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ハーレムは寝て待て  作者: 紗夢猫
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第八話 タブに屈しない女~紗月桃子

「たっ、ただいまっ! お。お母さん! 流兄帰ってきてる!?」


 強引に玄関の扉を開くや否や、あれほど敬遠していた兄の愛称をいとも簡単に口に出す美月。女とは本当に恐ろしい生き物である。


「あら? お帰りなさい美月。 あなた、よっぽど流星の事が嬉しかったのは分かるけど、まずは……ちゃんと足元を見る事ね」


「え?」


 慌てて美月が自分の足元を確認すると、両足共靴を履いたまま、廊下に上がってしまっている。頭を上げて苦笑いをしながら母を見ると、頭を横に振りながら深い溜息を吐いた。


「で、美月がお探しの流星は、残念ながら『ちょっと出てくる』といって今さっき、出かけたわよ」


「え? 出ていった? ええええ?」


 あからさまに残念そうな顔を見せ、少し顔を斜め左下に傾け「ちっ」というような黒い一面を見せる。


――学校じゃあ既に有名人の流兄に、先輩が群がってそれでなくてもガードが固いというのに、此処(家)でポイント稼がないで、一体何処で稼げっていうんだよおっ!。


 ……等という思考を張り巡らしていたのだ。


「美月、本性が口からだだ漏れになってるわよ」


 訂正。思わず口に出していたらしい。


 罰の悪そうな顔をして、無言で見つめあう二人の空間に、「豆腐う、豆腐はいらんかええ」と、呑気な声が外の方から聞こえてきた。


 その後直ぐに、母が鍋を抱かえ、急いで外に飛び出して行ったのは言うまでもない。








『良し。ここら辺でいいか、此処なら人目に付かないしな』


 タブは森林公園の奥まで進み、少し開けた場所で、流星を立ち止まらさせる。


「タブ、こんな場所に来て、今度は一体何の特訓をするんだ?」


 流星の問いに少し間が開いてから、答え始める。


『流星、前に俺がお前の中にある魔力の話を言った事を覚えているか?』


「ああ……勿論だよ。確かこのまま放っておくと、暴発して世界が消し飛ぶって話だったよね?」


『そうだ。しかも跡形も無くだ。聞けばとてつもない冗談だと思えるが、これは真面目な話だから笑えない』


「僕は、タブのいう事を冗談なんかに捉えていないよ」


『賢明だな。でだ、お前の中で少しの変化は見られるものの、残念ながら魔力は相変わらず増大しつつある』


「へえ、そうなんだ」


『へえ……って、お前そんな他人事みたいに、少しは動揺ってもんを、って、そうだった、お前はそれが出来ないんだよな』


「何か……ごめん」


『いや、謝るのは俺の方だ。俺が原因で今のお前にしてしまったんだからな。とりあえず生活環境の方は良い感じになってきているが、こっちの問題を何とかしないといけない。そこでだ、これから応急処置を施す』


「応急処置?」


『ああ。お前の体内で増大しつつ魔力を少しでも減らす。無感情で魔力が逆流してるなら、俺の指南で、お前自身が強制的に魔法を発動すればいいのさ』


「僕が魔力を発動……」


『そうだ。それが出来れば完全な解決策で無くとも少しは時間が稼げるからな』


――俺の考え通りなら、だが。


 タブは、流星のお蔭で魔力が回復する事が出来た。だが、魔力の種類は一つではない。人間でいう血液型と同じで、種類が一致しなければ相手から魔力を供給する事は不可能な筈だ。それをこの流星が自分の種族が持つ、否、ほぼ同等の魔力を何故持っているのか、と疑問を抱いていた。


――ふ。どうでもいい事か。今はこれに賭けるしかないしな。


『いいか流星。とりあえずは次元を開くゲートを出現させる処から始める。まあ、いきなりってのは無理だろうから、何度かやればきっと出来る様になる。部屋の扉くらいの規模が出てくりゃあ、良しとするさ』


『じゃあ、始めるぜ……。右手を真っ直ぐ伸ばしてこう唱えろ――』


 一度軽く流す様に言った後、息を揃えて詠唱を始める。


「『これより我が名、天野川流星の名を以て、己の力を示さん。 無限に在りし次元の扉よ、此処にその姿を見せ、我を導け』」


「『リアゲード』」 


 タブは考え通りになる事を望んでいた。否、心の何処かでは「上手くいかないかもしれない」そう思っていたのかも知れない。そして今、目の前には――。


――はは、何という事だ!。


 流星の背後に透明のタブの残像が、鼻水を垂らしながら呆然とする。目の前にはタブが上手くいけばの話だと想像していた部屋の扉の大きさを逸脱する位、上を見上げなければならない程の赤い扉が出現したのだった。


