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『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。』


 このようなお触れが出されたのは四月の上旬でした。本来であれば雪が解け、春の芽吹きが顔を出す頃です。しかし、冬の女王様が塔から出てきません。本来であれば、三月の中旬ごろには出てくるのです。

いつもの通りであれば、生あくびを噛み殺し、背伸びでもしながら出てくることでしょう。そして、「塔の中は退屈だったわ。ハル、交代よ。後はよろしく」なんて言葉をめんどくさそうにボソボソと口にして、頭を掻きながら雪景色の中に消えて行くことでしょう。冬の女王様のそんな姿が簡単に想像できます。


ええ、冬の女王様はとても愉快なお方でして、言ってしまえば「あっけらかんとした性格」とでも言いましょうか。ええ、何事にも動じず、いつでもマイペースでサバサバとしたお方です。私は割と、冬の女王様が好きでございます。人によっては、冬の女王様の態度が気に入らない人もいるかと思います。ええ、女王としての気品はあまり感じられませんし、言葉は常に感情と直結しているかの如く、辛辣です。あのお方は、言葉をオブラートに包むということを知らないのです。婉曲に物事を伝える美徳を持ち合わせていない方なのです。良く言えば素直、悪く言えば……悪く言うのはやめましょう。女王様の悪口はいけません。あのお方は、位の高いお方ですから。ええ、わたくしのような下賤の者が好きだ嫌いだと、判断して良いお方ではございません。反省しております。ただ、私はあのお方が、四人の女王様の中で一番、ええ、好きでございます。それだけでもわかっていただければ幸いです。


冬の女王様とは対照的に、春の女王様はおしとやかで、とても優しいお方です。冬の女王様は目が細長くて狐のようですし、頬のラインもシャープなので、少し「キツい」顔の印象です。春の女王様は、丸顔で、目がクリクリとしていて「かわいらしい」顔をしております。春の女王様は汚い言葉を使いませんし、自分の気持ちをストレートに言葉にすることもしません。冬の女王様とは真逆で婉曲な言葉ばかりを使います。そのため、春の女王様が何を言いたいのか、何を本当に望んでおられるのか、それを探し当てるのには大変苦労致します。まるで、巨大な迷路のようです。春の女王様の「真の心」までたどり着けた人間は、いないのではないでしょうか? かくいうわたくしも何度となく挑戦したことがございます。しかし、春の女王様の真意はついに、わかりませんでした。わたくしにはきっと、到達できない領域なのでございましょう。春の女王様の心に触れられるのは、家族や恋人のような、近しい人間だけなのでしょう。ええ、わたくしは春の女王様のことも好きでございます。冬の女王様の次に、好きでございます、ええ。


夏の女王様は、とにかく派手なお方でございます。露出の多いドレスをいつも着ておられました。夏の女王様は大変スタイルの良い方ですし、胸やお尻も大きいです。ボン・キュッ・ボンというやつです。ですので、こちらとしては目の保養になり、大変ありがたいです。わたくしももう、還暦のジジイですが、夏の女王様を見ると、思わず生唾を飲み込んでしまいます。ゴクリ。失敬失敬、ジジイの性欲の話はやめましょう。益がありませぬ。

夏の女王様はフェロモンむんむんでございまして、数多の男たちが虜になりました。ある男は、夏の女王様に精力を搾り取られて、一瞬で年を取り、ミイラのような姿で捨てられた、なんて噂話もありました。夏の女王様がいつでも美しいのは、若い男から精力を奪っているからだ、なんて噂もありました。わたくしは実際に見たわけではないので、その噂が本当かどうかわかりませんが、事実であったとしてもおかしくないと思います。夏の女王様は、そのような噂通りの、派手な方なのですから。

ちなみに、冬の女王様も大変スタイルが良く、肌も白くて美しいお方です。特に足はカモシカのように細く、思わずうっとりしてしまいます。ただ、貧乳でございますし、お尻も小ぶりでございます。ボン・キュッ・ボンというよりは、キュッ・キュッ・キュッといった体型でございます。失敬、わたくしのような下賤な者が女王様の体型について語るなど、万死に値する行為でございました。慎みましょう。

正直、わたくしは夏の女王様のことがあまり好きではありません。あ、今の発言はオフレコでお願いいたします。この発言が夏の女王様の耳に入れば、わたくしは路頭に迷うことになりましょう。ええ、どうかお願いしますよ。ええ、絶対に口外せぬよう。……絶対ですからね? 約束ですよ? その目はなんですか? これは冗談でもなく、フリでもなく、絶対に口外はダメですからね? わかっていますか? …………絶対ですからね? ええ、頼みますよ


 秋の女王様は、哲学的なお方でございます。秋の気候がそうさせるのでしょうか? 秋の女王様はいつでも、考え事をしておられました。塔には窓がついておりまして、そこから秋の景色を眺めながら、ぼんやりとしている姿を幾度となく目にしております。

秋の女王様はとてもふくよかな体型をしておられます。女王様の体型に関する話は慎みますと先ほど言ったばかりですが、少しだけ、お話いたします。秋の女王様は顔の肉付きがよくて、大福もちのような輪郭をしております。目はいつもぼんやりとした虚ろな目で、耳はご利益がありそうな福耳でございます。お腹は三段腹になるくらい肉がありまして、手足も短いです。しかし、それは「醜い」ということではけしてありません。秋の女王様は、他のどの女王様よりも美しい顔をしております。痩せれば、絶対に、一番美しいのは秋の女王様です。これは断言できます。しかし、秋の女王様にとって美しさとは、哲学的思考の末にたどり着くものであり、人目に晒すものではないのです。

