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7

目的を、奪われてしまったなぁ。ワースはそう思い、迷った。自分がこれからどこに行って何をすべきか、わからなくなった。王様は何も命令をしなかった。大臣は既に役職を失った、ただの老人だった。しかも、ボケていた。女王様からも何か命令されたわけじゃない。だから、危険な科学島へ行き、テラルーペを手に入れなければいけない理由は、もはやないのだ。かといって、このまま家に帰り、平穏な日々を過ごすには、足を踏み入れ過ぎている気がする。夏の女王様が言っていたように、事態は思ったよりも深刻なのかもしれない。世界が少しずつ、おかしな方向へ傾いている気がする。塔から出て来ない冬の女王様。塔に現れない春の女王様。メランコリーに陥った魔女。認知症になった元大臣。心の隙間からこちらを覗き込む悪魔。確かめなければいけない気がする。俺はきっと、確かめなければいけないんだ。そうしなければ、きっと、後悔する。でも、俺に、その資格があるだろうか? これは、女王や魔女や科学者や悪魔が関与する話で、旅人が関与すべきことではないのかもしれない。どうしたらいいんだ? 俺は、どうしたいんだ?

 ―――一生で一度のお願いでございます。

 ふと、元大臣の言葉が浮かぶ。思い返せば、元大臣の目は、はるか遠くの銀河を眺めているかのように、澄んでいたなぁ。認知症になって、ボケてしまって、それでもなお、王の権威という、目に見えないものを必死に守ろうとする元大臣の姿は、何故か愛おしかったなぁ。

 ああ、そうだ。元大臣の願いを叶えるために、もう少しだけ旅を続けるのも、悪くない気がする。悪くない。悪くないよ。ボケ老人の妄言のために危険を冒す。そんな愚かな行為を、愚かだと笑うくらいなら、笑われよう。お前はバカかと嘲るくらいなら、嘲笑を受けよう。 

―――ボケ老人の不確かな言葉を、行動理由にしよう。

 ワースは決意した。迷いが晴れた。迷う必要なんかなかった。旅の始まりは、大臣のお願いであり、旅の終わりも又、そのままでよかったんだ。別の理由を探す必要なんてなかったんだ。ワースは角笛を鳴らした。「ブホブハ」という音が寒空に鳴る。雪が降っている。しんしんと降っている。プギャピーがやって来る。力強く羽ばたく。その羽ばたきは、ワースの決意を理解している。吐く息が白い。プギャピーは、プギャピーと鳴く。嬉しそうに鳴く。これから向かうところは、ワースの決意が向かう場所だ。決意の先にワースを運べることは、プギャピーにとって、喜びだった。ワースはプギャピーの背に乗る。二人は飛び立つ。四季の国は、白く染まっている。冬の女王様が、四季の国を、白く染めている。


       ○


 ワースは科学島にやって来た。科学島は上空から見るとヒョウタンのような形をしている。ヘチマのような形にも見える。科学島には四季はない。一年中春の心地よい気候が漂っている。沿岸には桜並木が咲いている。島の中央には都市があり、煙をモクモクと発する煙突工場が並ぶ。歯車によって動く巨大な時計塔があり、工場で部品を製造する際に発生した熱を冷やすための湖がある。光化学スモックで視界は霞んでいる。島の南側に一隻の船が見える。外部の人間が他にも上陸している。ワースは何となく、上陸している人物が誰なのか、想像がついていた。

 ワースは科学島の都市へと降り立つ。プギャピーは不快な顔をする。自然を生きる獣には、ここの空気は汚すぎた。ワースはプギャピーに別れを告げた。プギャピーは空へと消えた。

「やあ、ようこそ科学島へ」

 ワースは直ぐに周りを取り囲まれた。空飛ぶ旅人は、とても目立つのだ。そこには、噂通りの人間がいた。体は骨と皮だけしかない。とにかく細い。そのくせ、頭はでかい。とてもバランスが悪い。重い脳みそを支えるために、体は前傾姿勢の猫背になっている。栄養が行き届いてない骨は、強度を保てないのか、曲がっている。足はO脚もしくはX脚の形で曲がっている。手はジュラ紀のティラノザウルスを彷彿とさせるように拘縮している。その姿は、頭にだけ栄養が行き届けばいいという信念によってつくられた体であった。人間の本質は脳にある。思考することこそが、人間の生きる意味であり、体はタダの飾りであると、彼らは心底信じているのだろう。