「上手く扉が出現して良かったよ」


『……ああ、そうだな』


 静かに返事をしたダブだったが、内心は口から心臓が飛び出る位、驚いていた。


――おいおいおい! ちょっと、待て! 冗談だろ! こんな馬鹿でかい扉をたった一人で出すなんて、今まで見た事も聞いた事もないぜ!?。 


「タブ、この扉の中に入ればいいんだね?」


『お、おう! そうだ、この中で、今度は攻撃魔法を試すんだ』


「分かった」


 流星は相変わらずの無表情だったが、扉の中に入って行くその表情は、何処となく楽しそうに見えた。










「タブ、さっきから一言も喋らないね? もしかして僕の指南で疲れたとか?」


『い、いやそういう理由じゃあないんだ……』


 指南の帰り道。タブの思惑通り、魔力を強制発動させた事によって、若干の魔力を消耗する事に成功したのだが――。


――そんな事はどうでもいいんだよ!。 なんだコイツの力!?。 初歩の段階で、次元の山が軽く消し飛んだんですがっ!?。


 ……等と、以前タブレットの中で現世の情報を仕入れた言葉を使いながら、タブは内心、大層驚いていたのだった。


「ただいま」


 流星の声に、飼い主の犬が喜んで玄関に速足で駆け付ける様に、美月が嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お、お帰り、流兄! 夕方も運動して来たんだね! 凄いよ、偉いよ、流兄!」


「ああ……そうだな」


 そのまま風呂場へと向かって行く。


「あ、汗を一杯掻いちゃったから、お風呂へ行くの!? そっ、それなら……」


 顔を赤らめながら一呼吸。


「こっ、この私、美月がお背中を流して差し――」


「いや、いい……」


 そして無情にも風呂場の扉が閉まる音。今度は部屋に入らせて貰えなかった犬の後ろ姿の様に扉に両手を当て、しょぼんとした表情を美月は見せる。次元の空間で流星の桁外れな力を見せられたタブは、せっかくの美月の風呂イベントをみすみす逃してしまっていたのだった。








 

 タブがようやく我を取り戻し、その事を悔やんだのは一段落着いた流星の自室。一大イベントを逃すも「いや、どうせ俺が一緒に入れた訳じゃないしな」とか、「夢の中っでならどうとでもなるさ」等と、悔しまぎれに理由を並べ立てるが、暫くして、「くっ! やはり現実の生肌にまさる物はねえっ!」と、両手と膝を付ながらがっくり項垂れる。


『ふ。まあいい、そんな事より、俺は良い事を思い付いたぜ』


 現実逃避に走ったタブは、流星にある方法を提案する。それは、強制的に桁外れの魔力が発動出来たのであれば、タブ自身をこの箱から出すという物だった。可能性は十分あった筈だが、数分後に出たのは、タブの「何故だ!? 何故此処から出れない!」という残念な言葉だった。


『くそ、原因は魔力の強制発動か! 攻撃魔法は期待以上だったが、こういった解除系は、全く使えない。やはり、感情が戻らないと駄目なんだ!』


 両手と膝を付き、再び項垂れるタブ。


『やはり、地道にやるしかない、世の中上手くいかないものだな』


 大きな溜息を吐く。これには意味がある。タブは強制発動を何度も繰り返す事によって、流星の魔力を激減させようとした。ところが、数回発動した所で、流星が突如倒れ、動かなくなってしまったのだ。タブはこの時、このやり方は度が過ぎると、流星自身の命を奪う事に成りかねないという事を思い知った。


『ならば、せめて「こちら側」の地盤を固めるか……』


 流星に画面を見る事を指示し、快く頷いた流星は、画面の光の渦に引かれながら、深い眠りへと落ちていく。


『――来たか、流星。今宵のお客様は上玉だぜ、げへへへ』


 と、下品な声を漏らすタブ。


「客って、前にも言ってたけど、毎回、此処に誰かが来るの?」


『まぁな。ヒュージョン後のお前は、俺が支配するから、そのお客を、お前が見れないのが残念だが』


「そか……残念だ」


『ふん、心にも無い事を。本当にそう思うなら、早く感情を取り戻して、現実で見る事だな』


「努力はする……」


 ヒュージョンを開始し、再び瞼を開いた流星が、悪人面へと変化する。


「さあ! この完全無敵な俺になれば、どんな女でも落としてやる!」


「出でよ――紗月桃子とうこ、お前は流星に絶対不可欠な『駒』だ!」


 流星――タブが不敵に笑った後、その扉がゆっくりと開き始める。其処に不思議そうな顔をして、入って来た桃子が周りを見渡し始めた。


「何処を見てる? 俺は此処だぜ?」


 タブの声に反応した桃子は、普段見せない流星の態度に驚く。


「天野川? お前、天野川なの?」


 ゆっくりとした足取りで近付いてきた刹那、タブは嫌悪感を交えた様な溜息を吐いて見せた。


「何? その意味有り気な嫌な溜息は?」


「桃子……お前なあ、この夢空間での衣装は、お前が直前まで見ていた夢の中の衣装に依存される筈だが、まさか夢の中まで、クソ真面目に稽古しているとは……道着って、本当、色気の無い奴だな……」


