先生お帰りなさい」



 リアムはまだ新しいシャツにショートパンツ、いっけん無気力に見える奥二重のまぶたに茶色の瞳。少し伸び始めていた天然パーマの黒い髪を隠すように左右に垂れのある飛行帽をかぶっていた。



 先生と呼ばれた初老の男はところどころはげた飛行帽に手をやると、ポンポンと二階叩いて荷台に積んだ荷物を家まで運ぶことを手伝うように促す。荷物は食料品が大半を占めていて一ヶ月は乏しい思いをしなくても済みそうな量だった。孤児院に戻ると先生はさっそく昼食の準備に取り掛かる。



「セントラルの様子はどうだった?」



 長い年月の末、色も柄も分からなくなったエプロンを着用した先生はう~んと唸った後、口角を上げそのままジャガイモの皮をむく。



「大盛り上がりだったよ。先日のエイカ共和国の陸上基地を破壊した海軍を祝うイベントでもちきりだった」



 先生の表情は複雑でその原因はリアムにあるようで・・・・・・。




 この世界は大きな二つの大陸と海に浮かぶ小さな島々で成り立っている。西側の大国アンゴラ帝国と東側のコバルト連邦の歴史は戦争の歴史だ。



 人類最古の文明が生まれた、紀元前の古代。水平線の先はこの世の深淵、悪魔の世界だと考えられていたため東西の交流はなかったとされている。



 やがて、文明が生まれ、いくつもの小国が生まれ、数え切れない争いを経て、東西は巨大な帝国にまとまった。そして、海洋技術が発達すると今度は帝国どうしの戦争になる。


お互いの領土の奪い合いが目的とされる争いは数十回を超えたと古い歴史書に記されている。


 海の向こうの大国を滅ぼすことはいつしか東西の権力者たちの野望となっていった。



 そして地理的な問題からそのほとんどが失敗に終わる。ベガルダ海を越え一時的に占領してもすぐに押し戻された。


 それから千年近い時が流れてかつての帝国は滅び小さな国がいくつもできた。東西の大陸で消滅と繁栄を繰り返していた。



 中世に入ると教皇(最高位聖職者)が各国の王を従えるようになり西側の王国が連合を組んだ。かつての野望を果たそうと東側が戦争に明け暮れている隙に奇襲攻撃を決行した。


東側の国々は同盟関係を結び総員で迎え撃った。母なる海ベガルダ海を挟んだ攻防がずるずると一世紀以上続く。やがて人類が衰退するほどの伝染病が蔓延して戦争どころではなくなった。



 近代になるとそれぞれの諸国で領土の奪い合いを繰り広げた。しかしその一方でもし海の向こうの国が束になって攻めてきたらどうするのか。東西の古代の帝国は団結するという形で再構築された。来るべき戦いに備えて海洋術、航空術を発達させた両国は着々と軍事力をつけていた。そして東西の大戦争が勃発した。



「連邦が帝国との戦争を有利に進めるためにちょうど両国の真ん中に位置するこの国に目をつけてエイカ共和国を使い宣戦布告してこなければ戦争になんかはならなかった。おかげで物価は上がるしいい迷惑だ。んっ」



 先生のボヤキには目もくれず海軍航空隊の活躍の話しに思わずリアムの目が輝く。



「すごいなぁ、オレもいつかパイロットになるんだ」



「・・・・・・、そのためにははやくヴァームをコントロールできるようにすることだ」



 リアムは頷く。その顔はさきほどの晴れやかな表情とは違い、はがゆさを浮かべたやるせない表情だ。



 風通しを良くするために半分ほど開けた台所の窓から初夏の気持ちの良い太陽の匂いがじんわり体を通り抜ける。



リアムが縁あって先生の孤児院を訪れてから一年と数か月がたつ。肺を患っていたリアムは自然あふれる田舎の綺麗な空気に包まれながらの治療に専念していた。



「オレたいぶ体調もよくなった。大丈夫だ。それに来月からラトス上級学校に進学するんだ。先生お願いだオレに力の扱いを教えてくれよ」



「リアム・・・・・・」



 皮むきを終えたジャガイモとその他の食材を鍋に入れた。夏が近づくに連れて気温も高くなりシャツに汗がにじんでも胃腸の弱いリアムはあまり冷たいものが食べられない。この時期に腹を下してしまえば水分が体から大量に放出され、著しく体力が低下する。それだけは避けたかった。



 リアムはそんな自分がたまらなく悔しくて、必死に自分の弱い体に打ち勝とうとしていた。ただでさえ同世代の仲間より半月遅れているのに今のままの自分ではいけないと言う危機感がリアムを奮い立たせた。