「警戒しなくてもよろしい。私たちはあなたを歓迎しますよ」

 ワースを取り囲む科学島の人間を見渡す。人数は十人。多勢に無勢だが、一人一人は弱そうだ。十対一でも負けないだろう。それに、敵意は全く感じられない。本当に歓迎しているように思える。ここは、取りあえず相手の言葉を信じて、出方を伺おう。ワースは肩の力を抜いた。

「私は旅人のワースです。突然の訪問失礼致しました。実は」

「手短に、結論から頼むよ」

 科学者の一人が口を挟む。

「私たちは忙しいのだ。何もしていないように見えても、頭では常に思考を展開していて忙しいのだよ」

 科学者の一人が頭をトントンと指で叩く。我々の脳みその中では今、思考の戦争が起きている。外からではわからないだろうが、内在する熱は、激しく燃えているのだよ。

「わかりました。では、要件を言います。テラルーペを頂けないでしょうか?」

「テラルーペか。あれはまだ、実用段階にない。大量生産の技術が出来上がっていないから、ただ一つしかない」

「そこをなんとか、お願いできないでしょうか。用事が済んだら、直ぐに返しに来ますから」

 ワースは頭を下げる。科学者は皆、汚れた白衣を着ている。白衣の裾から伸びる手足は、棒かと思うほどにか細い。

「誰もダメだとは言っていない、が、理由を聞こうか。我々は、頭ごなしに否定はしない。理由をちゃんと聞くし、必要な情報はちゃんと収集する。それから判断する。判断をするためには、正しい情報が必要だ。情報集をせずに、判断をしてはいけない。それは愚者がやることであり、情報のない判断は、ただの感情の放屁である」

 科学者はお尻を突き出し、出っ歯を見せる。ゆるキャラのようなコミカルな顔をする。

「ユーモアだよ、ユーモア」

 ワースは思わず苦笑いをする。今のは、笑いを狙っていたのか。ワースは意外だった。科学者はユーモアなど、持ち合わせていない人種だと思っていた。

「ユーモアとは、知的な行為なのだよ」

 今度はキリッとした顔で科学者は言う。ワースはこれも笑いを狙ったユーモアなのかと思い、苦笑いをする。それから、気を取り直して、理由を話す。

「王の威厳を守るために、必要なのです」

「それが理由? 冗談かな?」

「冗談ではありません」

「王の威厳なんて、不確かなものを守るためにテラルーペが必要? 意味がわからない。そんな理由、とうてい納得できないな」

 ワースは図星を突かれたと思い、言葉に詰まる。王の威厳を守るために、ここまで来たわけじゃない。もっと、別の理由がある。俺をここまで突き動かした感情が確かにある。でも、その気持ちを言葉にできない。この気持ちを伝えるために必要な語彙がわからない。

「急ぐ必要はない。長い時間をかけて熟考するといい。正しい答えというものは、長い思考の末にたどり着くものだ。理由の如何によっては、テラルーペを貸してやらんこともない。気持ちが固まったら、話に来なさい。それまで、科学島でゆっくりして行くといい。観光を目的として築かれた都市ではないから、退屈かもしれないが、食事と書物くらいなら提供できる。ゆっくりして行きなさい」

 科学者の一人はそう言うと、ワースを宿へと案内した。ワースは頭の中でいろんなことをウダウダ考えながら、科学者の後について歩いた。


       ○


 気が付くと、落ちていた。落とし穴だ。叫ぶ暇もなく、暗闇の地下へと吸い込まれる。尻もちを着く。かなりの高さから落ちたはずだが、それほど痛みはない。衝撃を吸収してくれるクッションがあるようだ。暗くてよくわからないが、弾力のあるマットのようなものがある。

「あなたは、だれ?」

 暗闇の中女性の声が聞こえる。品のある声だ。

「ワースです。旅人をしています」

「え? ワース、ワースなの!?」

 暗闇の声は嬉々としている。

「はい。えっと、どちら様でしょうか?」

「私を覚えていないのですか?」

「いや、その、暗くて、よく見えなくて」

 ワースの目は、まだ暗順応していなかった。

「わたくしは、四季の巡る国で、春をつかさどっている者です。冬を終わらせて、夏を導く者です」

「もしかして、春の女王様ですか?」

「そのように呼ぶ者もいるようです、わたくしは、名前をハルと申します。桜のように瞬間的に輝き、直ぐに散り行く女です。芽吹きを助け、花粉をまき散らす、力を持った人間です」