「い、色気え!? はいはい、色気が無くてそりゃ悪うござんしたわね! 何よ! そういう天野川はどうなの!? よりにもよって、うちの制服じゃない! そっちこそ芸が無いじゃない!」


「げ、芸が無い!? 馬鹿野郎! これは俺達は夢を見ていないからデフォルトの衣装――制服なだけだっつーの!」 


「……俺達? 天野川今、自分の事を俺達って言わなかった?」


「――ぎくうっ!」


 桃子の鋭い視線に押され、タブはそっぽを向くと、上手く音も出せないのに無理やり口笛を吹き始める。


「なあんか、怪しいなぁ……その物の言い方も完全に変だし」


 まずい、桃子が完全に自分を疑い始めた、タブは冷や汗を掻きながらなんとか打開策を模索するが、結局タブの口から出て来た言葉は、どこぞの二枚目俳優が棒読みで言う様な、口説き文句であった。


「そ、それよりも、こうやってお互いが夢の中で通じあってるんだ、これはもう何かの運命、そう。 これから芽生えるであろう恋愛の始まりなのかも知れないぜ?」


「……道着と制服を着た私達が? 」


「――う。 そこは気にしなくてもいいんじゃないかな? あはははは」


 乾いた笑いが夢空間の中で響いた後、二人の間に沈黙が訪れる。 まずい、まずい、まずい! 早くこの嫌な雰囲気を何とかしないと! タブはまたまた打開策を模索するが、結局出て来た答えは二流俳優を継続する事であった。


「う、嬉しいなあ。 桃子の事を思うばかり、こんな夢が見れるとは」


 徐々に間を詰めたタブは、桃子の傍まで近付くと、強引に腕を引き寄せ力強く抱きしめた。


「ちょ! あ、天野川、い、いきなり何をするの!? く、苦しいよ!」


 顔が一瞬で真っ赤になった桃子が、タブの腕の中で必死にもがく。


「おっと、すまない。 俺が一番気に入っている娘が俺の夢に出てきてくれたあまり、つい、力んでしまった。許してくれ」


 力を少し緩めた。桃子は両手を上げたまま、石のように固まってしまっている。


「な、なぁ、天野川。 これって、お前の夢なのか?」


「ああ、そうだ。ここでは何でも俺の思い通りになる、桃子、俺の事は嫌いか?」


「え? な、何で、いきなりそんな突拍子もない事を言い出すの?」


「それはだな――」


 タブが再び桃子を優しく抱き寄せると、上がりっぱなしだった両腕が力なく降りた。


――ふん。ちょろいな。 完全に波に乗ったぜ!


 一瞬口元を歪めるタブ。


「そっか……これは夢なんだね、私も会えて少し嬉しいかな」


 ゆっくりと腰に手を回し始め、瞳を閉じる桃子。


「そう、だからこの俺と――」


「――お前が本物の天野川だったらの話だけどね!」


 桃子が素早くタブの懐に飛び込み、勢いよく体を捻ると同時、タブは重量感を失った。 否、そうでは無い、両足が床から離れたのだ。


「おろろ?」


挿絵(By みてみん)


 タブは一瞬だけ柔らかい弾力を頬に感じた後、豪快に投げ飛ばされ、今度は嫌と言う程、背中に激痛を感じた。 タブは呆然と上を見つめたまま、何が起こったのか全く理解出来ないようで、口をだらしなく開けたままだ。


「飴と鞭……じゃ、ねえ! な、何だ!? 今俺に何が起こった!?」


 大きく見開かれた視界を覆う様にして、怪訝そうに桃子が上から覗き込む。


「あのねえ。貴方本当に天野川の事を分かってる? 本物の天野川ならこんな事、絶対にしないよ」


「い、いててて……」


 背中を摩りながら体を起こす。


「一体、何処の誰だか知らないけど、勝手に天野川を名乗らないでくれる?」


 右手を額にやり「やれやれ」という仕草を見せた桃子は、手を差し伸べてタブを引き起こした。


「な、何を根拠にそんな事を言うんだ!?」


 額から滝の様な汗が流れ出るタブ。


「一目見て貴方が偽物だって分かったからな。 少なくとも天野川は貴方みたいに傲慢で、すぐに抱き付いてくる野蛮な人じゃないしね。おまけに偉そうに『流星って呼べ』とか絶対言わないし」


「――ううっ! こ、こいつ!」


 桃子は、そのまま扉へ向かって行く。


 一瞬振り返った桃子はタブに向けて「あっかんべえ」を食らわせた後、、開け放しの扉から出て行ってしまった。夢空間に一人取り残されたタブ。まさかの展開にただ、ただ呆然としているだけだったが、ふと我に返ると、


「流星がトライダーが好きなのは、俺も知ってる……」


 扉に向かって、一言だけそう言い返すのであった。


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