 食事を終えると二人は外に出た。眩しい初夏の太陽が大地の草木と二人を照らす。空に雲はない。蒼く、そして乾いた空気がどこまでも広がっていた。



「重心を意識するんだ」



 先生はそう言ってリアムの視界から姿を消した。自分の膝を抜いて一瞬のうちに体をかがめたと気が付いた時にはたじろくリアムの目の前まで間合いを詰めていた。勢いそのままにみぞおちめがけて突きが飛んでくる。



「うっ」



 咄嗟に息を止め筋肉を強張らせたが痛みはなく、先生の突きがリアムとの距離にしてわずか小指一本ほどで静止していることに気が付いた。



「今、私の重心が移動したことに気が付いたか?」



 リアムは首を横に振る。



「ヴァームとは自分より大きな相手を投げ飛ばしたり、倒したりする時に使う一時的なものだ。それを持続させ、物体までも意思を伝えることができる人間はごくまれだ。しかし、どんなに強い力を持っていても相手に見破られたら回避されてしまう。だから相手に悟られない動作で大きな力を与えられることができるかどうかが全てなんだ」



「そんなこと言ったって・・・・・・じゃあどうすればいいんだよ」



「たんにヴァームを解放することではない、この星の重力に沿った自然の原理を活用しなければならないってことだ」



「つまり大きな力を得るためには重力を利用しろってこと?」



「そうだ。まぁ強いてゆうなら自然体だ。そうすれば少ないヴァームでも無限の可能性を見出すことができる。大きなヴァームをコントロールする必要はない」



「ヴァームをこの星とシンクロさせるわけだね」



「まぁぼちぼちぼち頑張れ。お前は考えすぎる節があるから」



「うん」



 その日の指導はそれだけだった。初回のオリエンテーションようなものだと先生は言っていたが、それだけでリアムは自分が何をするべきかを認識した。



 先ず意識したのは自分のヴァームの軸はどこにあるのかを探した。足の裏のつま先内側、外側、かかと内側、外側の四分割で考えた時どこで地面を掴んでいるのか、一番力を発揮するか場所を徹底的に調べ上げる。調べ方については先生に教わった。先生の指導法は自分からあれこれ指図するのではなく、リアムの質問に答えるだけと言ったシンプルなものだった。必要ならばアドバイスやサポートをするが決して自分の口から今何をすべきかを言わなかった。またリアムの考え方や感覚に対する感想は述べるがそれ以上は手を差し伸べることはなく、自由にやらせる。それが先生のスタイルなのだ。



 そしてリアムが本格的に先生に稽古をつけてもらうときがやってきた。組み手をするたびにぶっ飛ばされていたが、先生の動きを真似することで自然に体が素早く動けるようになる。先生の日常生活からちょっとしたくせまで研究し真似をすることでヴァームの解放感覚を研ぎ澄ませていく。



 それはリアムがラトス上級学校に進学してもからも続いた。そのかいあってリアムは少しずつヴァームのコントロールができるようになった。それだけではない大きな力を発動する前には先生は必ず脱力していたことに気が付く。ヴァームを解放するためには直前に力を抜くことが必要だと知った。



 毎日を勉強と武術の鍛錬に励み、生まれつきの負けん気と底知れぬ向上心。曲がったことが大嫌いで筋を通す性格のために同級生から融通が利かない奴だとからかわれる始末だ。



 しかしリアムは胃腸と呼吸器が弱いハンデを乗り越えラトス上級学校を首席で卒業した。



 

 そして再びセントラルに戻る時がやってくる。


 兼ねてから希望していた海軍航空隊のパイロットになるために筆記テストをパスしたリアムは、飛行兵学校入学の適正検査を受けるのだ。


 

再びセントラルに戻る時がやってくる。  


 


兼ねてから希望していた海軍航空隊のパイロットになるために筆記テストをパスしたリアムは、飛行兵学校入学の適正検査を受けるのだ。  


 セントラルに出発する前日。リアムは孤児院の草原にある一本の細い獣道を歩いていた。その獣道の先 には大きな湖があって、水辺のまわりをたくさんの植物や動物たちが囲んでいる。リアムは適当な場所を見つけて腰を下ろす。肩にかけたリュックサックからスケッチブックとペンケースを取り出す。  



 デッサンが始まった。


 一頭の野生の小鹿が湖の水を飲んでいて、動くなと祈るように鉛筆を走らせた。小鹿はリアムに気が付いた様子でこちらをじっと睨んだあと、そそくさと森に駆け出した。


「くそっ」


 悪態をついてリアムは鉛筆を変える。  


 リアムは絵を描くことが好きだった。  


 自分が見た世界を模写して残すことに自分がここに存在している証明を自分自身にしているようで何よりの心の支えになっていたのだ。  


 陽が暮れるまでデッサンした後、家路につくとすでに夕飯が用意されていて小食のリアムは珍しくおかわりをした。


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