「え、えっと、春の女王様ですよね?」

「あなたがそう思うなら、そう呼んでもらってかまいません。ただ、わたくしは、春一番のように」

「いえ、もういいです。わかりました。わかりましたから」

 ワースは春の女王の言葉を遮った。春の女王様の話は、婉曲過ぎてよくわからない。

『やあ、春の女王様に、旅人さん。調子はどうですか?』

 放送が聞こえる。若い男の声だ。

「ここから出せ! 騙したなこの野郎!」

 ワースは怒鳴る。

『君たちは、貴重な被検体だからね。悪いがそこから出すわけにはいかないよ』

「俺達をどうするつもりだ」

『話を聞いていなかったのかな? 被検体にするんだよ。怪しい薬を飲んでもらったり、行動観察をしたり、するんだよ。ああ、楽しみだなあ。モルモットの実験はもう、飽き飽きさ。人間を使った、一段階上の実験ができる。楽しみ楽しみ~』

「マッドサイエンティストめ!」

  ワースは自身の認識の甘さを悔いた。噂は本当だった。科学者は、人間の被検体を探していた。外部の人間は捉えられ、実験に使われるという噂は、本当だったのだ。ワースは壁を叩く。硬い。四方を確かめる。壁、壁、壁、壁だ。四方を壁で囲まれている。いや、突然冷たい鉄の感触が手に当たる。扉だ。鉄の扉がある。試しに押してみる。硬い、重い、ビクともしない。鍵がかかっているようだ。俺一人の力では、到底破ることはできないだろう。万事休すか。

「ここからは、出られません。わたくしも、いろいろと試してみましたが、無理でした。ワースも、脱出方法を考えるということのナンセンスを理解し、時の流れに身を任せてみてはどうでしょうか」

 ワースは考える。つまり、あきらめろ、ということだろうか? 春の女王様の言葉は婉曲過ぎてよくわからない。でも、まあ、確かに、あきらめた方が良さそうだ。春の女王様の言う通り、時の流れに身を任せよう。ワースはその場にあぐらをかいて座った。

「ところで、春の女王様」

「はい、なんでしょう」

「どうして、この科学島に来たのですか?」

 脱出は不可能。特にやることもない。ワースは春の女王様に話しかけた。気になっていたことを聞こうと思った。

「答えが欲しかった、のかもしれません」

「答え?」

「科学者は研究熱心だと聞いておりました。いくつもの答えを発見し、それを頭の中にたくさん詰め込んでいると聞きました。その頭を勝ち割って、頭の中から答えが詰まった臓物を引きずり出そうと思ったのです」

 ワースは苦虫をかみつぶしたような顔をする。絶句して、言葉が出ない。

「ユーモアでございますよ。ワース、今のはユーモアです。わたくしはキチガイでもメランコリーでもありませんよ」

 春の女王様は、春一番のようにイタズラな顔で笑う。ワースの目がようやく暗順応する。ぼんやりと、春の女王様の輪郭が闇に浮かぶ。柔らかな曲線。くりくりとしたカワイらしい瞳。低い鼻。とてもかわいらしい顔だと思った。

「ユーモアだったんですね。少し、驚いてしまいました。そう言えば、掟島にも行っていたんですよね。それはなぜですか?」

「魔女は真理を知っていると聞いたものですから。わたくしの問いに、的確に応えてくれると思ったのです。占い師に助言を求めるのと一緒です。わたくしの心を、占って、見透かしてもらいたかったのです。でも、無駄足でした。魔女は価値の話しかしませんでした。心の価値は何々と同じだ、何がしと同じだと、小難しい話をするだけでした。わたくしが知りたかったのは価値ではなく、答えであり、在り方であり、そのままの形で相手に心が伝わるということであり、わたくしの心が簡単に見透かされるということでしたから。わたくしが求めるものは魔女との対話からは得られませんでした」