 秋の女王様とは、一番親しくさせていただいておりました。秋の女王様はわたくしのことを「じい」と呼んでくださいました。ええ、わたくしはその「じい」という響きが大変好きでございます。秋の女王様は哲学の思考に迷うと、わたくしを頼りにしてくださいました。ええ、それは大変うれしいことでございました。

「じい、何故季節は巡るのだろうか? 過ぎ去るのでもなく、漂うでもなく、流れるでもなく、変化するでもなく、何故、巡るのだろうか?」

 そんなことを聞かれたときもありました。ええ、当然、そんな難しいことに答えられる頭脳はわたくしにはありません。ですから、わたくしはただ、「ああ」とか「ええ」とか、感嘆を漏らすばかりでした。まったく、役に立たないジジイでございます。ですが、秋の女王様は答えを求めておられるわけではございませんでした。ただ、わたくしと話すことで頭の中を整理したかったのだと、わたくしはそのように思います。

 ええ、わたくしは秋の女王様も好きでございます。ただ、秋の女王様は時に、とてもしつこいお方でして、ある時には三日三晩、哲学の話に付き合わされたこともありました。しかもその間、休みなしでございます。秋の女王様は三日三晩ずっと喋りっぱなし。食事も、トイレ休憩も、当然なしでございます。秋の女王様は大変辛抱強い方でございまして、ご飯を食べなくても、トイレに行かなくても平気な顔でございました。しかし、わたくしはそうはいきません。還暦のか弱いジジイでございます。わたくしは、お腹が減り過ぎて貧血になり、おしっこを我慢し過ぎて膀胱炎になりました。もう、わたくしも若くありません。ですから、三日三晩も哲学の話に付き合わされるのは、正直かんべん願いたい。


 さて、話が長くなりましたな。ただ、あなたにはこの国の現状をちゃんと、知っておいてもらいたかったのでございます。特に、四人の女王様のことについて、知っておいてほしかったのでございます。

 さて、それでは本題です。わたくしはこの度、王様からある命を受けました。それは、王様のお触れに書かれていたことに関することです。


『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない。』


 そうです。王様は『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう』とおっしゃったのです。これは、大変難儀な命であり、わたくし一人の手ではとても、遂行できそうにありません。そこで、あなたに協力を求めておるのです。ん? このお触れの何が難儀なのかって? よく見てください。ここに書いてあるでしょう。ええ、これです、この文です。

『好きな褒美を取らせよう』

 ええ、これですよ。王様は、いつもそうなのです。テキトウなことを言って、細部の交渉や面倒ごとを全部わたくしに押し付けるのです。わたくしはもう還暦です。本当であれば引退して隠居しているはずでした。しかし、王様は何故かわたくしに、命じたのです。王様の命は絶対です。断るわけにもいきません。しかたなく、わたくしはこうやって、命を遂行しようと重い腰をあげているわけです。え? まだわからない? 何が難儀なのかって? だから、ここですよ、ここ!

『好きな褒美』

 好きな褒美ですよ。好きな褒美ということは、『どんなものでも』という意味です。我々は、その『どんなもの』を探し出し、持って来なければならぬのです。この城に来る途中に見たでしょう? あの長蛇の列を。一キロは続いておりました。あそこに並んでいた有象無象全員が、『好きな褒美』目当てにやってきた者たちです。ええ、その中のほとんどは、金とか宝石とか勲章とか、そういったわかりやすいたぐいの褒美を所望することでしょう。しかし、中にはとんでもないものを要求してくる“やから”もいるのです。万が一、そのやからが「女王の交替」を成功させた暁には、やからが要求する難儀な褒美を速やかに渡さなければならぬのです。王のお触れは絶対です。王が嘘をつくわけにはいかんのです。信用云々の話ではなく、威厳の問題なのです。王は、絶対に、嘘をついてはならぬ。さらにいうなれば、我々は絶対に、王に嘘をつかしてはならないのです!

 申し訳ありません。少し、感情的になってしまいました。

 早速、あなたにお願いしたいことがあります。ええ、これが先ほど「女王の交替」を志願した“やから一号”が望んだ褒美です。

『ひまわり』

 ふざけていますよね? ひまわりは夏にしか咲かない花です。今は冬です。暦的には春ですが、外は冬です。雪が積もっていますし、つららもぶら下がっています。疑いようのない冬です。おそらく、このやから一号は、我々のことをからかっているのでしょう。ええ、お祭り気分なのですよ。冬がこのままずっと続くかもしれないという危機を、危機として考えず、珍しい出来事として受け入れ、楽しんでおるのです。まったく、愚かなやつです。そしてこれは、王への侮辱でもあるのです。しかし、そんなことにいちいち目くじらをたてるわけにもいきません。我々は、準備しなければなりません。万が一、やから一号が「女王の交替」を成功した場合のために、準備しなければならぬのです。それが我々の仕事であり、王の威厳を守るということは、そういうことなのです。ご理解いただけたかな?

 うむ。よろしい。

 それでは、早速お願いしたい。この国の南西に位置する、四季のない国へ行ってもらいたい。そこは、一年中夏の国。我々はその国のことを「ヒートランド」と呼んでいる。そこに行って、ひまわりを持って来て欲しい。

 え? いやだ? 断る? ちょっと、ちょっと待ってくれ。頼む。後生だ。わたしのお願いを聞いてくれ。一生で一度のお願いだぁ!



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