「はあ、そうですか」

 暗闇の中、ワースは春の女王様の胸のあたりを見る。暗闇の中でなら、肉体を通り越して、心を覗くことができるのではないだろうか。そんな希望が浮かんだ。

「何をそんなに熱心に見ているのですか?」

「胸を」

「胸を? それはまた、ハレンチですね」

「失礼致しました。女王様に、無礼なことをしてしまいました」

「ええ、そうね。女王とか関係なく、レディーに対して、褒められた行為じゃないわね」

「ただ、暗闇の中なら、胸の奥にある心が、覗ける気がして、つい」

「どう? 覗けたかしら? 心」

「少しだけ、覗けた気が、します」

「ワース、もしかしたら、わたくしが求める答えを持っているのは、あなたかもしれない」

 暗闇に沈黙がはびこる。春の女王は言葉をなくし、ワースもまた、次の言葉を見つけられない。そんなとき、指先の感覚は逆説的に鋭くなる。指先が、冷えていることに、ワースはこの時初めて気付く。

「春の女王様」

「何かしら」

「寒くないですか」

「そう言われれば、寒いわね」

「どうしてでしょうか」

「どうしてかしらね」

 二人は首を傾げた。この時、地下牢にいた二人は知らなかった。外では、大変なことが起きていた。海は凍り、空からは雪が降り、一年中春の気候であるはずの科学島に、冬がおとずれていた。四季の国の塔から、冬の女王様は抜け出し、海を凍らせて、その上を歩いて、科学島までやって来たのだ。なぜ? そう問いかければ、冬の女王様はあっけらかんとした態度でこう言うことだろう。

 ―――ハルが来ないなら、私が会いに行くしかないじゃない。

 警報が鳴る。けたたましいサイレンだ。科学者の上ずった声が放送される。緊急事態緊急事態。科学では到底説明できない、寒波がやって来る。軟弱な肉体の我々科学者には、耐えられない。外に出れば、最悪肉体が活動停止するだろう。家屋に入りなさい。警戒が解かれるまで、外に出てはいけません。放送は繰り返す。身の安全を守るように繰り返す。忘れてはいけない。冬は、人を殺す力を持っていること、忘れてはいけない。

 霜が地面を這う。霜の面積がどんどん増えていく。科学島の壌土が霜に覆われる。ワースは上を見る。落とされた穴を見上げる。霜が降りてくる。パキパキという音が鳴る。霜は格子状に下へと降りてくる。

「さあ、昇ってきなさい」

 冷たい声が聞こえた。春の女王様は震えている。寒さからではない。恐怖で震えている。どうして? どうしてこんなところに来てしまったの……。春の女王様は何度も呟いている。

「とりあえず、上に昇りましょう」

 ワースは霜でできた梯子を掴み、上に昇る。春の女王様も続く。えっちらほっちら上に昇る。地上の光が近づく。光に手を伸ばす。雪のように白い手が、ワースの手を掴む。引っ張り上げる。冬の女王様と目が合う。雪の結晶のように、キレイな瞳だと思った。

「あれ? ハルじゃない」

 冬の女王様は首を傾げる。ワースの後に続いて、春の女王様が地上に到達する。

「あ、ハルだ」

 冬の女王様が春の女王様の手を握る。冬と春が今、繋がった。

「フユ! どうしてここに来たの? 塔は、塔はどうしたの?」

「空っぽ」

「そんな! どうして! フユ、あなた、それがどれだけ大変なことが、わかっているの?」

「だって、ハルが来ないんだもん」

「そ、それは」

「ハル、悩んでたんでしょ」

「え?」

 冬の女王様は春の女王様をやさしく抱きしめる。

「ハル、私たちだけが、あの塔に閉じ込められるなんて、理不尽じゃない。嫌なら、いいのよ。塔に入らなくてもいい」

「でも、でも、でも、わたしたちが塔にいないと―――シフキが!」

「シフキ? そんなの、知ったこっちゃない。悪魔がなんだって言うのよ。私たちだけが、シフキの悪魔の存在に気付いているなんて、不公平じゃない。世界中の人間が、知るべきなのよ。悪魔の視線に気づいて、怯えながら、生きればいいのよ」

 春の女王様と冬の女王様が口論をしているとき、四季の国の塔は空っぽで、誰もいない。それを見た、シフキの悪魔が、ニヤリと笑った。


       ○


 シフキ、それは四不季と書く。あなたは、四不像スープーシャンという生き物をご存じだろうか。それは、シカのような角をもちながらシカでない。ウシのような蹄をもちながらウシでない。ウマのような顔をもちながらウマでない。ロバのような尾をもちながらロバでない。どの生き物にも似ているが、どの生き物にも似ていない。それが四不像という生き物だ。それと同じように、春のようで春ではない、夏のようで夏ではない、秋のようで秋ではない、冬のようで冬ではない。そんな不確かで、不安定で、混沌とした季節。

―――それを、四不季と呼ぶのだ。

 四不季には、太陽で焦げた黒い雪が降り、北風のように冷たい春一番が吹き、一瞬で散るからこそ美しい桜がしぶとく咲き続け、紅葉した小さな芽が生まれる。突風が吹いたかと思えば、凪になり。汗をかくほど暑くなったと思えば、氷点下の冷気が指先を襲う。雨は降った瞬間に蒸発し、地面からツララが生える。空には、羊雲や入道雲、うろこ雲など、個性豊かな雲が刻々と形を変えている。そして、その隙間から、悪魔が覗く。人々は空を見上げるたびに悪魔と目が合う。悪魔は何もしない。ただ見つめるだけ。しかし、悪魔に見つめられて、正気を保てる人間がいるだろうか? 誰もがメランコリーになってしまう。恐れ、恐怖、嫉妬、不安、強欲、傲慢、怠惰、快楽。いろんな感情に身をゆだねてしまう。秩序は崩壊し、人々は右往左往する。まるで、万華鏡のように、美しい混沌を描く。四不季の悪魔は、それを眺めて、ただ楽しむ。四不季の悪魔は、人間が大好きなのだ。人間を見るのが、面白いのだ。特に、メランコリーに陥った人間を見るのが、大好きなのだ。四不季のように不安定な季節になれば、それに呼応するように、人の心も不安定になる。不安定な心は、万華鏡のように、簡単に形を変える。時に美しい模様を作り、時に、汚い模様を作る。

 四不季が始まる。四季の国は今、四不季になっている。塔に誰もいない状況が、四不季を作り出す。四不季を終えるためには、春の女王が、塔に入る必要がある。

「こんなつもりじゃなかったの。答えが見つかったら、直ぐに国に戻って、塔にはいるつもりだったの。でも、科学者に捕まってしまって、それで、わたし、どうしたら……」

「ハルはどうしたいの?」

「わからない。わたしは、いったい、どうしたら……」

「ハル、心を守るのはやめなさい。帰りたくないなら帰らなければいい。帰りたいなら帰ればいい。YESかNOの単純な二択よ。複雑にする必要はない。婉曲にする必要はない」

「フユにわたしの気持ちなんてわからないわよ!!」

「わからないわよ。それがどうしたの」

「それがどうしたの、ですって」

「心は見えないのよ。わかるわけがないじゃない」

「知ってるわよ! だから、だから、苦しいんじゃない! フユみたいに、心を素直に言葉にできないから、だから、苦しいんじゃない! ……わたし決めた。塔には戻らない。四不季の悪魔だけよ。四不季の悪魔だけが、わたしの心を直接、覗いてくれるのよ。みんなだって、それを望んでいるはずよ。悪魔でもいい。誰だっていい。わたしの心を直接覗いてくれる。言葉なんか必要ない。直接、覗いてくれる。その対価として、メランコリーになるくらい、いいじゃない」

「あらそう。じゃあ、それでいいんじゃない」

 ワースはただ、生末を見守る。ワースはここでようやく気付く。自分はただの傍観者であったことに。冒険は、人の感覚を麻痺させる。自分はてっきり、主人公だと思っていた。でも、違った。ただの傍観者であり、核心に関与できる力を、持っていなかった。

 四不季がやって来る。心はもう、不安定になりかけている。ワースは自分を抱きしめるように縮こまる。不安や恐怖と必死に戦う。四不季の世界では、悪魔と目を合わせないように、強くタフにならなければいけない。それが、混沌を生きるということだ。

 ―――四不季の悪魔が、ニヤリと笑った。


~了~


 あとがき


 期限間に合わず。無理やり終わらせた。本当はもっと詳しく丁寧に書くつもりだった。認知症は、脳に隙間ができるて、その隙間から覗く悪魔と目が合うことで発症する、みたいな話も描きたかった。でも、期限が、期限があああああああああ! 


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